第七節27項「第四龍礁統合衛護隊」

 これより大講堂で行われる集会は、レベルA首都深央への侵入に対応した様々な準備や体制が整い、第四龍礁が保有する主戦力の大幅な再編を告げるものである。


 特に大きな変化は、地上警備隊ベースガードや術士隊、法務部警務隊などの各セクションに分散していた戦力組織を一元化し、活動領域、及び活動内容、そして権限を強化した『第四龍礁統合衛護隊グラウンドフォース』の創設だ。


 これは、密猟者や敵性龍種との交戦規定に大幅な改定を加え、楊空艇を用いること以外は、ほぼほぼ『準』龍礁監視隊レンジャーとして、第四龍礁全域での作戦活動に従事するものである。


 ティムズたちが属するマリウレーダ隊を始めとした楊空艇隊も、名目上はその一部として扱われる。但し、その活動内容と部隊の性質上、今までの様に、ある程度独立した遊撃隊として、引き続き龍礁内部の各地を巡る任務を継続することに変わりはない。


 再編に伴い、正式部隊名も、『龍礁楊空艇旅策遊撃群(インテグレーション・サーベイランス・コマンド)』などという長ったらしい名前に変えられそうになったのだが、これは龍礁監視隊員レンジャーたち全員からの猛烈な反対を受け、今まで通りの『レンジャー』の呼称を引き継ぐことで落ち着いた。


 読みづらいし略称もしっくり来ないという不評は当然として、彼等は戦う為の存在ではなく、あくまでも第四龍礁の環境そのものを維持する為の自然保護管パーク・レンジャーと自負し、その仕事と名に誇りを持っているのが一番大きな理由だった。


 この大きな変革で、より一般的な軍隊に近い体制に近付くことを不安視する声もあった。

 しかし、これもまた彼等自身にとって『必要なこと』の一つだと受け止めて、理解し、納得したのだった。


 ―――――――――――――――――――――



 地上警備隊ベースガードの新入り(下っ端)として半ば強制的に配属されていた元・密猟者、エフェルト=ハインが、『龍礁統合衛護隊グラウンドフォース』の一員として、第四龍礁を本格的に守る立場になったのは、ただの成り行きであるが、数奇な運命であったとも言えなくもない。

 


「ふあぁ……」


 この、先月三十歳になったばかりの黒キャップの男は、各部隊の隊長たちが一人ずつ宣誓を行い、叙任を受ける退屈な儀典に大いに飽きて、大欠伸をかます。


 大講堂に将兵たちが整然と列を成す中。


「(おい、大切な式だぞ。隊長に見られたらまたどやされる)」

「……んあ?平気だろ。見ろよ、あの堅物のチョビ髭。ガチガチに緊張してそれどころじゃねーだろ」


 だらしない立ち姿を見咎めて囁くオーランが、エフェルトの顎が促す大講堂の奥に視線を寄越すと、今までの三倍以上の部下を持つ大隊長に就任するという重責に胃を痛めているらしい痩躯の男が、顔を青くして、壇上での叙任を待っていた。


「可哀想になあ。元々ただの事務屋だったんだろ?あのオヤジ」

「(声が大きいっての!良いから黙れよ!)」


 人間、成り行きと流れで、何時の間にか望んでいない立場になる事もある。痩躯の男……以前は輸送部門の一般事務員だったガートリー=ヘブロイもまた、その一人。


 そういう意味では同じ境遇とも言えるガートリーの憔悴ぶりに嘲笑と、幾ばくかの同情を込めたエフェルトの黒いまなこは、ガートリーの周囲に一同に会している、各部署、各組織の長たちへも向けられていた。


 マリウレーダ隊隊長ビアード・ピアスン。

 アダーカ隊の女性隊長リタエラ=タステム。

 そしてもう一人、船長服の、逞しく毛深い、厳つい獣の様な男。


 オーランによれば、南部港湾基地所属の楊空艇隊、ラムタエリュトの隊長だというが、エフェルトにとっては(特にむさ苦しい野郎には)興味がないので、その名は三秒で忘れた。


 その他にも、地上警備隊ベースガードや法術士隊の指揮官級や、数多ある各部署の部長たちなど、第四龍礁を支える全ての者が、まさにこの場に『結集』している。



「――私、ビアード=ピアスンは、アトリアの御名の下、龍族の庇護に身命を捧ぐ事を、ここに誓う。願わくばその加護が、我々の武運とならんことを」


 左胸に右手を当てたピアスンの誓いの言葉で、宣誓の儀は終わり、今現在の第四龍礁の総責任者である、"局長"ハイネ=ゲリングの、叙任式を締め括る式辞が始まった。

 

