亜節14項「Sudden turn.」

 ――これは一連の経緯を記録する為に、口述の形で概要をお伝えするものです。


 回遊龍の飛来は、ファスリア内部の幾つもの勢力が動き出す契機となりました。ある者たちは名誉を、ある者たちは利益を、そしてある者たちは更なる深謀への鍵を求め、それぞれ独自にレーテマルドへ集い始めています。


 なんという茶番でしょう。


 実のところ、噂の出所は法皇庁そのものでした。龍の飛来をあくまでも噂、或いは絵空事、もしかすると夢物語に過ぎないと偽装することで、人々の目を欺かんとするはかりごとは、予期せぬ形で成功―—そう、成功しすぎたのです。


 しかし、そんな虚偽と欺瞞、攪乱の嵐を駆け抜け、辿り着かんとする者たちが居ます。そしてその後を追う者たちも。


 警戒すべき相手はあまりにも多い。中でも第二皇子の近衛このえ特務隊は特に危険です。彼等はどんな手段をも用いて目的を達成しようとするでしょう。恐らく衝突は避けられない。犠牲も出るかもしれません。


 しかし私たちにとっては好機。誰が私たちの敵なのか、何が私たちの敵なのか、見定める時が来ました。お願いします。日向の中へ引き摺り出してください。


 私達の、敵を。

 アラウスベリアの無辜の民に仇為す者を。



――――――――――――――――



「―—学院から漏れた情報の裏が取れた。例のガキどもが飛来地を特定したらしい。以下は作戦下達。最優先目標は龍族個体の生け捕り、最低でも生体素材の奪取。各員はクラス3龍葬戦器の用意を。すぐに出発する」


「確実なのか、エルクリムト?」

「ああ、確度は九十一。まず間違いないさ」

「それならいいいが……皇冠騎士団クラウンナイトの動向は?」

「自らバラまいた偽報で踊っているよ。相変わらず有象無象の役立たず、烏合の衆。戦いを忘れて手懐けられた犬ども。全く笑わせてくれる。本格的に展開してくる前に片付けられるだろう」

「レーテマルドか。遠いな……それに『蜂』どもの始末はどうする」

「勿論、障害になるようなら排除だ。いつも通り。ただ、気を付けなければならないのは他の『紫陽花ハイドランジア』の動向だな」



―――――――――――――――――



「―—クライン=クラウス……何しに来やがった」

「ああ、取るに足らない用事さ。ボスに会わせてくれ」


「流儀を忘れたのか?要件は俺たちが聴く。ボスは誰にも会わない」


「……では担当直入に尋ねる。お前たち……いや、ジターニ商会は今回の件に関与しているのか?」

「何が尋ねる、だ。最初から判っていやがる癖に。それはつまり『今回の件に手を出すな』という忠告だろうが。勿体つけるな」

「話が早いな」

「悪いが、それは企業秘密だ。ただ……良いだろう、一つ世間話でもしようか。戦前よりも遥かに希少価値が高まった龍族素材。鱗一枚でも十ダルグは下らない。俺たちがやめろと言ったところで手下どもは聞かないだろう。噂を聞き付けたチンピラどもがカネ欲しさに暴走する……よくあることだ」


「よくあること。そうだな。よく判ったよ」



――――――――――――


「やあ、いつも悪いね!」

「そう思うなら酒の一つくらい奢ってほしいものだ」

「それなら酒なんかよりずっといいものをあげようじゃないか。お薦めはオレンジのタルト……」

「レドスタン、さっさと済まそう。これでいいのか?」

「……もちろん。ミドリュテー、君のところの子たちは優秀だ。いやあファスリアの未来は明るい。早く一緒に仕事をしてみたいね」

「言っても無駄だろうが、彼等にあまり無茶な仕事を振ってくれるな。未だに犠牲者が……死者が出ていないのが不思議だよ」

「ふふ、若いうちの苦労は将来きっと役に立つ」


「……もういい。それよりも法皇庁は何をしているんだ。混乱を助長しているようにしか見えないぞ」

「それぞれさ。僕たちも一枚岩じゃない。大勢集まればそれだけ多くの思惑が生まれる。方法も、目的もね。神経衰弱みたいなものだよ。それぞれのカードの絵柄は、捲るまで判らないんだ」

