第50話 約束

  気まずいまま、私達は同じベッドでお互いに背を向けて寝転んだ。苛々とした、それでいて悲しいような感情を感じながら私は眠りについたが、浅い眠りになり、頻繁に目覚めた。

  夜中、私は隣に楓がいないことに気づいて起き上がった。リビングの明かりがついていた。リビングに行くと、楓がひとりソファで座っていたから、声をかけ、横に座った。

「眠れない?」

「...うん。...レイと喧嘩したからかな。」

(...喧嘩、という程ではないんだけどな。)

暫く2人とも、無言のまま座っていたが、私は自分が折れるべきだな、と口を開いた。

「...ごめんね。私の気のせいかもしれないのに、勝手に嫉妬して、楓に当たってしまった。いいよね、志乃さんがどうだったって。楓の気持ちがどうなのか、が大切なのに。」

「私も、ごめんなさい。私が...妬いちゃったから、だから、こんなことになったの。」

「...ん?妬くようなことあった?」

「最初から沙也加ちゃんに構ってたから。」

「あぁ、あれは...1人だけ年齢も離れてたし、緊張を解してあげようとしただけだよ。」

「本当に?」

「うん。楓が心配するような意味じゃないし、それに、私が楓と付き合ってるって、沙也加ちゃんに伝えたよ。びっくりしてた。」


  それから暫く、楓は黙って何かを考えているようだった。

「外、明るくなってきたよ。楓も、少しは眠らないと。」

そう彼女を促した。再度眠りにつく前、私は薄明るくなってきた天井を見ながら、楓に言った。

「ねぇ、ひとつだけ約束しない?」

「何?」

「これから先、どんなに喧嘩してもさ、次の日の朝、最初に顔を合わせたら、笑顔でおはようって言うって。ちゃんとごめんって言うって、そう約束しない?」

「うん、わかった。約束ね。」

暫くして、楓の寝息が聞こえてくると、私は少し安心し、目を閉じた。


  翌日、急な通訳の依頼が入り朝からたたき起こされ、睡眠不足全開だった。通訳の仕事をこなした後、バイト先の社長に呼ばれて会社に出向いた。

「アズマは卒業後の仕事、何か決まってるの?」

「いえ、特には、まだ。」

「やりたい事とかあるの?」

「まだ悩んでます。博物館のキュアレーターとか、マスコミとか。」

「良かったら、うちに入らない?コーディネーターとして。」

この会社でいうコーディネーターは、マスコミ各社からの依頼で取材をしたり、撮影の手配からアテンドまでをこなしたり、通訳として動いたり、たまにはガイドのようなこともしたり、といういわゆる何でも屋だ。マスコミに関わるコーディネーターはなかなか厳しい事はわかっていた。昼夜問わず働くし、休みも不定だ。ただ、日本企業で海外駐在をしているくらいの、良い給料提示は魅力的ではあった。悠々自適な生活は保証されるからだ。即答できる内容でもなかったから、

「考えておきます。」

と返事をした。年内には返答が欲しいという社長に、わかりました、と頷いた。


  話を終えて帰宅しようかというタイミングで、携帯に楓からのメールが入っていることに気づいた。

『今から、志乃さんと話してきます。レイの誤解も解きたいし。シラントロで15時に待ち合わせしたから。』

腕時計を見ると、16時まであと少し、という時間だった。

(誤解って...志乃さんがどうであれ、関係無いって言ったのに。あの馬鹿...。)

まだ楓達がシラントロにいるのかはわからなかったが、私の足はシラントロに向かっていた。楓の携帯に電話をしてみたが、呼び出し音が鳴るだけで、一向に出る気配は無かった。

(もし、私の勘が当たっていて、志乃さんが私と同じような人間だったら...?気になっている相手から、話したいって、呼び出しが来たら?)

そう考え、想像した。そして、自分の出した答えに、ギクリとした。

(...絶対、口説く。)

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