 久々に一般職員たちの前に現れたハイネの、豊かに広がっていた赤銅色の豊かな神はばっさりと切られ、以前の華やかさの面影はなく、精悍な顔つきになっている。

「…………」

 壇上に上がった彼女は、暫く無言で職員達の顔を見回していた。


 そして、やがて静かに口を開く。


「――きょう」


「私達は、新たな体制のもと、新たな脅威に立ち向かう為の用意を整えました」


「私たちは、龍というものを守る者であり、龍というものに守られる者」

「龍達の力は、私たちが未だ及ぶ事の出来ない高みにあります。私たちはそれを龍脈と呼び、その純粋なる力を利用し、発展を遂げてきた」

「しかし、本当に根源たるものは、すでに私たちの中にあるのです。それは、世界にあまねく可能性に思いを馳せ、想像する力」


「私たちは、時に残酷な現実の中に、喜びや幸せを見出す事ができる。この世界にはは喜びと悲しみ、怒りと慈悲が入り乱れている。大切なのは、私たち自身が、よりよいものを知ろうと努め、変わり続ける事なのです」

「それを信じる事が出来ることが、人の真価であると、私自身も信じているのです」


 ハイネの式辞はこう始まり、龍礁兵力の変革が、また新たな密猟勢力の勃興に対応する為のものでもあると続く。


「先日、ネウスペジーを中心に、再び密猟兵団の結成の動きがあるとの報告を受けました。残念な事ですが、今回はネウスペジーの保安隊の一部が結託し、より高度に武装した一団となっているとのこと」

「今まで以上に危険な密猟者どもを相手にする事になるでしょう。龍礁衛護隊グラウンドフォースの皆さんには、より強固な結束と、万全の警戒、そして毅然たる対応をお願いしたい」


   

「…………」


 講堂の隅に立つジャフレアム=イアレースは、無表情で、壇上のハイネのスピーチを見守っていた。

 このハイネの演説は、細かい文言こそ彼女に任せているものの、内容は全て事前の打ち合わせで決めていたものだった。「私たち」という主語を多用する事などは、ジャフレアムの指示である。


 彼女は、局長への就任以来、表向きはリーダーシップを発揮する立派な局長として振る舞ってくれている。ジャフレアムを初めとした数名の『幹部』の操り人形と言えばそうなのだが、彼女自身もそれを理解し、そうあるべく努めてきた。

 ジャフレアム自身には興味の無い事だが、ハイネは客観的に見ると麗人であり、その美貌を司令官という立場で利用するのは、歴史上でも幾らでもあった事だ。


 予定していた演説はここで終わる。

 はずだった。


 だが、彼女は最後に、打ち合わせに無かった、ジャフレアムが予期すらしていなかった言葉を継いだ。


「――そして、私たちが以前見舞われた悲劇を忘れてはなりません。あの様な災禍を二度と起こさぬように。それを阻止する為に」

「私、ハイネ=ゲリングは、第四龍礁局長の名において、龍礁衛護隊、全ての者に」


「極めて危険と判断された密猟者への攻撃権限の強化。即ち、殺害も認める事を、ここに承認します」


「………。………?……!……。」

 講堂の中に、徐々にさざ波の様な驚きと困惑の波紋が広がり、やがて軽いどよめきとなった。


「……っ!」

 不意のことにジャフレアムは目を見開いたが、その動揺を周囲に悟られまいと取り繕う。


「……以上です。第四龍礁、そして皆に、主神アトリアの加護があらんことを」


(……やられた)


 ハイネが平然としたまま壇上を降り、講堂奥の控室へと去っていくさまを見届けたジャフレアムは、彼女が、この機をずっと待っていたのだ、とすぐに悟った。



 ――――――――――――――――――――――――



「……ねえ。今のって……」


 龍礁衛護隊グラウンドフォースたちのざわめきの中で、ミリィも表情を曇らせ、戸惑っていた。再編については事前に説明を受けていたが、密猟者を殺害する権限も与えられるというのは、全くの初耳である。


 アルハが口元に拳を当て、眉を顰めながら応える。

「……言葉通りだろう。場合によっては殺してでも阻止すべし、ということだ」

「そんなの。今まで私たちがやってきた事が、ぜんぶ無駄になっちゃう……」

「そうだな……」


 どんな相手であろうと一旦は逮捕、正式な法に則った裁判を経て処罰する。


 それが龍礁法の基礎であり、龍礁監視隊レンジャーが是とし、遵守してきた手続きだ。それが唐突に覆されてしまった。


 ミリィは、講堂の右手奥に整列していたマリウレーダ隊の姿と、その表情を探った。皆はこの事を知っていたのだろうか。……このことも、皆は自分に隠していたのだろうか。


 しかし、彼等もまた、ミリィ同様に驚き、当惑しているようだった。並び立つパシズとタファールが小声で何事かを語り交わし、ミリィがレッタの横顔を見つめていると、その視線に気付いたレッタと目が合い、彼女は首を振る。


