第八節21項「Northern Strike」

『――アダーカ隊!こちらノースマウント!現在ロロ・ファナトから攻撃を受けている!至急、救援を要請!繰り返す。ロロ・ファナトの群れが――』


 人獣型のアロロ・リガーレ『セノン』を追跡中だった楊空艇アダーカ隊に、拠点としている北部山岳基地から突然の緊急救難通報エマージェンシー



 それは折しも本部から発せられた撤退命令とほぼ同時で、地上で展開している龍礁衛護隊グラウンドフォースの後退を支援しようとした矢先だった。



 決断を迫られた末に、アダーカ隊は手薄になっていた本拠への転進を決定。全速で急行するも、基地は既に蹂躙の渦中にあり。


 岩山の中腹の斜面に建つ古城を改修した基地に、数十を数えるロロ・ファナトが飢えた獣の様に群がっている。守備を担っていた山岳警備隊マウントガードは壊滅し、上空を旋回する楊空艇アダーカからでも、数多くの亡骸が倒れているさまが見て取れる。



「……なんで、こんなことに」

 呆然とする操舵士、ネフトの声が掠れた。

「ちくしょう、あいつら、あいつら……!!」


 リガーレ・セノンの追跡で本来の哨戒範囲の外に在ったアダーカ隊は、その裏をかく様に拠点そのものを狙ってきたロロ・ファナトの襲撃を未然に防ぐことは出来なかったのである。


「…………!」

 降下して接近するにつれ鮮明になる眼下の惨状に、アダーカ隊の面々は絶句していた。同僚、友人、知人、家族。多くの仲間が暮らす基地の各所からは煙が上がり、霊基構造を持つ古城は至る所を『食い破られ』、見る間の内にも無残な姿へと変わり果てていく。



 しかし。

『アダーカ……?まだ……て………』

 切れ切れの雑音に混じる、北部基地からの伝信。


「!!」

「生き残りが要るのかい!?……おい!返事しな!」

『中央講堂……非戦闘員……助け……』

 応じようとした船長、リタエラの叫びは届かず。誰かの声はそれだけを伝えて、途絶えた。



 アダーカ隊の面々の決断は素早く、各々が即座に動き始める。


「……降下だ。生存者を救出する」

「あの真っ只中にですか?良いね、最高ですよ」


 既に戦闘の用意を整えつつあったゼェフが決然と言うと、同じくありったけの術符を鞄に押し込めていたカルツが応え。


「アルハ、君は――」「いいえ、ぼくも行きます」

 古城の姿に悲痛な表情を浮かべていたアルハも声を震わせる。

 

「……ネフト、ナココ。制圧砲火を頼んだよ。但し私たちを撃たないようにね」

「了解。任せてください」ネフトが鼻息を荒くし。

「はい!」ナココは、はっきりと応えた。

 

 

 楊空艇アダーカは邪龍の尖兵が群がる基地の直上へと強行突入し、そして砲火の雨と共に。三人の龍礁監視隊員レンジャーが、敵対者の接近に呼応して咆哮を上げる邪龍たちの輪の中心へと、舞い降りた。



 ――――――――――――――


 


『ロロロアロロロロッ!』

「――お前達はどこまでもぼくたちの敵でしかないのか……!」


 岩山の僅かな平地に水路を引き、植物が育つように整備された庭園の樹々の間へと降り立ったアルハに、直近の木陰から一体のロロ・ファナトが飛び掛かって来た。

 全身は白く濁っているが身体の縁には従来の黒色を僅かに残す、また新たな肉体を獲得した変種だ。時間を経るごとに驚異的な早さで進化を遂げる龍に、アルハは嫌悪に満ちた呟きと共に幻剣を開き、身構える。


 だが、それよりも早く。

「だから、最初に女を狙うんじゃねえっつってんだろうがッ!!」

 嚇怒かくどを込めたカルツの幻剣が、迫るロロ・ファナトの首を両断した。


「せ、先輩……」

「お前は病み上がりだろ、援護に集中しとけ!」

 ロロ・ファナトよりもそのキレっぷりに怯んだアルハに、カルツが吼え返す。


「包囲を抜けるぞ。いちいち相手にしていられるか!」

 降下した龍礁監視隊員レンジャーの存在に反応したロロ・ファナトたちが続々と飛来してくる様子に目を走らせたゼェフが叫び、跳ね駆け出した。



 樹々の間を駆け抜け、そして古城を守る城壁、倉庫が立ち並ぶ主通路、基地本館へと続く大階段へと猛然と突き進み。その上空をゆっくりと前進するアダーカからの支援砲火が、至る所であらゆるものを貪るロロ・ファナトの群れへ落ち、猛然とひた走る三人を援護する。



