第122話

 ひととおり魚を購入した私達は、ウルジアで有名だという葡萄酒を買いに向かっていた。葡萄酒が買える場所は、さっきカミルが市場の人から聞き出してたから迷うことは無い筈……なのだが。


「なぁ、カミル……本当にこっちで合ってるのか?」


「あの者がこっちじゃと言っておったから間違いないはずなのじゃが……。」


 私が不安を抱いているのは、カミルがどんどん建物が少ない方へと向かっているからだった。有名だというなら大通りの出店とかで売っていてもおかしくないと思うんだが……。


「おかしいのぉ、そろそろ葡萄畑が見えてきてもおかしくない筈なのじゃが。」


「カミル、あんたまさか道間違えてんじゃないの?」


「むぅそんなわけはないと思うのじゃが……仕方ない。こうなればあの手を使うのじゃ。」


「あの手?」


 あの手を使う……と言ったカミルは、軽く地面を蹴り大きく飛び上がると再び龍の姿へと戻り遥か上空へと羽ばたいて行った。


「あぁ~……あの手ってそういうことね。」


「上から見下ろして葡萄畑がどこにあるのか確認するつもりみたいだな。」


 遥か上空に羽ばたいて行ってしまったカミルを眺めていると、突然龍の輪郭がパッと消えた。それと同時にひゅるるる……と何かが落下してくるような音が聞こえてくる。

 そして次の瞬間……ダン!!と大きな音と衝撃と共に私達の前に人の姿に戻ったカミルが落ちてきた。地面にはくっきりとカミルが落下してきたときの足跡がついてしまっている。


「で、どうだった?」


「うむ!!この先で間違いないのじゃ。」


「そっか、ならこのまま進もう。」


 そしてしばらく進むと……私達の前に広大な葡萄畑が姿を現した。


「おぉ~……この街中にこんなに広い葡萄畑があったのか。」


「じゃが、肝心の葡萄は一つも実っておらんぞ?」


 カミルの言うとおり、葡萄畑は青々とした葉っぱがたくさん生えているだけで、葡萄らしきものは一つもない。だが、この理由は至極単純なものだろう。


「多分、もう収穫時期を過ぎたんだろうな。最近寒くなってきたし……。」


「なるほどの、納得の理由じゃな。」


 もう少し早くに来れていたら、たわわに実った葡萄を見ることができただろうが……それはまた来年のお楽しみだな。


「さて、葡萄酒の販売所は……あそこかな?」


 葡萄畑の横にポツンと一件建物が建っている。おそらくあそこで葡萄酒を販売、製造しているんだろう。

 その建物の扉に手をかけて押し開くと、中からふわりと芳醇な葡萄の香りが鼻を抜けた。


「あ、い……いらっしゃいませ。」


「ここで葡萄酒を買えると聞いてきたんだが……。」


「葡萄酒ですか、いつできたものがよろしいですか?」


「年代を選べるのか?」


「はい、一応50年前のものまで保管してあります。」


 50年前の葡萄酒か……結構年数が経ってるな。そこまで古いものだと下手したら、もうすでにピークを過ぎてしまっているかもしれない。


 意外にも幅広い年代の葡萄酒を保管しているのだな……と驚いていると、私の服の袖をカミルがクイッと引っ張った。


「のぉ、ミノル。葡萄酒に年代は関係あるのか?」


「大有りだ。古いものは熟成がすすんで味の角がとれて丸みを帯びる。一方で、新しいものは新鮮な葡萄の味が楽しめるんだ。」


「……それって結局どっちがいいの?」


 どちらが良いのかわからなくなったヴェルは首をかしげながら私に問いかけてくる。


「最後は結局好みだ。奥深くて複雑な味を楽しみたいのなら熟成が進んだ年代物を、逆に葡萄の味そのものを楽しみたいのなら新しいものを……って感じかな。」


 あくまでも分かりやすく言えばの話だが。


「ふむ……妾は美味しければ何でも良い。ミノルに任せるのじゃ。」


「私もミノルに任せるわ。そういうのわかんないしね。」


「そうか、わかった。それじゃあ……年代物は要らないから早飲みができる葡萄酒を貰おうか。」


 よくワインでヴィンテージと言う言葉を耳にするだろう。あれは葡萄がとれた年数を意味するもので、古い……という意味ではない。ラベルにヴィンテージが書いてあるワインは長期熟成を前提に造られた物がほとんど……しかし一方でヴィンテージ表記がない。それこそ私が今言った早飲みを目的としたワインもある。


 今回は買って帰ってすぐに飲むから早飲みができる物を購入するが、もし……年代物のワインを買う機会があったらなら、買って帰ってから10日位は休ませた方がいい。すぐに飲みたい気持ちもわかるけどな。それだと年代物のワインは本来の美味しさで飲むことができないんだ。


「わかりました。早飲みの葡萄酒ですね。それでしたら……昨年できたこちらがよろしいかと思います。」


「じゃあそれを……2本、あ、いや3本買うよ。」


 後で料理にも使いたいから一本多めに買うことにする。それに多分アベルも飲むって言い出しそうだからな。


 葡萄酒を飲むとなれば、それに合う料理も作らないといけないな。今日の料理も存分に腕を振るえそうだ。

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