「無責任な……まったく、お前みたいな奴の下で働かないといけないジャフレアムの苦労が伺い知れる」

「事実の分散はリスクマネージメントの鉄則。全てを知る神の如き者を決して作らない、それが僕たちのやり方だもの。忘れたのかい?」



―――――――――



「―—本国へ緊急伝信。本日早朝、アラウスベリア西端セラナダ自治区境界にて哨戒中の跳兎騎士師団分遣隊が飛翔中の龍影を多数視認。繰り返す、本国へ緊急伝信―—」


 様々な意思を以て暗躍する勢力が跋扈する中、事実はそれら全てを嘲笑うかのように、あまりにあっけなく、あっさりと姿を現した。

   

 実際に移動中の龍の一群が直接観測されたのだ。


 

 皇冠騎士団隷下、斥候と情報伝達を主任務とする跳兎ちょうと騎士師団の追跡を易々と振り切った龍族の群れは、カレッドレイト山脈に沿って東進する経路を辿っていると推定された。


 但し、その報は錯綜する虚報のうねりに呑み込まれ、概ね「単なる誤認、見間違い、既に嫌気が差す程に広まっている噂の一つ」として無視され、埋もれ、もしかすると秘密裏に処理される。


 その真実を察知した者は限りなく少ない――否、この状況を鑑みればこれでも多すぎたと言って良い。


 それは、取るに足らない虫たちが眩い光に誘われるように、鮮やかな色に惑うように、花の香りを嗅ぎ分けるように。


 如何に多くの曖昧な言葉とくだらない出来事で溢れていても、それが絶対的なものであるならば、それを見出す者たちは必ず現れ、集う。




 




―――――――――――――――――――――――――


 ―—さん。

 ―—フさん。

 

 ―—ドフさん!


「―—ダードフさん!!」

「んあ?おお、ヴェル……とアーリ?何しに来たんだこんなトコまで……つか何で居んの……?」


 レーテマルドの宿の広場に散在する石垣に寝そべり、だらしねえ姿でうららかな春の午後の陽射しを謳歌して(眠りこけて)いたダードフは、どういう訳だか連れ立って現れたふたりの姿にもあまり驚かなかった。


「あんたたちと連絡が取れなかったからよ。本部に問い合わせてもなしのつぶてだったし!」

「大声で喚くな、こっちは疲れてんだよ……」

「私たちだって」

「龍が実際に目撃されたんだろ?さっき聞いたよ。どうせまたどっかのバカの、はや、はや……はやとちりだって」


 アーリは周囲を見回し、他の仲間の姿を探す。最低限の荷物でファスリアを飛び出した彼女らは、なかなかの強行軍を経てレーテマルドに至り、幸運にもすぐにダードフを見つけ出した……のは良いが、のどかな雰囲気の広場で堂々と大イビキをしていたコイツは見つかって当然だったし、最初に見つけたのがコイツだったのは、幸い中の不幸である。


「アンタじゃ話にならないわ。他の皆は?」

「知らねえよ。多分寝てんじゃないか。ふあぁ……昨日まで、周辺の調査で散々歩き回って……それも全部無駄だったけどな。ちくしょう……むにゃむにゃ」

「ええいこいつは……!」


 欠伸交じりに答え、また寝入ろうとするダードフに気合ビンタを入れて叩き起こそうと構えるアーリ。いちおうヴェルを振り返ったら、彼女も真剣な表情で頷いた。許可が出たのゴーサインだ。