「もう、中にも……!」

「怯むな!真っ直ぐ中高講堂に向かう。行くぞ!」


 古城内部にもロロ・ファナトは入り込んでいた。

 玄関広間へと突入した三人は大挙して押し寄せてくる『侵入者』に前進を阻まれつつも、それを迎え討ちながら、生存者が居るという奥の中央講堂へと進む。


「なんちゅう数だよ!まともに相手してたらキリがねえ……副隊長!」

「……許可する!」

 ゼェフはカルツの無言の要求を即座に認める。

 

 本来、光爆閃術符は複雑な法術機構に影響を及ぼす可能性があり、最悪の場合、連鎖反応を引き起こして崩壊する恐れすらある。よって屋内の使用は硬く禁じられていたが、最早そんな決まり事を律儀に守っている場合ではない。


 カルツは少し躊躇ったあと、慣れ親しんだ棲み処へと次々と爆符を放り仕掛け、そして迫ってくるロロ・ファナトの群れごと、起爆した。



 ―――――――――――――――



 背にした爆風と共に中央講堂前の広場に舞い込むと、生存者たちが応急的に作り上げたバリケードを挟んで、押し入ろうとするロロ・ファナトをなんとか食い止めようとしているところだった。


 破壊された木扉の代わりに、机や家具などで設えた即席の防壁の向こうで、不慣れな術弩で応戦している生存者たちが、突入してきた龍礁監視隊員レンジャーたちの姿に驚き、どよめく。


「アダーカ隊!?」

「皆、無事か?救出に来た!」


 ゼェフ、カルツ、アルハはそれぞれ、その場に居た数体のロロ・ファナトを撫で斬り、安堵の表情を浮かべてへたり込んだ生存者の元に駆け寄る。バリケードを死守していたのは一般職員の、二人の男性と一人の女性だった。


「た、助かった……」

「まだ安心してはいけない。外にも連中がうようよ居る。生き残りの数は?」

「二十名よ。女子供が主で、怪我人も居る」

「……アダーカが外で待っている。桟橋に着けて全員を収容し、脱出する。ある程度仕留めてある今なら、比較的安全のはずだ」


 行動の奥で怯えきり、身を寄せ合っていた『生き残り』たちを視止めたゼェフが躊躇しながらも呟いた。危険な賭けだがここから先はあらゆることを即決する必要がある。


「聞いたわね?皆、すぐに行くわよ!を皆でどかしましょう。ほら急いで!」

 その視線を感じ取った壮年の女性も振り返り、毅然と声を上げ。

 すぐさま立ち上がった者たちがバリケードに群がり、乱雑に積んだ長机や棚を取り除き始めた。



「……これだけですか?他にもまだ何処かに誰かが居る可能性は……」

「…………」

 アルハも一緒になって机を引っ張り倒しながら女性に訊ねると、女性は首を軽く振って応えた。


「救援要請を続ける為に、管制室に残っていたひとが居るの。でも、もう……」

「……そうですか」


 最期まで連絡を試み、生存者の所在を伝えてきた者の連絡の途絶は、つまりそういう事だ。陥落した古城の最上部にある管制室まで辿り着くのは至難の業だろう。アルハは俯いて、ただ黙々と防壁バリケードを崩し続けた。



 ―――――――――――

 

 古城の周囲を守る砦の正門の外、少し開けた平地の先に突き出る形で、楊空艇用の『桟橋』は在る。主には貨物の揚げ降ろしに用いられる木製の空挺橋で、滞空しながら接岸するものだ。


 生き残りを伴って正門を抜けたゼェフたちを回収すべく、楊空艇アダーカがゆっくりと旋回しながら桟橋へ舞い降りて下げてくるが、ロロ・ファナトの『生き残り』も未だ数限りなく、続々と楊空艇と、それを待つ者たちへと襲い来る。


