亜節15項「乱戦、連戦、延長戦」
「―—いやあ大収穫だ。豊かな山林と清流に育まれた山菜の数々。恵みを大いに受けた田畑で育てられた野菜類もこの上無い。たっぷりと身の詰まった里芋、人参……それに瑞々しいくだもの……ああ、何という至福。昼食が楽しみだ」
「それは良かったね。けどその全部を持たされてるのは俺なんだよね」
広場へ続く通りをうきうきで歩くシィバに、色々な食材を山と詰め込んだ麻袋を抱えるラディオがついていく。「買い過ぎた。前が見えねぇ」二人はダードフの予想どおり、遅めの昼食のための食材を仕入れに出かけていた。
土地柄のおかげか、この辺りの作物はファスリアの首都で流通するよりもかなり質が高い。川魚や野菜、香草などなど、どれもこれもがとても安いし、あれもこれもとついつい買い込んでしまっていた。
暫く忙しくしていた代わりと言っては何だが、今日くらいは地元の食材をたっぷり使って、贅沢な食事を楽しんでおこうという(特にシィバの)提案だった。調査で頑張ったご褒美である。
「でも君が何か作るとさ、いつも雑炊になるよね」
麻袋にすっかり隠れてるラディオの皮肉っぽ声にシィバは少しむっとした様子だったが、すぐに気を取り直して。
「うむ。込み入った料理はさっぱりだ。なので頼りにしておるぞ」
「その辺はダードフの方が得意かな。無補給の
「ほう、意外だな。あの頓珍漢にそんな才能が」
「虫とかもたぶんイケる」
「それは勘弁願いたいな……」
ちょっとした買い物―—二人きりの――を満喫して上機嫌のシィバのくすくす笑いと、歩みが止まる。
「いてっ」
「…………」
「何だよ、どうした?」
急に立ち止まったシィバにぶつかったラディオが麻袋からひょっこり顔を出し、シィバの目撃した有様を見る。
「なんか面白そうなことになっておる」
シィバが無感情に呟いた。
―――――――――――――――
「くそったれが、ナメるのも良い加減にしろ!!」
本来はとても静かで穏やかな広場。鳩の代わりに飛び交うのは怒号。
『
次々と飛び掛かって来る男たちをダードフは楽しそうに投げ飛ばして地面に叩き伏せているし、アーリは器用に回転しながら蹴りを放っているし、そして誰よりダントツの闘志で大暴れするアクゼルは何人たりとも手を付けられない。乱戦の中をおろおろと狼狽えているヴェルに誰かが(無作為でも)近づこうものなら、反射的に鉄拳が飛んでいた。
片や、一方的にやられているかに見えるチンピラ連中も易々と引き下がるつもりはないようだ。とにかく数の優位で押し切ろうと、倒れても倒れても襲いかかっていく。十人掛かりで『学生』に負けては沽券に関わるし、それに――彼らには引くに引けない事情もあった。
ただそれでも、双方共に誰も得物を抜く様子はない。
剣を抜いてしまえば、それは最早決闘、殺し合いになってしまう。
その一線は、誰もが自制するところだった。今のところは。
「女が男に勝てると思ってんのか!」
拳闘には自信アリ。それらしく構えた男が、文字通り仲間を『蹴散らしていた』アーリに向かって勇ましく吼え。次の瞬間、その股間を、身を低くして滑り寄ったアーリが全力で蹴り上げた。
「~~……!!」粗末な革防具ではどうにもならなかった。
「こちとら毎日の様にきっつい戦技調練を受けてんの!遊びでやってる訳じゃないんだからっ!」
アーリが吼え返す。公務執行代理連遊機関という大層な名は伊達じゃない。活動上で予想される様々な障害に備えて、かなり厳正な技能判定に基づいて厳しく鍛えられており、その辺の冒険者気取りよりも実力が上なのは確かだが、だからと言って急所への攻撃は誰も教えてない。
「うわあ……」
その場の男性全員が顔をしかめる。殆どの男が同情しちゃうやつだ。
「うわ……」
それまで野獣の如く猛り狂っていたアクゼルも、それでちょっと冷静になる。
「……判ったか?実力差は明白だ。これ以上続けても……」
その場に崩れ落ちて震える男に、少なからずの情けを込めて呟いた。
―――――――――
ラディオとシィバ、並んで座って観戦中。
「ほら、いちご」
「うむ有り難う」
二人して苺(おっきくて甘い。街外れの農家のおじさんに貰った)をかじりつつ、クーリド・ビーの仲間たちの雄姿を見届けている。
シィバは器用に呪帯をずらして、嬉しそうに口にしている。