 唐突な訓令に対する龍礁衛護隊グラウンドフォースのざわめきは少しずつ収まり、それもまた止むを得ないだろうと諒解りょうかいする雰囲気に変わっていった。

 

 囁き、頷き合う龍礁衛護隊員グラウンドフォースたちの表情に目を向けていたティムズは、彼等が納得していくさまの理由を察していた。


「……いつかまた、ラテルホーンやリャスナみたいな連中が現れたら、それくらいの覚悟で立ち向かわなきゃ、止められない。あんな真似は、二度とさせるものか」


「……そうね」「……ああ」


 誰ともなしに呟いたティムズに、ミリィとアルハはただ、頷いた。



 ――――――――――――――――



「……ゲリング局長」

「……ジャフちゃん。ごめんね。勝手に決めちゃって」


 叙任式が終わり、一人、人気ひとけの無い廊下を執務室へと戻り行くハイネを呼び止めたジャフレアムは、振り返った彼女の深緑の瞳の奥に、決然とした、しかしずっと抱えていた責念を見る。


「……マルコ=フォートレスの件か」

「そうよ。初めから密猟者に厳罰を下してしていれば、かのじょは死なずに済んだ」

「……それは、仮定に過ぎない――」

「――それに、あのクソガキに逃げられたままなんて許せない」


 ジャフレアムを遮り、語気を荒げるハイネ。


 ハイネは、リャスナの手に掛かったマルコの件をずっと気に病んでいた。そして、密猟者の侵入が後を絶たないのは、彼等への罰則が甘すぎるせいだとの考えに至ったのだ。


 再び惨禍を起こさない為に、という目的は建前に過ぎないという事は、ハイネ自身でもよく自覚している。しかし。


「私はマリーの無念を晴らしてみせる。それに、あのガキを逃した奴が誰であろうと、見つけ出して、報いを受けさせてやる」


 姿を眩ませたリャスナ、それを逃した者、そして密猟者。いつしか『敵』への憎悪を一絡げに募らせ、膨らませて行ったハイネは、ジャフレアムに『利用』されていることを、己の私怨を晴らす為に『利用』し、絶対に撤回できない状況で、局長権限として振るったのだった。


 だが、ハイネの独断は、概ねの者に支持される事になる。

 

 アロロ・エリーテとの戦いやリャスナによる襲撃事件で、大勢の友人や仲間を失った者たちにとっては、ハイネの決定は、至極自然に受け入られるものだった。


 『表向きはリーダーシップを発揮する美貌の最高責任者の英断』を疑う者は、殆どいなかったのである。



 ――――――――――――――――――――――

 

 

 マリウレーダ隊も談話室に戻り、新たな体制での旅索についての確認を行う。

 

 ティムズとミリィが全員と顔を合わせるのは、青飛龍の一件以降初めてだった。


「――先日は取り乱し、数々の非礼と、見苦しい振る舞いをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。船長が仰っていた通り、必要な事だと受け止め、邁進する事で犠牲に報いる……その為に、私も身を砕く覚悟で任務に携わっていく所存です。どうかお許しください」


 ソファに座ったピアスンの前で、後ろ手を組み立つミリィが、姿勢正しく、丁寧な謝罪の言葉を上げる。


 青飛龍ノシュテールの件以降、ミリィはことさらに殊勝な態度でマリウレーダ隊と接するようになっていた。これまでにも似た様な事は何度かあったが、その度に、ただ『また拗ねている』だけだと笑っていたマリウレーダ隊も、今のミリィの変容は一線を越えたものだと感じていた。


