第93話

 出来上がった石鹸をインベントリにしまいこみ、浴室へと向かって足を進めていると廊下の向こうからカミルが歩いてきた。


「お?ミノルではないか、外で何かしておったようじゃが……何をしておった?」


「あぁ、これを作ってたんだ。」


 私はインベントリから出来上がった石鹸を取り出して、カミルに見せた。


「お!?なんじゃそれは?もしや新しい甘味かの?」


 石鹸をお菓子と勘違いしているカミルは、キラキラと目を輝かせながら私の手の中にある石鹸を見つめている。


「違う違う、これは体を洗うときに使う石鹸っていう物だ。間違っても食べるんじゃないぞ?」


「なんじゃ……甘味ではないのか。」


 これがお菓子ではないということを知ったカミルはがっくりと肩を落とす。余程残念だったらしい。


「して?それはどう使うのじゃ?」


 気を取り直した様子のカミルは私に石鹸の使い方を問いかけてきた。


「これを水で泡立てて体に擦り付けるんだ。背中とか洗いにくいところは他の人にやってもらうと良いかもな。」


「ほぅ……なるほどのぉ~。」


「あと、これについての注意事項だが……泡立てた泡を目に入れないようにすること。」


「目に入るとどうなるのじゃ?」


「最悪失明する。」


 そう聞いた途端にカミルは顔を青くした。


「し、失明じゃと!?それは絶対嫌なのじゃ!!」


「あくまでも最悪の話だ。もし仮に目に入ったらすぐに洗い流せば問題ない。」


「それを聞いてちょっと安心したのじゃ。」


「一緒に入る皆にもちゃんと教えてやってくれよ?ヴェル達はわかんないだろうからな。」


「任せるのじゃ!!」


 目に入れないことと、食べないこと……この二つさえ気を付ければ安全に使えるはずだ。このぐらいの説明ならカミルにお願いしても大丈夫だろう。


「そうすれば今日はエルフの国へは行かぬのか?行くのであれば送っていくぞ?」


「今日は大丈夫……かな。昨日のうちに幾つか作る料理の候補は決まったから、今日はそれを試作してみるよ。」


「試作ということは……食い手が必要なのではないのか!?」


「まぁな。」


「それなら妾に任せるのじゃ!!」


「ただ、試作だからそんなに多くは作らないからな?」


「わかっておる。では待っておるのじゃ~!!」


 ルンルンと上機嫌でスキップしながらカミルは厨房の方へと足早に向かっていった。そんな姿を見送った私は苦笑いしながらポツリと溢す。


「食べるということには相変わらず貪欲だな。」


 まぁこういう試作の時には助かるがな。自分で作って自分で食べても客観的な感想はわからない。実際に誰かに食べてもらうことによって本当の感想というものが貰える。そういう面ではここにいる間は苦労しなさそうだ。

 カミル達は美味しいものは美味しいと……美味しくないものは美味しくないとハッキリ言ってくれるからな。それに最近は私の料理を毎日口にしているから、ある程度舌も肥えてきている。試作の食い手には最適だ。


 そして浴室の一角に石鹸を幾つか置いて、厨房へと戻ってくると……カミルだけではなくヴェルやマーム、果てにはノノまでもが座って私のことを待っていた。


「あっ、やっと来たわねミノル~。カミルから聞いたわよ~?何か今から作るんでしょ?」


「私も食べたいの。」


 どうやらヴェル達はカミルから話を聞いて集まったようだ。あくまでも試作……という話だったんだが、こうなった以上ある程度の量を作らないといけなさそうだな。

 まぁカミルの抜け駆けをヴェル達が許すはずもないし……当然っちゃ当然の結果か。


「一応、念のため言っておくが……これから作る料理には肉も魚も入らないからな?」


 私が皆にそう告げると、カミルとヴェルの表情が凍りついた。


「な、なぜじゃ!?」


「何でって……当たり前だろ?エルフは肉や魚といった生物を食べない種族だからな。」


 まさかエルフの王であるアルマスに捧げる料理にそういう物を入れるわけにはいかない。


「ま、肉とか魚を使わなくても美味しい料理はいくらでも作れる。例えば……使も作れるんだぞ?」


「肉を使っていないのに肉のような料理じゃと?」


「あぁ。」


 どういう料理なのか想像がつかないのだろう。カミル達は一様に首をかしげている。

 カミルとヴェルは一度それに似た料理を食べたことがあるんだけどな。


「まぁ、そういうのは実際に食べてみた方が早い。きっと驚いてくれると思う。」


 早速調理を始めても良いが……今回はせっかくだからノノにも少し手伝ってもらおうか。簡単な作業もあることだしな。


「ノノ?」


「はいです!!お師様!!」


「今から調理を始めるんだが……ちょっと手伝ってくれないか?」


「ノノがお手伝いしてもいいんですか!?」


 やたら食いぎみにノノは私に問いかけてきた。


「あぁ、もちろんだ。」


 そして私はノノに簡単な野菜の洗いかた等を教えながら、試作の料理を作りカミル達に振る舞った。

 カミル達の反応はおおかた予想通り……野菜しか使っていないのに、まるで肉のような料理を食べて目を丸くしていた。


 試作の出来は上々。後はこれを煮詰めていくだけだ。カミル達の反応に確かな手応えを感じ、試食会を終えたのだった。

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