第59話 幕間8
「どうだったカショウ? 間近でお世話したユールリウス坊っちゃまは?」
使用人仲間の一人がそう言って声をかけてきた。
それに俺は笑顔──満面の笑顔で答える。
「くっっっっっっそ可愛かったー!!」
「お前……。坊っちゃまの可愛さを表すのにしてももう少し品のある言い方があるだろうが……」
呆れを含んだ声音で言われたが、そんなのは気にしない。
正直坊っちゃまの可愛さを言葉で表現なんて、出来やしないのだから。
いや、ほんと。
──来て見て触った人間しか分からないと思う。
ますます坊っちゃま付きになりたいと思った。
ありがたい事にこの公爵家では、身分よりも実力を優先して担当が決まる。
だから平民上がりの俺でも実力が有れば、坊っちゃま付きになる事は可能なんだ。
ただ、簡単に想像出来る様に公爵家の方々付きというのは相当の人気職。
狙っている者も多く、かなりの狭き門、なんだよなぁ。
出来れば身の回りのお世話担当になりたいけど、まだお小さいから担当職も少なくて……。
せめてルークディアス様ぐらいのお歳になれば、担当職も増えるからチャンスはあるんだけど……。
「カショウ。少しかまいませんか?」
「え? あ、はいっ……!?」
マティアス様!?
俺、なんかやった!?って、間違いなくユールリウス坊っちゃまの事だろうなぁ……。
俺はマティアス様の後について、小会議室の一室に入った。
そして対面の席に座る様に示されたので、大人しく座る。
──ブォン。
俺が座ったと同時に盗聴防止の魔導具が起動した。
なんか、ただ事じゃない雰囲気がするんだけど……。
そんな俺の心中を見抜いたのか、念の為ですからあまり気にせずに、とマティアス様が言った。
それ、本当に信じていいんですか?
「さて、もうお気付きだとは思いますが、ユールリウス坊っちゃまの件で確認したい事があります」
「は、はいっ」
──ゴクリ。
緊張で思わず喉が鳴る。
何を聞かれるんだろう。
「ユールリウス坊っちゃまは大変満足されたようです。
興奮しすぎたのでしょうね。本日は何時もよりお早く就寝されました。
ありがとうございました」
「いえっ」
「ですが、ユールリウス坊っちゃまが意地悪されたと報告がありましたが、何か心当たりはありませんか?」
き、きたー!!
意地悪って、絶対あの件だよな!?
いや、意地悪したつもりは全くなくて、坊っちゃまの可愛さについつい……って言っても駄目だろうなぁ。
でも、それが本当の事だし言うしかないか。
「意地悪と言いますか……。坊っちゃまの可愛さにほっこりと見てましたら、突然泣いてしまわれて……」
「……。まぁ、坊っちゃまが可愛いと言う事は十二分に分かりますし、そのご様子を眺めていたいという気持ちも分かります。
ですが、私達は主人に仕える者です。主人を煩わせる事なく、快適にお過ごし頂くように努めるのが役割です。
そんな私達が主人を煩わしてはいけないという事は、言われるまでもなく分かりますよね」
「はい……。申し訳ございません……」
「謝罪を求めているわけではありません。
自分の立ち位置……、役割をしっかりと認識して頂きたいだけです。
それが出来ない以上、お側でお世話をする事は出来ません」
「はい……」
「目指しているのでしょう? ユールリウス坊っちゃまの側仕えを」
「はいっ!」
そこだけは譲れないという想いを込めて、俺は大きな声で返事をした。
思いの外声が大きかったのだろうか、マティアス様がクスリと笑う。
それだけで硬質だったマティアス様の雰囲気が少し柔らかくなった。
助かった……。
まさかマティアス様が笑ってくださるとは思わなかったけど、おかげで部屋の中に張りつめていた空気が少し緩和された。
まぁ、それを感じているのは俺一人なんだろうけど。
だってマティアス様との差し向かいってどうしても緊張してしまう。
何せ俺達使用人のまとめ役の方だし、それに存在感?迫力?なんか分かんないけど雰囲気が『仕事は完璧です!』って感じで、こっちがちょっとでも失敗すると許しませんよ?って言われそうで……。
実際にはそんな事はないんだけど、うーん、なんだろう……?
と、とにかくなんかこう、声かけられるだけで背筋がピシッ!と伸びちゃう感じなんだよなぁ。
だから、雰囲気が少し柔らかくなるだけでもこっちとしては助かるというか何というか……。
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