ラディオはその横顔に垣間見える薄い唇を確かに観た―――が。
「うわあ……」
丁度アーリがアレしたところだったので、気が逸れた。
「そんなに痛いものなのか、アレは」
「痛いっていうか……まあ……うん」
決まり手としては少々みっともない。
しかし、これで決着は着いた――ように見えたが、まだ終わりではなかった。
「……?なんかまた面白そうな奴らが増えたな」
―――――――――――――
「あ……兄貴……!」
「兄貴!」「兄貴ぃ!」「あに……き……(がくり)」
それぞれ打ちのめされてた男たちが(一名を除き)”兄貴分”の登場に息を吹き返した。アーリに金的を喰らった男は死んだかもしれない。
ぶっ倒れながらも目を輝かせる”手下たち”の視線を浴びながら自信たっぷりに歩いてきたのは、ずんぐりむっくりした小男と、背が異様に高い細身の男。
全く似ても似つかないこの『兄弟』はどちらも同じ形の豊かな口髭をたくわえており、明らかに手下よりも高級そうな、白鉄で縁取られた灰革で造られた防具を身に着けていた。
「おいおいおい、何をこんなガキに遊ばれてるんだ、ナサケねぇ。なあ兄弟?」
「ああ兄弟。貴様ら、ジターニ商会の看板に泥を塗る気か?」
「まーたバカが増えた……」アーリがげんなりした。
「おうおうおう、俺たちをダレだと思ってやがる!」
「知らねえよバカ」ダードフが呟く。
「泣く子も”笑う”ジターニ商会のエース、マートン
「いやそれだと意味が変わるぞ兄弟」細身の男が訂正した。
――――――
「それはそれで合ってんじゃねえの?」
遠くでラディオが笑ってる。
―――――――
ジターニ商会はファスリア南部の港湾都市、黒都を拠点に広範な商業活動を行う総合商取引組合―—というのは表向きの話で、賭博、売春、麻薬、密貿易―—その他、ファスリアが制定するほぼ全ての違法活動を取り仕切る非合法結社である。
その構成員の規模はファスリア内でも群を抜いて大きく、人々の暮らしにあまりにも浸透しているが故に法皇庁もおいそれと手を出せず、実質的に黙認する状態が続いている。
その下っ端が何故こんな場所に現れたのかは、想像に難くない。当然、龍素材での一儲けを企んでいるのだろうが、クーリド・ビーにとって重要なのはその情報と出所と経緯だ。
「こいつらはあんたらの手下か。……はッ、ジターニ商会ねぇ。こんなレベルの連中を抱えてイキがってるなんて程度が知れるよ。丁度良い、身体も温まってきたとこだし、第二ラウンドといこうか――」
と言いつつもだいぶ息が上がっているダードフが、それでもなお煽る。
ついさっき投げ飛ばして倒れていた男の顔面へついでに蹴りを入れてから、袖で汗を拭い、新しく現れた二人の男の方へ近づこうと――。
―—二人の男はそれぞれ片腕を上げ、その手に大きな術式を開き――次の瞬間、人の頭部大の炎球を発現した。
「っ……!」
「ジターニ商会に歯向かう奴にはヤキを入れてやらなきゃな。なあ?オットー」
「勿論だ、アニー」
―—こいつら、イカレてやがる。
ダードフが警戒したのは、その簡易的な攻性法術よりも、それを生身の人間に向けて軽々しく使おうとするその非常識さ、躊躇いの無さ……言わば狂気に近い、ネジの緩さだ。相手に向かって術式を開くのは即ち、剣を突き付けるに等しい。まともな法術使いなら絶対にやらない。
―—なるほど、そのキレっぷりで手下たちに一目置かれてる訳だ。そこに痺れる憧れるってか?あ、しまった余計なことを考えた。奴等もう炎弾を放とうとしてる。術盾が間に合わない。死にはしねえだろうがそれなりにヤバいなこれ。火傷だけで済めばいいけど――
「「―—喰らえッ!」」
マートン兄弟が鏡合わせの様に振りかぶり、油断していたダードフ目掛けて放り投げる――。
「―—!!」
だが、放たれた炎弾はダードフの前に突如として出現した術盾によって弾かれ、激しく散る火花と術式光と共に霧散した。縦横に走る術式が幾重にも重なり、織物のような幾何学模様を描く最高位の術式防壁は強力且つ広範囲。マートン兄弟のちんけな炎弾など比べ物にならない程に、麗しく美しい。
「もう、良い加減に、してよ……!」
発現したのは、静かにわなわなと震えるヴェルダノート=ウリエスだった。
ファスリアでも有数の織工の家に生まれ育った彼女だけが扱う術式の織物は、従来の術式防御の数段上を行く強度を誇り――。
