第12話 片思い

  夜22時を過ぎ、来客が帰り始めた。そして、最後に残ったのはやはり、奈津と桜子だった。楓と奈津はパーティーの後片付けをしていたが、桜子が完全に酔っ払っていて、案の定酒癖が悪く絡み始めたので、私が相手をしていた。

「そろそろ帰らないと門限過ぎるから、飲むのやめなさい。」

「泊まってくから良いの!」

「何で桜子が勝手に決めてんの...」

片付けに度々リビングに来る二人は、そのやりとりを聞いて笑っていた。

(帰ってもらわないと困るんだけど!)

内心の焦りを隠し、酔っ払いの相手をしていたが、突然桜子は私をソファに押し倒し、キスをしてきた。

(酔っ払ったらキス魔にもなるのか、この子は!)

「桜子、いい加減に...」

彼女を避けようとするが、全体重をかけて抑え込まれていて、逃げようにも逃げられなかった。奈津が慌てて走ってきて桜子を私から引き剥がした。なんとか上半身を起こした時、奈津が小声で言った。

「さすがにキスはヤバイでしょ。桜子はもう連れて帰るから。あと...いい加減に男になれ、レイ君!」

そう言い残すと、桜子を連れて帰って行った。

(...男になれって、女ですけど、一応。)

何なんだ、と思いながら、ソファから立ち上がった。


  キッチンを覗くと、楓が洗い物をしていた。すぐ後ろまで来て、声をかけた。

「楓、あの2人、帰ったよ。」

「...うん」

私は深呼吸をして、彼女と向き合う覚悟を決めた。後ろから手を伸ばして蛇口の水を止めると、話したいことがあるの、と楓を振り向かせた。その時初めて、彼女の頬に涙の跡があることに気づいた。

「何で...泣いて...?」

「ご、ごめん。泣くつもりはなかったんだけど、自分が情けなくて...」

「情けないって...?」

「何で私は、桜子ちゃんみたいにレイに甘えられないのかなあ、って思ったら、なんかたまらなくなって。」

(...え?今のは...?)

胸がドキリとした。

「桜子のは、甘えるとかじゃなくて、酔っ払いでしょ。ただのキス魔!」

動揺を隠し、笑いながらそう言ったが、渇いた笑いしか出て来なかった。

「お酒の力を借りても、私には出来ないもん」


  確かめよう、と思った。反面、私は楓が言う通りズルイな、と思った。もう一度想いをちゃんと伝えようと勇気を出した筈だったのに、楓の発言を幸いに、彼女に言わせられるものなら言わせよう、と思ってしまったのだから。もし意図が違った発言だったとしても、自分の傷は浅くて済む、と思ってしまったのだから。ズルイとわかっていたけれど、止められなかった。

「それってさ、もしかして、やきもち妬いてくれたってこと...?」

彼女はハッとしたような顔になった。そして、静かに頷いた。私は、胸が高鳴るのを必死で堪えて、もう一度質問をした。

「私を好き、ってこと...?」

彼女は少し驚いたような表情になり、

「好きだよ!」

と言い、そして直ぐに怪訝そうな顔をして言った。

「...まさか、気づいてなかったの?」

期待した意味の答えではあったが、想定した答えではなかった。

「...え?」

我ながら、間抜けな声が漏れた。混乱した。私が気づいてなかった、だけ?いつから?どうして?いや、そもそも、そんな素振りあった? 


  豆鉄砲をくらったような顔をしていたのだろう。混乱している私を見て、楓はため息をつきながら言った。

「一緒に住みたいって、意味わかってなかったの?」

「え、そこ?!そんな初期の話?...ただ、寮のあるエリアに行きたくないからだと思ってた。」

「いや、ああいうことした後に一緒に住みたいって言ったら普通そうじゃない?...じゃあ、一昨日、レイが勝手に出かけた時のことは?」

「いや、あれは...素直に悪かったなって。」

「じゃあ、砂漠で星見てた時は?」

「ズルイって言われた...けど。」

彼女は呆れた顔になった。

「あんな長い時間、砂漠に寝転がってロマンチックな星空一緒に見ても何もしてこないから、ズルイって言ったのよ。...じゃあ、帰ってきて、一緒に寝た時は?」

「え、緊張するって...でもあれは、あの夜のことがあったせいでしょ?」

「あそこで、ホントに何もないとか、普通ないよ?」

「...いやでも、女同士としては普通じゃん!」

「レイは両性類じゃん!」

「り、両生類?」

「...カエルとかじゃなくて!」

そう言いながら、楓は笑い始めた。

「今、カエルとかの両生類、思い浮かべたでしょ。違うわよ、女の要素と男の要素が混じってるってこと!」

「そんな風に私を見てたの?」

ちゃんと、私のこの複雑な性を理解してくれていたのか、と思った。

「...レイに男の要素入ってないなら、朝、人が寝てるのに、あんなエッチなキスしないわよ。」

(気づいてたんだ...)

言葉に詰まった私に、彼女は拗ねたように言った。

「両性のせいなのかなあ。まるで女心わかってない。鈍感にも程がある。」

「ごめん...なさい。」

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