 しかし。

「……どうしたの?」

「ううん、アレ……」


 ヴェルを振り返ったアーリは、その背後の広場に屯して騒いでいる一団に目を留め、訝しんでいた。

 明らかにこの村ではない者たち――各種の武具で身を固め、聞き慣れたファスリア訛りで会話し、盛り上がっている男たちだ。


「誰なの、あの連中」

「さあなァ。昨日辺りから、いつの間にか集まって来やがった」


 ダードフが眠い目を擦りながら応える。


「あいつら、どうやら何処からか龍の噂を聞き付けたらしい。”ドラゴンハンター”とか何とか自称する連中だよ」

「それって……」

「まあどうせ学院から漏れたんだろうさ。情報管理はいつだってガバガバ。ほっとけよ。俺は龍そのものより、むしろああいうバカが逃げ惑ってバクバク食われるとこを見てみたい」


「そーゆー訳にもいかないでしょーが!」

 アーリが憤慨する。

「それに、この話はそういうレベルの話じゃなくなったんだから……ねえ、お願いだから他の皆を呼んできてよ」


「ええ、大切なお話なの。もしかしたら――いいえ、きっと一刻を争うことになるわ」


 アーリはともかく、いつになく緊迫した雰囲気のヴェルの表情は真剣に受け止めたようで、ダードフは「判った」とだけ応えると、すぐ傍の古い建物へ、速足で入っていく。

 (……コレ、宿だったんだ……)そのボロさ故に、宿泊先だとは思わなかったヴェルとアーリがちょっと面食らう。



「―—どうやら皆出払ってるみたいだ。多分メシの調達にでも行ってるんじゃねえかな、まあすぐに戻って来るさ」

 すぐに戻ってきたダードフは頭をぼりぼりと掻く。


 そしてヴェルとアーリが先程から『広場で屯している連中』をじっと見つめていることに気付いた。

 その如何にも『冒険者でござい』と言った風体の、二十台後半と思しき七名の男たちは、遠巻きに行き交う住民たちの不安げな視線を意に介すこともなく、白昼堂々酒をかっくらって騒いで―—ついでに雑多なゴミも捨て散らかしている。

 粗末な皮製の軽防具の中で、唯一ご自慢の剣をこれ見よがしに佩く様は、傍若無人、不遜。冒険者という立場を誇らかして、世界が自分たち中心に回っていると思い込みたい輩だ。


 怯えた住民たちは皆、特に子供を守るように避けている。


「……あいつらに話を聞いておくべきだよね」アーリ。

「そうね、何か知っているかも」ヴェル。


「お、おい……?」

 決然と頷き合ったヴェルとアーリが『連中』の方へつかつかと歩み出す。

 ダードフには止めようもなかった。


―――――――――――――


「こんにちは。ちょっと良いですか?えーと、私たちは……ねえちょっと聞いて……聞けッつってんでしょ!」

「あァ?」

 一際大きい、下卑た笑いを上げた一団は、唐突に声を掛けてきた金髪の女の鋭い怒声でようやく振り返り、更にまた小さく、しかしずっと下品に忍び笑う。


「逆ナンか?へへへ、こんなド田舎に、あんたたちみたいな上玉が居るとは思わなかったなァ」


 それぞれ男勝りのスマートな戦衣装と、気品に満ちる法衣ドレスを纏う二人を見比べて、男たちはにやにやと笑っていた。


 その俗悪な、見定めるような、舐め回すような視線にも臆さず、アーリはすう、と深く息を吸うと、左手の掌から浮かべた、仄かに光る術式模様の印を男達へ見せて。

「我々は公務執行代理連遊機関、クーリド・ビーの者です。皆さんが何をしに来たのか知りませんが、近々この近辺に龍が飛来する恐れがあります。無許可の狩りはいくつかの法に抵触する可能性もあるので、あなたたちの正式な所属証印しょういんと、正名の提示を要求します」

 

 一息に言いきる。


「……なんだ。『ハチ』の連中かよ?」

 男の薄ら笑いが消え、座り込んでいた者たちも各々に立ち上がった。

「こんな僻地までお出ましか。お前らのせいで俺たちは仕事を失って……ちっ、ひっこんでろ。ガキに指図される謂れはねえ」


「こんな僻地までお出まして、バカを曝してる奴に指図するのも私たちの仕事なの」

 アーリがふんすと鼻息を鳴らした。


 この男たちが龍狩を狙う一味であるという疑いもさることながら、その振る舞いに腹が立ったという理由もあり、そういったやらかしを是正するのも活動の一部である。まあ結局は単に、この様な思慮の浅い連中が市井の人々に迷惑をかけているのを見過ごせない性格たちであるだけなのだが。


