第29話 手繋ぎ
レストランからホテルへ戻る道中、アレキサンドリアで行きたい所をムハンマドに聞かれて、楓はいくつかの観光地を上げ、最後に迷ったようにカタコンベを付け加えた。ニヤニヤ笑った私を楓は一瞬だけ睨んだ。
ホテルの部屋に戻り、のんびりと過ごした。寝ようと言う段階になって初めて、
「今日はベッド別かぁ...」
と残念そうに言うので、笑ってしまった。
「一緒に寝てもいいよ。くっ付いて寝る?私は大歓迎だけど?」
「...じゃあそうする。」
私は少し身体をずらして、楓が入れる隙間を作った。ゴソゴソとベッドに入った楓は、
「近すぎて緊張する...」
と方向転換をして背中を向け、少し隙間を開けて寝転がった。私はその隙間がもどかしくて、楓の首の下に右腕を滑り込ませて腕枕をすると、左腕で彼女を腰を引き寄せた。彼女は観念したのか、背中を私に預けてきた。彼女の匂いと、洗い立ての髪の香りが鼻腔を擽り、少しクラッときた。ひんやしりた室内の、ひんやりしたシーツの中で、彼女のぬくもりが心地良かった。
「なんかこれ、すごい良く寝れそうなんだけど。」
そう言うと、彼女はふふ、と笑った。
翌朝、ホテルの朝食会場で食事を取っていると、ムハンマドが現れた。昨日はよく眠れたかと聞かれて頷いたが、なんとなく昨夜の彼女のぬくもりが思い出され、気恥ずかしい気持ちになった。もちろん、ムハンマドにはそんなことが解る筈もない。
「今日は観光地を回って、明日博物館を回るようにスケジュールを組んだよ。もうすぐムスタファが車で迎えに来るから、出られるようにしておいて。」
そう言い残し、ロビーへと去って行った。
私達は1日かけてアレキサンドリアの街を走り抜け、有名観光地を巡った。ランチを兼ねて立ち寄ったモンタザ宮殿は、イタリアのフィレンツェにあるベッキア宮殿と、オスマントルコ風のテイストを合わせ持つ美しい宮殿だ。宮殿内部は公開されておらず入ることは叶わなかったが、その庭を散策することが出来た。
美しく整備された宮殿の庭を歩きながら、少し前を歩く楓の、風に靡く髪をぼんやり見ていた。いつまで、こうやって前を歩く彼女を穏やかに見つめていられるだろうか。いつか、彼女は目の前から消えるのだろうか。そうなった時、私は、それを受け入れられるのだろうか。
(少なくとも、これからの1年、楓は私の側にいる。その1年だけは、約束されているー)
度々襲われる漠然とした不安を払拭するかのように、私は被りを振った。
「どうしたの?疲れた?」
すぐ近くに、心配そうな楓の顔があった。大丈夫、と返事をしたが、彼女はあまり納得していないようだった。
モンタザ宮殿を離れ、楓が渋りながらも行くと決めた地下の共同墓地、『コームッシュアーファのカタコンベ』に到着した。表は明るくて怖い雰囲気も無く、楓は安心したようだったが、地下へ入る前にムハンマドから懐中電灯を渡され、一気に顔が強張り、何度も何度も私に念を押した。
「レイ...置いていかないでよ?」
「わかった、ってば。」
余りに何度も言うので、笑いが堪えられなくなっている私を睨みつけ、私の腕を掴んで地下に足を踏み入れた。地下は気温が一気に下がり、ひんやりとしていた。それが楓の恐怖心を煽るのか、私の腕を掴む手に力が入っていく。
「楓、流石に痛いんだけど。」
「あ、ごめん...。」
「手、繋ぐ?」
「でも...。」
前を歩くムハンマドの存在を気にしたらしく迷っていたから、私は私の腕を掴む楓の手を外し、手を繋いだ。悪戯をしようと思っていたが、あまりに怖がる楓を見て、流石に自粛した。
「おぉ...ミイラすごいな。石棺の数も。」
螺旋階段や小さな小部屋を覗きながら歩き回る。薄暗い地下にズラリと並んだ石棺や頭骸骨があった。また、礼拝堂にはギリシャ神話と古代エジプト神話が融合した壁画があり、私は時代の流れや歴史を感じて感動していた。
地下から地上に戻ると、まるでずっと息を止めていたのかというように、楓は息を吐いて、私の手を離し、その場に座り込んだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫、だけど...怖かった...。なんでレイが平気なのか判らないわ。」
「一応、私、そっち専門なんですが?」
「そうか...そうだった...。」
私はムハンマドがムスタファのいる車に向かったのを見て、
「ほら、今日の最後の場所、行こう?」
と、座り込んでいる楓に、また手を差し出した。
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