第39話 幕間5

「本当はユーリが寝るまで待つつもりでしたけど、あの様子では夜まで寝そうにありませんでしたからね。

 苦肉の策として、物理的にユーリから距離をとる事に致しました」

『我にやましい事は何もないからな。早く終わらせてユーリ様の元に戻れるならなんでもいい』

「早く終わらせる事には、私としましても異論はありません。坊っちゃまもお待ちですしね」

「とは言っても……。マティアス、もう少しいい場所はなかったのかしら?」

「おや? 何か不都合でも?」


 心外とでも言わんばかりに片眉を僅かにあげるマティアスに、シャルディアスは渋々言葉を飲み込んだ。


 あるかないかと言われれば、ないとしか言えませんけれど……。

でも、公爵家の魔術訓練場でなくてもいいいとは思いますのよ?

 確かに、何かあった時の周囲に対する被害というのは、一番ここが少ないのは分かっておりますわ。

分かってはおりますが、だからと言って納得する事は出来ませんわね。

 愛する家族がいる屋敷で、私が、全力で、力を奮うとマティアスが思っている事に、文句も言いたくはなりますわよ。

それに危険度で言えば、私よりピョンタもどきでしょうに。


──ピョンタ。

 ユーリが名付けたウサギのぬいぐるみ。

 普通ならば、その愛らしさで可愛いと思えるはずの物ですが、贈り主があのお兄様の時点で、純粋に可愛いとは思えなくなってしまったのは仕方がない事でしょう。


 幼い子供の事を思って作られた触り心地重視のウサギのぬいぐるみ。

でもその素材は、最高級のクインスパイダーシルクとゴッドシープコットンで体を作り、瞳には最高級のアメジストが嵌められております。

それに、ぬいぐるみ全体に防滴防塵の魔術がかけられていて、作成にかかった費用を考えるだけで頭痛がしますわ。

 まあ、お兄様の個人的資産から出されていますから、文句は言えませんが。

 上の子二人が生まれた時も同じようなぬいぐるみをお兄様から頂きましたが、ユーリのぬいぐるみが一番手が込んでいるような気がします。

 それが私の気のせいでしたら杞憂だったのですが……。


 私よりも魔術の得意なクリス様自らが、上の子二人のぬいぐるみにしたように良からぬ仕掛けがないかを念入りに確認されましたが、防滴防塵ぐらいの魔術の仕掛けしか発見出来なかったから、一応、とりあえずは安心していいと仰っていました。

──とてもご納得されていないお顔で。


 この国の上位に位置する魔術の得意なクリス様ですら、自分が見付けられない何かがあるのではと勘繰ってしまうのは、今までのお兄様の所業の所為です。

 そう、お兄様の妹愛で私がどれだけ迷惑を……。


……。

…………。

 そうですね、今は目の前の問題を片付けるのが先、でしたわね。

まあ、そういうわけでお兄様の愛が籠められた負のプレゼント……。

いえ、ユーリは喜んでましたから、そんな事を思ってはユーリが悲しみますわね。

 その、怪しさ溢れるウサギのぬいぐるみでしたが、やはり怪しい物でした。


──ぬいぐるみが動いて話すなど、普通ではありませんでしょう?

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