――――――――――――
「―—あ、アレは不味い。怒っておる……本気で」
「見物してる場合じゃなかった。行こう」
のほほんと見ていたシィバとラディオが、少し慌てて立ち上がった。
―――――――――――――
強力な結界防壁は、言わば強固な半実体であり、物理的な干渉力も高いということ。それを守りに使うだけではなく、直接『叩きつけられた』相手は……骨折で済めば御の字。
前回の事案では、直撃を受けた相手が壁に押し込まれて、壁に人型の穴が開いた。
当然、その影響は敵味方を問わない。最大出力なら味方や周辺の家屋にまで被害が及ぶ恐れもあり、結局それが一番迷惑である。なので止めなきゃ。
ただの喧嘩だったものは、それぞれが持ち得る法術を交えた交戦様式、
――――――――――――――――――
耳鳴りを残す金属の衝突音。
水面を弾くような破裂音。
法術を伴う戦技戦術を解禁した一同の戦いは、あちらこちらで閃く光跡の交差を産み、それはまるで星空か蛍の群れか、吹き荒れる光粒の舞劇のようで。
一連の騒動に巻き込まれちゃかなわんと避難していた住人たちは広場のあちこちに隠れつつ(或いは家の窓からこっそりと顔を覗かせ)この平和な街では滅多にお目に掛かれない戦劇を、幾分興味深く眺めていた。
「わあ、すごーい!」
「こら、危ないから早く離れないと!」
この場から避難する途中だろうか。母親の必死の制止も虚しく、手を引かれる幼い女児が瞬く光に歓声を上げて歩みを止めた。
すると、とある男が金髪の女性を狙って放ったのであろう火球が目標を逸れ、母子のもとへ迫った。
「カナっ!」「……!」
母親は咄嗟に娘を庇い、同じ表情でぎゅっと目を瞑る。
「……ッ!」
鋭く身を翻したアーリが、短剣に灯した術刃で、見事に火球を断ち切った。
破壊された術式の炎は散り散りに、粒子となって消えていく。
「あ、ありがとうございます……っ」
「いいえ気にしないで。でも危険ですから離れてくださいね!」
無事を確認した母親の謝辞に、アーリは快活に笑ってみせて、
「カナちゃん?お母さんの言うことは聞かないとだめよ?」
そしてきょとんと見上げている女児の頭を、くしゃっと一撫でし、くすりと笑ってみせてから「……んの野郎、当てるならきちんと当ててこいっつうの……!」と唸り、犯人を叩きのめしに、ぱしん!と音を立てて跳ね駆けて行った。
「ほら、カナ。行きましょう。あの人の言う通りよ。どんどん危なくなってきてるから」
「おねーさん、かっこいい……!」
「カナ!」
――――――――――
足首周りに宿した法術式の力を援用して、踏み込み、跳ねて、滑るように接地し、その勢いと反動でまた跳ねる。
アラウスベリアの戦士にとっての必須技能、基礎中の基礎、跳躍術符を用いた短距離の高速機動で、ジターニ商会の面々もクーリド・ビーに応戦していた。
しかし、そもそもの実力差の上、法術自体の練度の差は歴然。それまでも圧倒されていたジターニ商会の下っ端は、結局のところ更に劣勢になっただけである。
こうなるともう破れかぶれ、プライドや節度なんぞかなぐり捨て、抜き放った軽鋼の剣、剥き出しの全力を以てどうにか対抗しようとするも、多少良い所を見せただけで、結局彼らは次々とノックアウトされていった。
「何だお前は、女か……?」
「たぶんな。儂も常々疑っておるよ」
ジターニ一味の一人の男が、ふと眼前に現れたシィバの出で立ちを見て訝しむ。見慣れない法衣を纏い包帯で素顔を隠した年寄り口調の小柄な人物……の胡乱な風貌、物言い、そして何よりその態度が気に食わなかった。
「……何だっていい。『ハチ』の仲間なら一緒にぶった斬る」
男が血交じりの唾を吐いた。既に誰かに殴られ済だ。
「それはよせ。本気で来るというなら儂も相応の反撃をしなければならなくなる。その……少々、痛い思いをさせることにな……るから!」
口上の途中で跳ね迫ってきた男の鋭い突きを躱し、シィバは指先に小さな霊葉を灯す。「……警告はした。致し方あるまい……!」
任意の空間座標における局所的な電位歪曲を発現する術は、対象に向けて小規模な雷相を発生させる―—要は「雷術」だ。最小限の威力でも人間を失神させるに容易い。
シィバは男を撃つように指を突き出す――悪く思うな!