 恐ろしく他人行儀なミリィに、ピアスンとパシズは顔を見合わせる。


「……心掛けは認めるが、無理はするんじゃないぞ」

「………」

 パシズの柔らかな口調にも、ミリィは決然とした表情だけで応えた。


 それを成長と受け止めるべきかどうかは、誰にも判らない。



 ティムズは、立て続けに起こる現実に翻弄されるミリィの背中を、ただ見つめていた。ノシュテール、そしてシィバとの別れが、彼女の何かを決定的に変えてしまったと思う。

 そしてミリィはハイネの言葉で、マリーを失った事を思い出し、ハイネの決定は、ミリィをミリィたらしめていた理念をも奪いかねないものだった。


 そんな彼女を支えられるのは、理想を語る言葉ではなく、共に戦い、行動することだけなのだと、ティムズも心に決めたのだった。



 重苦しい雰囲気の中、会合は続く。

 ……約一名、重苦しさとは無縁な男も居るが。


「これで、マリウレーダの巡行高度は数倍に跳ね上がります。中央断絶線を真正面から突破するのではなく、新たな侵入ルートの開拓が可能になるでしょう」

「――あのクソでかい崖を越えるってのか?高所恐怖症なんだけど、俺」

「最高速度も従前より三割ほど増すはず。対龍戦闘を有利に進め、遠距離間での移動時間も大幅に短縮できますね」

「――何かあっても直ぐに急行できる。どうせならもっと早くやっておけば、色々と苦労せずに済んだのになあ」

「黙れ、タフィ」


 楊空艇マリウレーダの性能向上を説明するレッタが、延々と茶々を入れるタファールを冷たく睨む。この男だけは何があっても永遠に変わらないと思えた。


龍礁衛護隊グラウンドフォースだけでは密猟兵団を全て阻止するのは難しいだろう。統合したとは言え、戦力規模が増した訳ではないからな。我々も必要に応じて、増援に向かう事になる。速度が増せば善後策も練り易くなるか」

「――密猟者の連中だって馬鹿ばっかりじゃありませんしね。俺達の動向をきちんと調べて、対策を練って来るようになってきてます。レベルAの直近に辿り着いたっていう双子も居ましたし」


 今度はパシズの言葉を継ぐタファールは。


「そういや、あの双子ってどうなったんですか」

「フラウテアが出現した時に死んだんじゃねえのかな」


 ティムズの疑問にも即答した。


 密猟兵団の裏にも、レベルA領域の謎を暴こうとする勢力がいると確信するパシズは、この一連の流れを何者かが仕組んでいるという疑念を持ち続けていた。


「ただの金と名誉目当ての密猟者だけなら、大した問題ではないのだが」

「ネウスペジーの正規兵力が絡んでくるともなると由々しき事態だ。今までの素人どもを相手にするのとは話が違ってくる……」


 しかし、タファール。


「はっ。どうせ金目当てですよ。近所にお宝が眠っているって知った馬鹿が、妙な気を起こしたんですって。それに、いざとなったら楊空艇でまるごと焼き払っちまえば解決すよ。簡単でしょ?我らがマリウレーダの総火力を以てすればね」


「冗談でも、その様な事を言うな」


 パシズが咎めるが、タファールは気にも介していないようだった。

「別に連中を皆殺しにしろって言ってる訳じゃない。だけど現実的にはそういう選択肢もありえるって話ですよ。だからやっぱりアンタは甘いって言ってるんです、俺は」


「それは最早、戦争行為だ。だが、そもそも龍礁は、そういった大規模な争いを起こさない為の条約に基づいて設立されたものでもあるという事を忘れるな」


「はあ、全く面倒な仕事っすねえ……やる事も山程あるし」


 タファールが、全身で呆れた仕草をしてみせる。



 それについてはティムズも全く同意見だった。

 

 そして、マリウレーダ隊の表情を見比べ、そして最後にミリィの表情を探る。


 これまでの彼女なら、タファールの暴論に即座に反論しただろう。しかし、今は、神妙な顔で、この先の第四龍礁で自分が果たす役割の変化を考えている。

 

 変わってしまっていくのは、ミリィだけではない。


 マリウレーダ隊、第四龍礁、そしてそれを取り巻く人々、そして龍。

 全てがお互いに呼応し、世界は、誰の意思に依らず、巡っていく。

 

 ―――――――――――――――――――――――――


 一つの事実に携わる人々の思いは、それぞれ違う。


 第四龍礁の深奥に潜むと言われる禁識龍たちから人々を守り、それを求める人々からも禁識龍を守る。

 龍礁監視隊員レンジャーは、常にこの狭間で戦う、曖昧な担い手だ。


 その関係性は常に流動的で、何が正しいのかは、それぞれの立場、それぞれの時で、大きく覆る。


 変わりゆくものたち。変わらないものたち。


 変えたいと願うもの。変えたくないと抗うもの。


 一つに纏まっていく流れには、それぞれの思惑があり。


 一つの事柄には、また多くの事実が複雑に絡み合う。



 今、唯一確かなのは、それぞれの勢力が目指す場所が、傾国の真龍、F/ IV級『アルガンリージとダリアルベーツ』の棲み処、レベルA領域首都深央という事だけだ。

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