第46話 変化
ホテルの部屋に戻り、バルコニーで私は煙草を楽しんでいた。ふと、あのアマルナから帰ってきた日に昔の話を楓にして以来、セクシャルマイノリティーとして傷ついた過去を忘れ始めていることに気づいた。むしろ、少しずつ外でも楓といることに大胆になっている、と。こうやって徐々に大胆になることが、いつか襲ってくるのではないかと恐れていた闇に近づく可能性すら、忘れようとしていた。そして、その私自身の変化について、別に構わないか、と思っている自分にも驚いた。その日が来たら、それはその時だ、と思った。
「ねぇ、庭のプール泳げるかな?」
室内から楓の声がした。
「泳げるんじゃない?水着あるならだけどね。」
「あるんだなあ、これが。」
「マジで?!持ってきたの?」
思わず振り向いた。
「うん。だって、誕生日にレイが泊まりがけで出かけるって言ったら、絶対良いホテルだって想像つくもん。プールくらいあるかなって。」
「流石というか、何というか...。」
楓の思考回路に完敗だと、呆れ笑いをしてしまった。
「泳いできたら?」
「何言ってるのよ。レイも行くのよ。レイの水着もちゃんと持ってきたんだから。どこにしまってあるかくらい知ってるもの。」
「...抜け目ないなあ。」
笑いながら室内に戻り着替えると、プールに向かった。
プールには、西洋からの家族連れが泳いでいるほかに周りに人はおらず、贅沢な気分だった。プールサイドのビーチベッドにタオル等を置いてプールに入った。乾燥した暑い空気に晒されていた肌が、一気に水で冷やされていった。軽くクロールをしてプールを往復し戻ってきた私に、
「レイの泳ぐフォーム、優雅で綺麗!」
と楓が拍手せんばかりに言うので照れた。暫く泳ぎ、水に揺られていたら、プールサイドからホテルのスタッフが、
「何かドリンクをお持ちしましょうか?」
と声をかけてくれた。ハイビスカスジュースを頼み、プールサイドへ上がった。暑い空気が気持ち良く感じた。
「紅海で水着新しいの買おうかなぁ。」
「何で?今の似合ってるよ?大人っぽくて、セクシーだし。」
「でも、結構コレ、古いのよ。」
そう言って、真っ白なハイネックビキニの首部分を引っ張って見せた。
「オフショルダーの水着が欲しいの。もうちょっと可愛い感じの色で。」
ドリンクが運ばれてきて、私達はビーチベッドに寝そべった。
「レイはウェットスーツ重視だもんね?」
「うん。ウェットスーツの下に着て楽な水着じゃないとね。」
「ダイビングのライセンス、アドバンスまで取るの?」
「うーん...今のランクでも趣味で軽く行くには不自由しないからなぁ...でも、アドバンスあるとカッコイイよね。」
「カッコイイかどうかで決めるの?」
楓はレイらしいね、と笑った。
夜、買ってきた香水瓶を開封していた楓が、驚いた声を上げた。
「レイ、香水瓶他のも買ったの?」
「いや?買ってないよ。」
「2本多いの。ほら。」
楓は香水瓶を並べて見せた。
「良かったじゃん、おまけしてもらえて。」
「うん。」
頷くと、楓は並べた香水瓶を嬉しそうに並べ、写真を撮っていた。
「他のも買えばよかったかな?...クローブとか薔薇とか水仙とかの精油があって、いいな、とは思ったんだけど。」
「まあ、またいつでも買いに行けるよ。」
「そうだね!」
楓は満足したのか、香水瓶を片付け始めた。
「ねぇ、精油や香油を服とかハンカチに付けるのも良いけどさ、無水エタノール買って香水にして身につけても良いかもね。」
私がそう言うと、楓は大きく同意した。
(これは明日、帰りに薬局寄って買わないといけないやつだな...。)
と、そんな楓を見ながら考えていたら、楓がニヤニヤしながら言った。
「レイが何も言わなくても、私とレイから同じ香水の匂いがしたら、すぐに付き合ってるってバレちゃうね?」
付ける人の体温や元々の体質によって匂いは変わるけどな、と思ったが、水を差すのも可哀想かな、と黙っていた。
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