第142話

 そして時間は刻々と過ぎていき、夜になった。


 私がノアのための食事を作っていると、アベルが厨房へとやって来た。


「それノアの?」


「あぁそうだ。」


「それじゃあそれができたらボクに頂戴?ボクが食べさせてくるよ~。」


「じゃあお願いするぞ?あと……ノアの体を布で拭いてやってくれ。多分汗かいてるだろうからな。」


 一日中布団のなかに居たわけだし、多少なりとも汗はかいてるはずだ。まさか私がやるわけにもいかないし、できればこれもアベルに任せたい。


「うんわかった~。着替えもさせた方がいいかな?」


「そうだな。……ほい、できたぞ。」


「はいは~い、それじゃ行ってくるよ~。」


 ノア用のお粥を持ってアベルは走り去っていった。その姿を見送った私がふぅ……と一つ息を吐き出していると、私の背中から伸びている影からシグルドさんが姿を現した。


「夜分に失礼致しますミノル様。獣人族女王のジュンコ様よりお手紙が届いております。」


「ジュンコから手紙?」


「はい、何やら火急の用件の様ですぞ?」


「ふむ……。」


 火急の用件……か。人間と何かいざこざでも起こしたか?いや、それだったら私宛てに手紙は書かないはず。私に手紙を寄越すとすれば内容は恐らく……。


 丁寧に封をされた手紙を開いて中を見てみると、そこには魔族の言葉で予想通りの内容が書いてあった。


「ふっ、やっぱりな。」


 内容を見た私は思わず笑みがこぼれてしまった。


 その内容はというと……


『食事会の開催はまだでありんすか!?あんな甘くて美味しいものを1日1個なんて無理でありんす!!どれだけあちきを焦らせば気が済むでありんすか~!!鬼畜でありんす!!お願いだから早くしてほしいでありんす~!!』


 手紙の内容を見てわかる通り、やはりジュンコはプリンを1日1個で我慢することはできなかったらしい。


「ま、これだけ焦らしておけば大丈夫そうだな。」


 予定通り……それじゃあ3日後に食事会は開くとしよう。流石にすぐというわけにはいかない。食材の準備もあるし、ノノは試作だって重ねたいだろうからな。

 だから、ジュンコにはあと少しだけ我慢してもらおう。


 私は白紙の紙に獣人族の言葉で、『食事会は3日後に開催する。こちらにも色々と準備があるものでな。もう少し……我慢してくれ。』


 と、書き記した。それを封筒に包み、シグルドさんに手渡した。


「これを彼女に送ってもらってもいいですか?」


「かしこまりました。」


 シグルドさんが服の内ポケットに手を入れると、そこから1羽の鳥が姿を現した。


 まるで手品だな。多分種も仕掛けもない、ただの魔法なんだろうが……


 その鳥は私が書いた手紙を咥えると、影の中へと姿を消した。


「これでジュンコ様のもとへすぐに届くでしょう。」


「ありがとうございました。」


 お礼を告げた私にシグルドさんがあることを切り出した。


「そういえば、魔王様はまた良いお友だちを作ることができたようで……私としても嬉しい限りでございました。」


「まさか勇者と魔王が友達になるなんて……誰が想像できたでしょうかね?」


「ほっほっほ、まったくですな。」


 本来なら……私がいた世界でも勇者と魔王と言えば相対する存在で、絶対に相容ることのない。……例えるならば水と油のような存在だ。

 だが、この世界では今勇者と魔王が友達という深い仲になってしまっている。


「これも全部……アベルの計画の内、だったんですかね?」


「さぁ……それはどうでしょうな?しかしこの結果は、魔王様も予想外だったと私は思いますぞ。これも全てミノル様……貴方の力があってこその結果だと魔王様も思っていることでしょう。」


「私はただ料理を作っているだけですよ。一人の料理人として……ね。」


 私ができることなんてこれぐらいしかないからな。とてもじゃないが、アベルやカミルのように戦う力は無いしな。


「ほっほっほ、それで良いのです。それが後々人を変え、国を変えていくことに繋がるのですからな。」


「そんな大層なものじゃないですよ。」


「それはどうでしょうかな?今、獣人の国ではジュンコ様先導の下新たな政策の思案が行われているらしいですぞ?」


 そんなことがあっちでは起こっていたのか。てか、そんな情報どこで仕入れてきたんだろうか……。


「それもジュンコ様がミノル様の料理を口にするためやっていることとか?先ほどのお手紙も催促の言葉が書いてあったのではないですかな?」


 そこまでお見通しだったか。


「当たりです。まぁでもこっちにも準備ってものがあるので……もう少し待ってもらいたいって返答を書いたところでした。」


「ほっほっほ、食事会本番は魔王様も大いに楽しみにしておりますから……準備は入念にしておくに越したことはありませんな。……おっと、少し話し込んでしまいました。」


「いえ、大丈夫です。後はどうせ湯に浸かって寝るだけだったので……良ければシグルドさんも湯に浸かっていきませんか?」


「申し訳ないのですが……まだやるべき仕事が残っていまして、そちらを片付けねばなりませんので、残念ですが今日は……。」


 その後シグルドさんはまたどこかへと消えてしまった。にしても、彼の仕事とはいったい何なのだろうか?アベルを見守り、身の回りの世話をすること以外にも何か裏で動いてそうだな。


 今度アベルにでも聞いてみるか。

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