第92話

 良く温めたフライパンにバターを落とし、全体に馴染ませる。そこに卵液を入れてフライパンと箸を同時に動かしながら卵を半熟まで火を通す。


「ほっ……よっと。」


 卵が半熟でトロトロになったら手首を返しながらトントン……と叩き卵を返してラグビーボール状に整える。慣れない内はフライパンにタオルを入れて、それを返すようにして練習すると良い。


 そして次々にオムレツを巻いて、ケチャップライスの上に乗せていくと、私のそんな姿を見てノノが目を輝かせていた。


「お師様!!それっ……どうやってるんですか?」


「ん?これか?説明がちょっと難しいな……こうフライパンと手首を上手く使ってやるんだ。」


 ノノの前で説明しながらやって見せるが、私の説明が拙くいまいちわからないみたいだ。


「あぅ~……難しそうです。」


「慣れればこんな風に簡単に出来るようになる。最初はそれこそ本当に難しく感じると思うけどな。」


 私も完璧にオムレツを巻けるまでにはかなりの時間を要した。それこそ……毎日……毎日、自分が食べられる限界の量の卵を使って練習した。それのせいで一時期本当に体が卵を拒絶した思い出がある。


「これで最後……っと。」


 最後の一つのオムレツをケチャップライスの上に置いて、私は皆のもとへ出来立てのオムライスを運ぶ。


「おぉ~……?これはまた不思議な物が出てきたのじゃ。」


「上のは卵……かしら?」


「ぷるぷるしてる。」


 皆の視線はケチャップライスの上に乗り、ぷるぷると震える卵へと注がれていた。そんな皆の前で私はペティナイフを手に取り、各々のオムレツにスッと縦に切れ込みを入れた。

 すると、包まれていた半熟トロトロの卵がケチャップライスを覆い隠すように溢れだす。その光景を見て皆は一様に目を輝かせていた。


「「「「おぉ~!!」」」」


「ぷるぷるからトロトロのが溢れてきたのじゃ~!!」


「お師様凄いですっ!!」


「後は、この上にケチャップをかけて……さぁ食べて良いぞ?」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、皆はオムライスに飛び付いた。カミル達は昨日ご飯をお預けにされてるから尚更お腹が空いていることだろうから凄い勢いだ。


「やったのじゃ~ッ!!待ちわびたミノルの飯なのじゃ~!!」


「この瞬間が一番幸せ~……ホントあんな幼稚な喧嘩なんてしなきゃよかったわ。」


「ミノルのご飯、やっぱり美味しい……。」


 三人は一日お預けを食らったこともあり、さぞかし幸せそうにオムライスを食べている。一方ノノはというと……食べて感じた味等をせっせと渡した本に書き記しながらオムライスを食べていた。


「食事中に無理して書かなくても良いんだぞ?」


「あ……でも、今書かないと忘れちゃいそうで……。」


「そうか、ノノがそうしたいならそうすれば良い。」


「えへへ、ありがとうございます。」


 健気にメモを取るノノの頭を撫でてあげると、彼女は嬉しそうに笑う。どうやら無理しているわけではないようだから、ノノのやりたいようにやらせておこう。

 無理をしているのではないか……という私の心配が杞憂に終わってひと安心だ。無理をするという行為は人を壊しかねないからな。自分では大丈夫だ……と言い聞かせているうちに、いつの間にか心が壊れてしまう。そう言った理由で辞めていった人を私は何人も見てきた。


 大人でさえそんな風になってしまうのだから……子供のノノはもっと危険だ。兎に角常にノノの様子には気を配っておこう。

 健気にメモを取りながら食事をするノノの姿を見てそう私は心に決めるのだった。











 そしてカミル達に朝食を振る舞った私は、あるものを作るために中庭へとやって来ていた。


 そのあるもの……とは石鹸だ。カミルの城に風呂ができたのは良いが、石鹸等の風呂用品が全く無い。だから今日は、会得した魔法を使えば作れそうな石鹸を作ろうと思う。


「石鹸を作るには……確かアルカリ性の高い物に油脂を混ぜれば良いはずだが。」


 石鹸作りに良く使われるのは苛性ソーダと呼ばれる薬品だが……生憎ここにはそんなものは存在しない。だから今回は自然に存在するものを使って石鹸を作る。


「抽出……。」


 カリウムというのは植物に含まれる成分で、アルカリ性の物質だ。これなら苛性ソーダの代わりに充分なりうる。


 かざした手の上に、キラキラと光る結晶のようなものが集まり始める。これがカリウムの結晶だ。後はこれを熱湯に溶かして、油脂と混ぜ合わせれば良い。


 そして混ぜ合わせた結果……とてもじゃないが石鹸と呼ぶには難しい位ドロドロの物体が出来上がった。


「これは石鹸……なのか?一応泡立つみたいだが。」


 肌に触れてもピリピリとはしないからカリウムの配分は間違ってはいないはず。だとしたら何が原因だ?水の温度?それとも油脂の量?


「まぁ石鹸作りは初めてだからな。失敗作の1つや2つは許容範囲だろ。」


 それからというものの、水の量や温度、油脂の量等を調節しながら何度も何度も石鹸を作り、何十個目かというところでようやく石鹸と呼べるような物をつくることができた。


「ふぅ~……ようやく出来たか。やっぱり固まらなかったのは、水の量と油脂の量のバランスが原因だったな。」


 さて、最適な量もわかったことだし……何個かストックを作っておこうか。毎日使うことになるものだし、この1個じゃとてもじゃないけど足りないだろう。


「さて……じゃんじゃん作るとしようか。」


 その後私は石鹸作りのコツを掴み、どんどん石鹸を量産していくのだった。

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