第8話 幕間1

「ふぅ……。寝てしまわれましたか」


 ユーリは途中で寝てしまったが、それでも診察を続けられていたオリヴァー殿が、伸ばしていた両手をゆっくりと下ろした。

どうやら診察が終わったようだ。

 両手に貼り巡らせていた魔力がなくなっている事からも、間違いは無いだろう。


 しかし今回は、診察の時間が何時もよりかなり長かったのではないかと思う。

だからユーリも耐えきれずに寝てしまった。

あれは、魔術医は勿論、診察される方も疲れるからな。

 幼児であるユーリが耐えられずに寝てしまうのも、仕方のない事だ。


 通常よりも診察に時間がかかったという事は、何か重篤な症状でもあったのだろうか……。

 先程まであんなに元気に動いていたのだから、何も問題ないと信じたい。


「よく頑張ったと思いますわ」


 シャルが優しくユーリの頭を撫でている。

撫でられている事が分かっているのか、ユーリの顔に笑みが浮かんでいた。


 シャルの慈しむ想いとそれを素直に受け取るユーリ。

二人の周囲には幸せが溢れ出しているように見える。──いや、実際溢れ出している。俺には間違いなく見えてるからな。


 こういう日常の、何気ないやり取りを見る度に自分の心が温かくなっていくのが分かる。

それを感じる度、ここに俺の幸せがあるのだと痛感する。

 だから絶対に、この幸せを守らなければいけない。

──かけがえのない、俺の宝物達を。


「ほんに、まだお小さいのによう頑張ってくださった」


 オリヴァー殿の目が優しく細められている。

きっと、オリヴァー殿もこの幸せな光景を感じられたのだろう。天使が二人いる光景を。


 それにしても、オリヴァー殿もかなりお疲れになられたようだ。

先程よりも顔色がかなり悪くなってしまっている。


 時間がかかった分、術者にも相応の負担が強いられるのが魔術を用いた医療の欠点だが、正確性や見つかりにくい病気等を調べるにはどうしても、頼らざるを得ない。

 本来ならばお歳のこともあり、断られても仕方がなかったのだが、小さい子供という事で快く引き受けて下さって本当にありがたく、感謝の念に耐えない。


 これ以上オリヴァー殿を疲れさせるのは申し訳ないので、早々に話しをして休んでいただかねば。


「それで、オリヴァー殿。結果はどのような?」


 五日前、庭で突然倒れたユーリ。

一緒にいた侍女が言うには、倒れる予兆もなく、周辺には害になるモノもなかったという。

 侍女は目を放さず、大人しく庭で遊んでいたのをいつもと同じく後ろで控えて見ていたらしい。

そして突然倒れた、と。

 侍女の言葉に嘘はなく──自分がユーリを害する筈がない!と強く主張し、無実を証明する為に尋問用の魔道具を使ってくれと言われたのにはかなり驚いたが。普通は自分から進言するものではないからな。

 ユーリが倒れた時も、侍女が咄嗟に風の魔術を使って受け止めてくれたようで、頭を打つ等の怪我をもなかったようだ。


 ただ倒れただけというのなら、普通に考えれば、直ぐに目を覚ましてもおかしくはなかった。

しかしそれから五日間、ユーリは目覚める事はなかった。

 熱も微熱が出ているぐらいで、その他には特出した症状もなく、ただひたすら昏々と眠っているだけだった。

 原因が分からない以上処置も出来ず、ただ徒らに時間が過ぎていく日々。

気持ちばかりが焦り、何も出来ない自分の無力感に苛まれながら、熱で体温が上がったユーリの手を祈りを篭めて何度握った事か。


──早く父様と、何時もの輝く笑顔で呼んで欲しい。


 

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