第40話 幕間6

 公爵家の魔術訓練場、その中心で私は立ったままピョンタもどきと相対しております。

ピョンタもどきも、あの柔らかい体でどうやっているのでしょう、不思議でなりませんが二足で立っています。

 そして、少し離れてマティアスが、私達の様子を静かに見ております。

きっと、ユーリとの約束を守る為でしょう。

 ソファーに座って話したい心境ですが、さすがに訓練場の真ん中にテーブルとソファーがあるというのもおかしいとは思いますので、立ったまま話を進めます。

 

「それで? あなたはユーリをどうしたいのかしら?」

『どう? とは?』

「ユーリに危害を加えるのでしたら、ここで私が排除致しますわ」

『これはまた異な事を言うな。我がユーリ様を害すと?』


 ぬいぐるみの顔で表情など変わらない筈なのに、すごく馬鹿にされていると思うのは、私の気のせいなのかしら?


「奥様が思っていらっしゃる通りだ思います」


 人の心を読んだかのようなタイミングで言うマティアスに、この執事も大概おかしいですわねと心の中で呟く。


「奥様ほどではございませんよ」


 だから、何故!?

いえ、もう何も呟きませんわ。


「そうされるのが、正解かと」


……。


『マティアスは先程から何をひとりで言っておる?』


 不思議そうに言うピョンタもどきに、やっぱりおかしいのはマティアスの方よね、と安心してしまいました。

怪しいぬいぐるみと同じ意見なのは、何かもやもやしますけれど……。


「コホンッ。

 えーっと……。ならあなたの目的は何なのかしら?」

『うむ、そうだな……。

 我は……。ユーリ様に、幸せになって欲しい』


 幸せ?

 どういう事か意図がいまいち読めませんが、少なくとも今、ユーリは不幸せではないと思います。

ユーリ本人ではないので、幸せ!と言い切れないのが悔やまれますが。

 それにユーリを幸せにするのに、ピョンタもどきの力を借りるつもりは毛頭ありませんわ。


「あなたの力を借りなくても、私達がユーリを幸せに致しますわ」

「このマティアスも、微力ながらお手伝いさせていただきます」


 本当、要所は外しませんのね……。


「お褒め頂き、恐縮です」


 いえ、ですからね……。

ああ、いえ。無心、無心……。


『人だけでは信用出来ぬ……。

 我がそれを信じたから、彼奴は……。幸せに、なれなかった……。

 それに、彼奴に託された想いもある。故に我は、力の行使を惜しまん』


 アメジストの瞳が昏く陰った気がしました。


──宝石の瞳が感情を宿す。

 ピョンタもどきの正体は分かりませんから、そういう事もあるでしょう。

そして、何かを後悔をしているという事は分かりました。

ですが──。


「だからと言って、正体の分からぬモノがユーリの傍にいる事を許容は出来ない。

 貴様が何かを後悔していようと、自身の贖罪の為にユーリを巻き込むな」

「クリス様!?」

「遅くなってすまない、シャル」


 クリス様は颯爽と歩いてきて、私の横に並び立ちました。

まさかクリス様がこちらに来られるとは……。

クリス様に気付かれないうちに、対処しようと思いましたのに……。


「クリス様。本日は領の方でのお仕事では……」


 確か本日は、月に一度の公爵領の視察の日だったはずです。

だから今、クリス様がここにいる事はおかしいはずなのです。


「緊急事態だと言って切り上げさせてもらったよ。

 実際その通りみたいだしな」


 そう仰って、ピョンタもどきをチラリと見ました。

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