 接岸には慎重な操舵が必要で、生存者たちを乗り込ませ脱出するには数分が掛かるだろう。その間さえ凌げれば、救出そして脱出は成功する――


 ―—かに見えた。


「――……!!」異様な邪気と威圧感。

 円陣を組み、術弩でロロ・ファナトに応戦していたゼェフたちは、空の遥か彼方から恐ろしいまでの速さで飛翔してくる一体の、複翼の黒い龍の影を見た。


「……あれは……!?」


 正体を見探る間も無く、最高速で接近してきた『リガーレ・ヤオナ』の体躯がそのままの勢いで、旋回中の楊空艇アダーカの機体の側面へと、激突した。


 猛禽の如き強靭な脚力での、文字通りの『鷲掴み』と、速度、質量を全て乗せた体当たりの直撃を受けたアダーカはリガーレ・ヤオナ共々古城へと突っ込み、押し込まれ。ロロ・ファナトの『捕食』によって脆くなっていた城塞が一気に崩落する。


「なっ……!?」

「複翼型……あれがリガーレ・ヤオナか!」

 ゼェフたちは、マリウレーダ隊を襲って、姿を消したという龍の姿に息を呑んだ。



 ―――――――――――――――



「うんがぁああ!」「なんじゃあぁおらァあ!」

 突然の衝撃に揺れるブリッジ。ネフトとナココは気合の雄叫びを上げ、二人掛かりの操舵でなんとか持ち堪え、体勢を立て直す。


「……どうしますか船長!救出どころじゃなくなりましたけどぉ!」

 突如として現れたリガーレ系の来襲にネフトが狼狽えるが。


「……ッざっけんなよ、このクソ龍!!不意打ちたぁ上等だ!!」

「そっちがそのつもりなら受けて立つよ!!」

 ナココとリタエラは一緒になって気炎を上げた。



 そして楊空艇アダーカとアロロ・ヤオナは空戦にもつれ込む。


 攪乱光術フレアで爪撃を振り解き、至近距離での光術砲の斉射。激しい術式痕の光が古城の直上で閃き、呆気に取られて見上げるゼェフたちを照らしていた。


「……ちょっと、ねえ!?私達はどうなんの!?」

 同じく呆然としていた少女がパニックを起こし、脱出のすべを失い固まっている龍礁監視隊員レンジャーたちの背中に叫んだ。


「いや、どの道あいつをどうにかしねえと逃げ道はねえ……!」

 振り返ったカルツが、また術弩を構える。


 リガーレ・ヤオナと共に現れた、また新たなロロ・ファナトが迫り、桟橋で立ち尽くしていた一同へと向かってきていた。



 地上と空。それぞれの乱戦の幕が開く。


 楊空艇マリウレーダとの戦闘でその特性を学習したリガーレ・ヤオナは、楊空艇が不得手とする高空への急上昇を繰り返し、直上からの攻撃を主に仕掛けていた。

 だが、長らくエヴィタ=ステッチを相手にしていたアダーカ隊もその手の機動の対策には一日の長がある。


 上方への弾幕と防護結界を駆使し、致命的な一撃を悉く退けるも、しかしそれだけに地上への支援までは手を回せなく。 


「くっ……!」

 このままではいずれ術弩の霊基も尽きる。際限なく続くロロ・ファナトの執拗な攻撃をいつまでも防ぎきれない。だが、打開する切り札はある。


 アルハは覚悟めいた表情を浮かべると、応戦中のゼェフの背中へと鋭く叫んだ。


「先輩。時間を稼いでください。ぼくの最高位の術弓ならあいつを射止められる!」

「駄目だ。それだけは絶対に許さないよ」

「でも……!」


 生体霊基変換、身命そのものを燃やす橙色の術式光。禁識龍を討つ程の光矢を再び使おうというアルハを、ゼェフは冷たい声で制する。


「口応えをするな。君は全員を救いたいと思っているんだろうが、それは私も同じ。そして君自身も含むからね」


 すると、二人に背を向けて構えていたカルツから、唐突な提案が。

「……基地の防衛機構を動かしてアダーカを支援してやりましょう。対空火術砲でヤツに十字砲火を仕掛けるんです。あいつを仕留めなきゃ遅かれ早かれ全滅するだけだ」


「…………」

 ゼェフは透き通った黒紫の瞳で、その背中から意図を読む。


 要衝である古城が防空の為に備えている対空火術砲を司るのは、最上部にある『管制室』。しかしそこにもアロロ・ファナトの侵入は及んでいるはずだし、辿り着くまでにどれ程の数と出逢うかも定かではない。


「なら、せめてぼくも同行しま――」

「お前、設備制御系の術式はてんで駄目だろ?それにな。正直に言わせて貰えば、こういう場合俺一人の方が動き易い。気兼ねなく光爆閃でそこらじゅうを吹っ飛ばして、多数を相手するなら俺の独壇場って奴さ」