「……ッ!」
男も術の発動を察知したようだ。その顔が青ざめ、身体が強張り――
――そして、直上から落ちた雷は、男からだいぶ離れた地面に着雷した。
「あっ」
「え?」
「こ、これは警告だ。ほら、当たるととっても痛そうだろう?なので大人しく白旗を上げ――」
「てめえノーコンか。ビビらせやがって!」
先程までの超然とした雰囲気とは打って変わり、しどろもどろで誤魔化すシィバへ男が激昂する。
男は剣を構え直し、『見かけ倒し』と思われるシィバに向かってまた斬りかかろうとする。しかしその背後に、他の男を倒してきたらしきラディオが音もなく忍び寄り、男の首へ腕を巻きつけてねじるように投げ倒した。
「うっ、あっ……!?ぐえぇっ……!」
首投げで倒されて地面に仰向けになった男の喉に、ラディオの膝が乗った。
「…………」男を制圧したラディオは無言のまま、シィバの顔をじっと見つめる。
真顔で。
「…………何か言え!」
毎度のことに呆れているのか、それとも無事で良かったと安堵したのか。
概ね、その両方だ。
――――――――――――――――
「くそ、くそ!お前らはなぜ、どうしてそんなに……!俺たちと何が違うって言うんだ。環境に恵まれただけのガキの癖に、こんなっ……!」
「知るかよッ!てめえらはただ誰にも、何にも責任を持たずに済む楽な道を選んだだけだろうが!」
数人を叩き伏せたアクゼルが向かって来る。その深紅の髪が逆巻く鬼気迫る姿に、標的になった一番若い男が恐れ慄きながら、絶叫をあげた。
アクゼルが振るう剣は、その意思を映し出したような赤色の法術式を宿している。幻剣術を無機物に封じる、ハイブリッド型の半術剣と言えるものだ。その赤熱の一閃は、ジターニ一味の若い男が振り上げた実剣を、まるで紙一枚を断つかのように容易く寸断する。
「……っ!」
「オラもう一丁!」
断たれた剣を放り捨てた男は後退り、その隙を捉えたダードフの雷掌を頭部へまともに受けて昏倒する。幻術剣の特性を応用して手元で衝撃を発生させるものだった。
「……横取りすんじゃねえよ」
溜息をついて宿剣を閉じ、背腰の鞘に納めたアクゼルに、ダードフはとぼけた仕草をしてみせて、辺りを見回した。
「これで雑魚は片付いたな。あとはあの兄弟だけか――」
――それも、すぐに済むだろう。
―――――――――――――――――
「―—行くわよおヴェル!」
「ええ……!」
「このっ……腐れxxxどもが!」
最低の悪態をついたマートン兄弟は、真正面から跳ね迫ってくるアーリに向けて次々と炎弾を放つも、後方のヴェルが構築する術盾に全てを弾かれる。
その精度も速度も、半端な術士に過ぎないマートン兄弟の虚仮脅しの火炎術の全てを上回っていた。
まるで幾何学の花が開くように巡り回る独特の術盾は、突進するアーリ自身の動きを阻むことはない。白兵戦を主とする彼女をヴェルが支援するのがこのふたりの最も得意とするところだった。
「くそっ、この、このっ……駄目だ兄弟!これは駄目だ!」
「ああ兄弟、当たってはいる。当たってはいるが、駄目っ……!」
不敵に笑いながら跳ね迫ってくるアーリの(でも目がバキバキの)表情に怖気だったアニー・オットー兄弟は更に炎弾を乱射するが、集中力を欠いて威力の下がった炎術では余計に術壁を破る可能性を低めていくだけ。
「ならば!」「素手でやるのみッ!」
唯一の得意技を自ら捨てて二人して手を伸ばすも、眼前まで迫ったアーリは大きく跳び上がり、素早く空中で身を捻ると、まずは兄の顔面を丈夫なブーツで思いっ切り踏み潰して。その反動を利用して弟の直上へ。そして遠心力と重力と勢いを利用した踵落としを脳天へ叩き下ろした。
アーリがくるりと一回転。着地を決めた背後で、二人の身体が同時にぐらりと揺れ、ぶっ倒れた。
勝負あり。
「ふー。やっと暴れられた」
アーリは満足げに、たった今倒した相手を見下ろして、悪びれずに笑ってやる。
「やーごめんね、なんか憂さ晴らしっぽくなっちゃった」
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