第13話 歩く

歩くことは健康にいいらしい。


休日、友人の家の近くにある広い公園で待ち合わせをして、


そこで一緒に歩くことにした。


私はスポーツウェアだけれど、彼女は部屋着のような


飾らない平服で、準備万端の自分が恥ずかしい……。


薄暮の中、街灯の小さな明かりを辿るようにすすむ。


「歩くって字は、止まるのを少ないって書くんだよね。


まさに止まるのを少なくして進むのが、大切なんだろうね」


それは下らない、退屈しのぎの会話だったけれど、


彼女の反応はちがった。鋭い眼光でこちらを睨み、


「止まる、は足跡の象形文字で、それが二つ、交互にすすむ


ところから、歩くという漢字になったのよ」


「あ、そうなんだ。ゴメン……」


急に陰険となってしまったことで、その後ゴハンに誘う


こともできず、そのまま別れてしまった。


でもこれは後で知ったことだけれど、彼女はその時間、


すでに死んでいた。心臓が止まっていた。


もう足跡を残すこともできなかった。


部屋着だったのも、きっと死んだときの姿だったのだろう。


何で私のもとにでてきたのか、それは分からないけれど、


私は歩くのを止めた。


健康になる前に、心が止まりそうだから……。


私の心には、足跡を残していったから……。

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