 二人の様子を見比べたアルハが割り込むが、カルツはあっさりとそれを拒んだ。


 

 目を瞑り、暫く思索を巡らせいたゼェフが、やがて静かに口を開く。

「……判った。任せる」


「どうも!それじゃあアルハ。お前は皆を守っておけよ。くれぐれも無茶な真似をしようにな!」

 カルツは肩越しにアルハにウインクをし。

「どうせなら大量におびき寄せて数を減らしてやっから」


 笑いながらそう言うと、向かってくるロロ・ファナトの合間へと飛び込み、再び古城の奥へと跳ね駆け去っていった。


「先輩っ!」

 ロロ・ファナトの一部がそれを追って行く様子を見たアルハが一歩を踏み出しかけるが、やはりまだ周囲には多くの敵龍が群れており。そして背後でさめざめと泣く子供の声に、思い留まった。


 そしてまた、果てしなく広がる青空を背景に、周囲を旋回して舞い襲ってくるロロ・ファナトたちへと、術弩を向け構えた。


 ―――――――――



 上空からの一方的な空襲に晒され続ける楊空艇アダーカは高空に上がっての応戦を試みようとしたが、それもまた封じられていた。

 岩山高くに舞い上ったリガーレ・ヤオナの口から漏れる黒い霧の様な瘴気が口元に収束すると、漆黒の黒い術式の波紋と共に放射状の線となって、楊空艇アダーカ、そして北部基地へと降り注ぐ。


 楊空艇の光術砲の真似事だ。『撃ち方を覚えた』リガーレ・ヤオナの新たな一手は、地上の桟橋でロロ・ファナトの包囲に抗う者たちをも巻き込みかねないものだった。


 アダーカは上面防護結界を最大展開し、傘となって黒色の砲火から皆を守る。


「ここに来て飛び道具かよ!最悪だ。マジで最悪の野郎だ……!」

「もう一度今のが来たら地上はおしまいだよ!絶対に撃たせるな!」


 そして上空に向けて光術砲を撃ち返すも、飛翔速度も更に増したリガーレ・ヤオナ、嘲笑うかのように複翼を羽撃はばたかせ、反撃の全てを縫う様に避けていく。



「駄目だ、速すぎてこの距離じゃ火器管制が間に合いませんよ!」

「なんとかしな!」

「ならねえから困ってんだよババア!!」


 凄まじい速さで書き換わっていく術式を追い手繰るネフトはもう汗だくで、檄を飛ばすリタエラにナココの叫びが返ったその時。


 既に瀕死と思われていた古城と、その周囲に張り巡らされる砦の各所に配備されていた防衛機構に一斉に術式光が走り、数か所から火術砲の術式陣が開く。

 そして青空を舞うリガーレ・ヤオナへ断続的な火線の砲火の筋が放たれた。


 直撃こそ避けられるも、近接信応による爆発が空を横切るように広がり、爆風を浴びたリガーレ・ヤオナの速度と高度が大幅に落ちた。


「何だっ!?」

「防空火術砲!北部基地からです!まだ防衛機構は生きてる!!」


 複数に重なり、回転する術式陣がまた収束し、再びの掃射。


 多数の火門から放たれる切れ切れの赤い光線は、尚も高空へ上がろうとするリガーレ・ヤオナを捕え、複翼の一つをもぎ取った。



 ――――――――――――――――――



 宣言通りに管制室に辿り着いたカルツは、部屋一杯に広がった古城の防衛網を司る術式の中央に立ち、目まぐるしく動く術式の中の光点を追って手繰る。


 ロロ・ファナトの襲撃によってかなりの損耗を受けていた防衛系の術式は既に大部分が散り、かき乱れ、赤く危うい明滅を繰り返していた。


 限界は程なく訪れるだろう。瀕死の基地の、最後の花火だ。



 部屋の片隅では一人の男が壁にもたれかかり、死んでいる。辺りの夥しい量の血だまりが、彼が死闘の末に凄絶な最期を遂げた事を告げていた。


(……あんたのおかげで皆を救うチャンスができた。なら俺だってタマの一つくらい懸けて応えるのが最大限の礼儀ってヤツだよな……!)


 楊空艇、龍礁監視隊員レンジャー、ロロ・ファナト、リガーレ・ヤオナ。

 そして北部山岳基地の生き残りと、戦場となった古城そのもの。

 

 それら全てが入り乱れる北方の撃滅戦ノーザン・ストライクは、続く。

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