第58話


「ご機嫌麗しゅうございますカミル様、ヴェル様。突然で恐縮なのですが……魔王様がお呼びです。そちらの従者の方も連れてくるように……とのことです。」


 突然現れ、私達にそう告げた老人をジロリと睨み付けながらカミルは言った。


「ずいぶんと突然じゃな……ん?魔王様が妾達に何用じゃ?」


「先日、エルフの国王より御二方とそちらの従者の方への感謝状が届きました。そちらの件で魔王様がお話しがあるそうです。」


 私は小さな声でとなりにいたヴェルに、あの老人がいったい何者なのか問いかける。


「なぁ、ヴェル。あの人は誰なんだ?」


「魔王様専属の執事……シグルドよ。魔王様の右腕ってヤツね。」


「魔王の執事か。」


 通りで普通の魔族の人達と違ってきちんとした格好をしていると思ったよ。

 ヴェルからあの老人がどんな人物なのか教えてもらっていると、カミルとその老人の間で話が進む。


「ちょうど今から妾は飯の時間にしようと思っておったのじゃが?」


「そちらに関しましてはご安心ください。専属の料理人が最高の料理を作ってお待ちしております。」


 シグルドの言葉にカミルとヴェルは表情を歪める。


 ……確か魔王専属の料理人とやらが作る料理は美味しくないと、以前ヴェルが言っていたな。二人が表情を歪めている理由は十中八九それだろう。

 

「はぁ……わかった。すぐに向かうと魔王様に伝えるのじゃ。」


「かしこまりました。それでは……お待ちしております。」


 そしてシグルドがペコリと再び深く御辞儀をすると、彼は影に溶けるように私達の目の前から消えた。

 彼が消えたのを確認して、ヴェルがカミルに話しかける。


「で?どうするのよ。」


「どうするも何も……連れていく他あるまい?シグルドの奴め、しっかりとと言っておったからな。」


 大きくため息を吐きながらカミルは私の方に視線を向けてくる。


「あちらにミノルが人間であり、妾が匿っておることがバレておるのか……はたまた、ただ単に魔王様の興味を引いただけなのかはわからんが、逆らうわけにもいかんじゃろ。」


「そうね~……逆らったら最後、国を追われるかもしれないし、従う他無いわね。」


 はぁ~……と二人は大きくため息を吐く。


「じゃが、幸いなのはミノルが妾だけでなくヴェル、お主の血も取り込んでおるという事じゃな。」


「えぇ、だからまず人間……ってことはバレないと思うわ。」


 私はカミルとヴェルの二人の生き血を取り込んでいる。カミルの血を取り込んだだけで、人間よりも魔族に近い存在になったのに、更にヴェルの生き血も取り込んだからな。


「ま、なんにしろ二人は魔王の言葉に逆らうわけにはいかないんだろ?」


 私の言葉に表情をしかめながら二人は大きく頷く。


「なら行くしかないな。マームも一緒に行くか?」


「めんどくさそうだから……いい。」


「そっか、じゃあもし私達が魔王のところに行ってる間にお腹減ったら冷蔵庫の中にあるお菓子食べてていいからな。」


 実はカミル達が湯から上がってくるまでの間あまりにも暇だったからな。ありものでちょっとした物を作らせてもらった。


「ホント!?」


「あぁ、帰ってきてからも作ることになりそうだから大丈夫だ。」


 ヴェルの言うとおり、魔王専属の料理人の作る料理が美味しくないものだったとしたら……それで二人が満足するとは思えない。間違いなく帰ってきたら何かしら作ることになるだろうし……な。


「む~……羨ましいな~私もそれ食べたい~!!」


「我が儘言うんじゃない。今から魔王の所に行かなきゃいけないんだろ?そんな時間無いぞ~。帰ってきたら二人にもちゃんと作ってあげるから……なっ?」


「約束よ~?」


 ぷっくりと頬を膨らませながらヴェルは私の瞳を覗き込んでくる。


「あぁ、約束だ。」


 そうヴェルと約束を交わしていると突然後ろからゴツゴツとした手で私は抱えあげられる。


「もちろん妾にも作るのじゃぞ?」


「わかってるさ。だからさっきって言っただろ?」


「なら良いのじゃ~。では気は進まぬが行くぞ~!!」


 私のことを抱えてカミルは大きく羽ばたいた。


「あっ!!ちょっと!!抜け駆けはズルいわよカミルッ!!」


 先に飛び上がったカミルに置いてきぼりにされかけていたヴェルだったが、すぐに龍の姿に戻り一つ羽ばたくとすぐに追い付いてきた。


「相変わらず速いのぉ~。」


「ふん!!私を置いてけぼりにするなんてカミルでも1000年早いわよ!!」


 隣を飛行するヴェルは鼻から大きく息を吐き出しながら威張る。そんなヴェルの姿をやれやれといった様子でカミルは眺めていた。


「そういえば魔王の城って何処にあるんだ?」


「霧の森の最奥にあるのじゃ。」


「霧の森?」


「ほれ、向こうに深い霧が漂っておる場所があるじゃろ?」


 カミルが指し示した先には深い霧に包まれている森があった。その奥を眺めてみると、霧で何も見えなくなっている。


「すごい場所にあるんだな。」


「あの森は並の者は一度入れば二度と出てこれぬ死の森じゃ。この国で最も危険な場所じゃな。」


「へぇ……。」


 それじゃあ魔王の城にたどり着くことができるのは限られた人だけ……ってことか。

 カミルの説明に納得していると、いよいよ霧の中へと突入し目の前が真っ白になって何も見えなくなった。


 にしても凄い霧だな。二人は先が見えてるのか?


 あまりにも濃い霧の中を迷わずに飛んでいる辺り、二人は先が見えているのか……もしくは道筋をもう完璧に覚えているのかのどちらかだろう。

 そして霧の中をしばらく飛んでいるとカミルが言った。


「もうすぐ霧を抜けるぞ~。」


 カミルがそう言った直後に深い霧から私達は抜けることができた。そして霧を抜けたその先には……禍々しい城がそびえ立っていた。

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