第52話


「ふぅ~オイラ、もうお腹いっぱいだゾ。」


 カミルの頭の上で膨れたお腹をポンポンと撫でながら、満足そうにシルフは言った。


「私も……お腹いっぱい。」


 シルフに続いてマームも満足そうに言う。


「む?もうお主らは食えんのか?」


「お楽しみはこれからなのにね~?」


 満足そうにしているシルフとマームの二人を見て、カミルとヴェルの二人は顔を見合わせながらにんまりと笑った。そして視線を私の方に向けてくる。

 その視線を追ってシルフとマームの二人も私に視線を向けてくると、シルフは何がなんだかわからずにいるが、マームは私が手に持っている物を見てハッ……とした表情を浮かべる。


「あっ!!」


「むっふっふ、ようやく思い出したかのマーム?今朝言ったであろう?とな。」


「あぅ……忘れてた。」


「ミノルの料理は美味しいし、仕方ないわよね~。でもまぁ~……二人が食べられない分も私が食べてあげるわっ。」


「む、独り占めは良くないのじゃ!!」


 二人を置き去りにして話を進めるカミルとヴェル。


 私は絶望的な表情を浮かべるマームと、未だに流れが読めないでいるシルフに声をかけた。


「ま、二人もひと切れ位食べてみてくれ。もしかしたら……お腹に空きができてるかもしれないぞ?」


「ん~……じゃあ一つもらっていいカ?」


「あぁ、もちろん良いぞ。」


 私はバターケーキをひと切れフォークで刺してシルフに手渡した。そして更にもうひと切れ、同じくフォークで刺してマームに差し出した。


「ほら、マームも……食べれなかったら残してもいいからさ。」


「ありがと……。」


 少しうつむきながらもマームは私からそれを受けとる。


「ミノル!!妾にもよこすのじゃ!!」


「私も欲しい~!!」


「はいはい、ちょっと待っててな。」


 待ちきれなくなっているカミルとヴェルの二人にもバターケーキを手渡す。


「むっふっふ……この甘味を食べる時間こそ至福の一時ひとときなのじゃ。」


 食後のデザートを目の前にしたカミルは思わず恍惚とした笑みを浮かべている。すっかり虜になってしまっているようだ。


「ではではいただくとしようかの~。」


 カミルは一口でバターケーキを頬張ってしまう。そして何度か味わうように咀嚼して、ゴクリと飲み込むと幸せそうに大きなため息を吐いた。


「むはぁ~……幸せじゃ~。中はふんわりと、そして外は以前食べた甘味と同じサクサクとした食感……たまらんのじゃ~。」


「これもいくらでも食べられるわね~。」


「どれもう一つ……って、むっ!?」


 カミルがおかわりをしようと、新しいバターケーキに手を伸ばした時だった……。カミルが狙っていたケーキが目の前から忽然と消えてしまったのだ。

 突然のことにカミルは目を丸くしていたが、視線を横に向けると……。


「もきゅっ……もきゅっ……。」


 カミルの視線の先には、まるでリスのように頬をパンパンに膨らませながら口いっぱいにバターケーキを頬張るマームの姿があった。


「なっ……ま、マーム!!お主満腹ではなかったのかの!?」


「んっぐ……ぷはっ!!さっきまでお腹いっぱいだったけど……何でか食べれる。」


 頬いっぱいに詰まっていたバターケーキを飲み込んだマームは平然とした表情を浮かべながらカミルの問いかけに答える。


「そんなことがあるわけ……ハッ!?もしや、まさかっ!!」


 カミルは今のマームの姿を見てあることを思い出したようだ。それもそのはず……自分も一回経験していることだからな。


 さっきまで満腹だったマームが、こんなにもバターケーキを頬張れている理由……それはまさしく別腹という生理現象のお陰だ。カミルも一度それを経験しているから、すぐに理解できたのだろう。


「オイラももっと食べれるゾ~!!」


 そしてどうやら別腹が空いたのはマームだけではなかったらしい。


「ちょ、ちょっと予定と違うんだけど!?どういうことなのよカミルッ!!」


「いや、前に妾も経験したんじゃが……どうもいくら満腹であったとしても甘味を目の前にすると不思議と食えるようになるんじゃな。」


「そんなの聞いてないわよ~!!もうこうなったら食べたもの勝ちよ。たくさん食べてやるんだから!!」


 マームとシルフに負けじと、カミルとヴェルの二人は凄まじい勢いでバターケーキを頬張り始めた。

 

 まったく……忙しそうだな。別に楽しそうに食べてるから何も言わないがな。

 誰が一番食べられるのかを競いながら食べている皆を見て一人苦笑いを浮かべるミノルだった。











 そしてあっという間に時は過ぎ、忙しなかったご飯の時間は終わりを迎えた。


「満……足。ホントにもう食べれない。」


「オイラももうお腹いっぱいダ~。」


「なんやかんやあったが妾も満足なのじゃ~。」


「私も満足よ。とっても美味しかったわ。」


 カミル達は皆幸せそうな表情を浮かべて、膨れたお腹を撫でている。


 少し多めにバターケーキを焼いておいて正解だったな。


「さて、それじゃ少し休憩したらシルフのことを送り届けに行くか。」


「うむ、そうじゃな。じゃが、妾達が送れるのはエルフの森の目の前までじゃぞ?」


「わかってるゾ~!!」


「……?森の中には入らないのか?」


 カミルの言葉に疑問を抱いた私は、それを問いかけてみた。


「入らないのではない、入れないのじゃ。特に妾のような力を持った魔族はな。仮に許可証も無しに他国に踏み入ろうものなら、宣戦布告と思われてしまいかねないからのぉ~。」


「なるほど、そういうことか。」


 と、いうことは……エルフの国で調味料とかを買うこともできないということか。残念だが、今回は諦めるしかなさそうだな。改めて後日許可証をちゃんと取ってから訪ねるとしよう。

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