「生意気なお嬢ちゃんだな。女ふたりで俺たちに絡んでくるとは良い度胸……」

 男は仲間たちを振り返り笑い、そしてアーリの傍らに立つヴェルに向いて、また更に厭らしい笑いを浮かべた。

「もとい、良い胸してるじゃねえか」


「貴方がたも良い度胸していますわ。勿論、大勢で群れることで気が大きくなっているだけなのでしょうけど」

 男の醜い嘲笑に、ヴェルが威厳たっぷりの冷たい侮蔑を返す。むしろアーリよりもずっと怒っていたのは彼女の方である。本気で怒るとバキバキのお嬢様口調になるのだ。


 そして、その背後から、何時の間にやら寄ってきていたダードフが口を挟んだ。

「俺達は事後的な警察権限を行使できる。素直に従わねえと公務妨害で拘束すんぞ」

 厄介毎は億劫だが、ヴェルとアーリの勇み足を放っておく訳にもいかないし、とは言え実はちょっぴり面白がってもいる。


「ダ、ダードフさん、待って。私たちは別にそこまで……」


「おお、やってみろよ?世間知らずのガキ共が。何が公務なんとかだ。ご大層な名で偉ぶる、権力の皮かぶりめ。虫唾が走るぜ……!」


 ダードフが参戦すると絶対にまずいことになる、と察したヴェルが少し冷静になり、軌道修正を図る。狼藉を諫めるために声を掛けたのに、暴力に頼ってしまうのは本末転倒だ。


 とは言え自分も頭に血が上っていた。初手を間違ったことををちょっぴり反省しつつ。

「と、ともかくお互いに落ち着きましょう。ダードフさん、アーリ……貴方も。ね?まずはきちんと話し合って――」


「―—ッるせえ!!どけ、アマ!」

「……っ!」

 ダードフの挑発で激昂した男が、間に入ったヴェルの肩を強く突き、よろめいたヴェルが倒れた。


「……なにしてんだ おまえ」

 アーリの緑眼が見開き、声が、すっと冷たく、低くなる。


「アーリ!」

 そして腰に下げた一対の短剣に延びた腕が――ヴェルの制止でぴたりと止まった。


「私は大丈夫。それは駄目」

「ぐぎぎ……」


 確かに先に手を出してしまっては身も蓋もない。だけど親友に手を出されて黙っていられるものか。しかしその親友が止めろと言ってるわけで――。


 歯噛みしたアーリが唸り、一同の間の緊張感が高まっていく。

 この場の誰もが、誰かの、次の言動を待ち構える――


 ――しかし。


 どだだだだだ!


 どこからからすっ飛んできたアクゼルが、全力疾走そのままの勢いでヴェルを突き倒した男の顔面に渾身の拳を叩き込んだ。

「何してくれやがんだこの雑魚があ!!」


 殴られた男が綺麗な弧を描いて宙を舞う。

「あああもう!アクゼルくぅん!」

 ヴェルが悲痛な声で叫んだ。台無しだ!


 男は地響きを立てて倒れた。

「てめえっ……!」

 ふーふーと獣染みた呼吸をするアクゼルの背後から襲い掛かろうとした別の男へ、今度はダードフのパンチが決まった。

「よくやった!それでこそ男だアクゼル!!」


「てめぇらッ……!」

「やりやがったな!ああ判った、やってやろうじゃねえか!!」

 

「おう、かかってきやがれ全員叩きのめしてやる!こちとらクソつまんねえ調査に散々付き合わされて退屈……いや、ヴェルに手を出す奴は例え誰でも絶対に許さねえ!」

 

 口々に奮い立った男たちに向き直ったアクゼルは、もしかしたら男たちよりもしょうもない理由で啖呵を切りそうになり、ちゃんと訂正した。


 こうなるともう展開は一つしかない。

 

 乱闘である。

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