第11話 クリスタル
クリスマスイブまであと2日。よく家に顔を出すメンバーが中心となりパーティーの準備が進んでいた。毎年のことながら、家を提供する私は準備には関わらないので日常のままだったが、楓は初めてのパーティーだからと、彼らと一緒に色々計画しているらしかった。出席者が20人くらいになる、と随分張り切っていた。
パーティーの準備に忙しそうな彼らを置いて、私はこっそり家を出た。向かった先は、アスフールの工場だった。
アスフール。エジプトのスワロフスキーと言われる、中東で知らない人はいないクリスタル製品だ。カイロの北部にあるショブラというエリアに工場があり、その直営店でアスフールのクリスタル製品が手に入るのだ。私はここで、楓へのクリスマスプレゼントを買うつもりだったのだ。
タクシーを直営店の前で待たせて、私は店内に入った。エジプトとは思えないほど洗練された空間。キラキラと店内全てが光り輝いていた。私は置き物のコーナーを素通りし、アクセサリーを見た。様々な色のネックレスやブレスレット、リング、ピアス、ティアラまでが美しく並べられていて、目移りする。店員が近づいてきて、流暢な英語で話しかけてきた。アラビア語ではないところが、流石だなと思った。
「何かお探しですか?」
「えぇ、友人へのプレゼントを。」
「どんな方でしょう?肌の色や普段の服装は?」
私が伝えた内容から、似合いそうなものを、と数点のネックレスやブレスレット、ピアス等が並べられた。
中でも一際光を反射していた、細かいカットが施された透明なクリスタルのネックレス、それと同じデザインのピアスがセットになったものに目を惹かれた。クリスタル同士を繋ぐ、繊細な細いゴールドのチェーンも美しかった。私は迷うことなく、そのセットを買い求め、店を出た。
待たせていたタクシーで自宅に戻り、玄関を開けた瞬間、楓が走ってきた。何も言わずに出かけたことを怒っていた。一緒に準備をしていた仲間は既に引き上げたらしかった。
「ちょっと買い物に出たのかなって思ってたら、何時間も帰って来ないから、心配したんだから...っ」
「忙しそうにしてたからさ。ちょっと大学まで行ってたの。」
嘘をついて誤魔化した。
「次から、ちゃんと教えて。」
「わかった。ごめんね。」
とりあえず落ち着いたらしく、ホッと安堵した。
「お腹すいちゃって。晩ご飯作ってる?」
「まだ。これからだけど。」
「じゃあ、今日は何か食べに行こうよ。」
機嫌を完全に直して貰わなくては、と外へ連れ出した。
クリスマスパーティー当日のクリスマスイブは、すぐにやってきた。前日遅くまで頼まれていた翻訳をしていた私は、昼前まで眠っていたが、キッチンやリビングが騒がしく、その声で目が覚めた。寝起きのままの格好でリビングに出ると、入り浸り組の留学生が5人ほど揃って、飾り付けをしていた。
「おはようございます!」
「おはよう。元気だねぇ..」
キッチンからアイスコーヒーを取り、バルコニーに出て、煙草を燻らせながら室内を見ていた。
(どこから持って来たんだ、あのクリスマスツリー...?)
天井の高い部屋にも関わらず、天井スレスレにまで届いているクリスマスツリーを飾り付けているところらしかった。
(いや、てか、このツリー...パーティー終わったらどうすんの?!絶対にうちに置いていく系だ...。)
普段私の論文資料が散乱しているテーブルは、資料が片付けられ、皿やワイングラスが並んでいた。
(今年も凄いねぇ)
他人事のように感心していた。
私にとって、クリスマスパーティーは二の次の案件だった。パーティーの後、もう一度、ちゃんと楓と話して気持ちを伝えよう、そう思っていたから。
夕方を過ぎた頃、パーティーの参加者が集まり始めた。出迎えるのは毎年、私の役目だったが、今年は私の横に楓がいた。変な感覚だった。来客が来る度に、ルームメイトです、と楓を紹介した。
パーティーの間中、楓はゲスト全員に気を配り、忙しく動いていた。
「レイちゃん、あの子彼氏いるの?」
「あんな人が奥さんだったら最高じゃん」
「ルームシェアとか羨ましすぎ。俺と変わらない?」
と、男子留学生達の人気を集めていることも、本人は知る由もなく、という感じだった。
(これから私が彼女と話す内容を知らないから言えるんだよ...)
多少、げんなりしながら、そんな彼女への賛辞を聞いていた。
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