第10話 理性

  旅はあっと言う間に終わった。特に、日常とかけ離れた場所へ行くと、更に早く感じるものだ。カイロの自宅へ帰り着いた頃には、深夜近くなっていた。奈津と桜子の大学寮には門限があり、もう帰れない時間だというので、2人も我が家に泊まることになった。

「泊まるのはいいけど、あとベッド1個しかないですが。」

お風呂上がり、コーラを片手にソファで寛いでいた3人に、髪を拭きながら言った。

「え、大丈夫。私レイのベッド使うから。」

奈津がさも当然のように言い放つ。

「え、じゃあ私はどこで寝るのよ?」

「楓ちゃんと一緒に寝ればいいじゃん。楓ちゃんの部屋のベッド、クイーンサイズなんだから。客に譲りなさいよ、一人で眠る権利は!ね、桜子!」

楽しそうに笑いながら、奈津は桜子を促し、おやすみなさい、と二人はそれぞれ寝室へ消えて行った。

「はあ....」

深いため息が漏れ、頭を抱えた。完全に奈津に遊ばれている、と思った。楓はそんな私を見ながら、笑って言った。

「レイ、寝よっか。」

「ソファで寝るからいいよ。」

「布団も足りないんだから駄目。風邪引くでしょ。一緒に寝よ?」

「...母親みたい。」

楓は私の背中を押して寝室へ向かった。


  同じベッドに横になる。気まずい空気が流れた。それを誤魔化そうと声を出したが、上擦った声になった。

「さ、砂漠、良かったよね。」

「うん。」

「星もさ、綺麗だったね。」

「うん。」

何を言っても楓の返答は、うん、しかなかった。また、沈黙の時間が流れた。

「もしかして、緊張してる?」

「...するに決まってるでしょ」

拗ねたような声が聞こえて、私は思わず苦笑してしまった。

「な、なんで笑うのよ。」

「ごめん、可愛いなって思って。何もしないから、安心して寝ていいよ。」

「そういうことを言うのがズルイのよ。おやすみ!」

楓が背中を向けたのが暗闇の中でもわかった。安心したような、少し寂しいような気持ちになった。

「おやすみ。」

ズルイってまた言われたな、と思いながら眠りに落ちた。


  カーテンを閉め忘れて眠っていたからか、明るさで目が覚めた。楓はこちらを向いて無防備に眠っていた。ベッドが軋まないよう、静かに上半身を起こし、楓にキスをした。無意識に身体が動いていた。彼女の髪を撫で、唇から頸へ、自然と唇を這わせていた。ボタンがひとつ外れていて、胸の膨らみが少し見えていた。このまま彼女を抱きたいと思った瞬間、欲望と理性が衝突した。 

(これ以上は、駄目だから-)

自分を抑え、部屋を出た。

(あぁ、もう...童貞か、私は!)

頭を冷やすかのように、冷蔵庫のミネラルウォーターを一気に飲み干した。


 珈琲を淹れてバルコニーに出たら、既に起きていたらしい奈津が、煙草を吸っていて驚いた。

「...奈津っ!驚かせないでよ...」

「で?」

「で、って何よ。」

「楓ちゃんと進展あったかなあ、って。」

「あるわけないでしょ。」

「迫ってみれば良いのに。」

「簡単に言わないでよ。」

そう言いながら、ついさっきのキスの感触が唇に蘇り、身体が熱くなるのを感じた。

「面白くないなあ。」

そう言って室内に入る奈津を見送り、欄干にもたれて、ずるずると蹲み込んだ。

(私は一体何をしてるんだ。)

これ以上、今の状態のまま一緒に居たら、いつか理性の歯止めが効かなくなって彼女を苦しめる、と思った。

(...もう一度、ぶつかってみよう。それで最後。)

  

  室内に戻ると、キッチンから3人の笑い声がしていた。

「クリスマスパーティーの話をしてたの。」「毎年、留学生10人以上がここに集まって、クリスマスパーティーしてるんだよって話したとこ。ま、エジプトのクリスマスは1月だけどさ。」

「日本人にとってはやっぱり12月だし。今年も、もうすぐだから、準備しなきゃじゃない?」

3人が口々に話す。

「今年は...」

(楓と2人で過ごしたいんだけど...とは言えないか)

パーティーは中止とは言えなかった。留学生の交流会としても、みんなが楽しみにしているのは事実だから。

「...何を作ろうか?去年はグラタンだったっけ。」

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