第三節7項「称号:密猟に失敗した方たち」

 翌日の朝。


 龍礁本部施設内、法務部の一角に在る取調室。


 密猟者等の聴取などに使われる部屋で、窓もない白壁の小さな部屋の真ん中に、ただ置かれているだけの樫の長テーブルと幾つかの木製の粗末な丸椅子があるのみだ。


 そこにエフェルト、モロッゾ、アカムは並んで座らせられていた。

 長期間、法務部の地下の拘禁室にそれぞれ拘留されていた3人は、今朝早くから法務部所属の警務兵に叩き起こされ、訳も判らずこの部屋に放り込まれたのである。


 拘禁室から出された際にやっと返却された愛用の黒キャップを目深に被ったエフェルトは、満足に髭も剃れず、無精髭が拘禁前より20%増えていたし、アカムは茶もじゃ髪の体積が3%増え、モロッゾは拘禁のストレスで銀髪をまた2%失っていた。

 

 3人とも、長時間待たされて大分くたびれていた。エフェルトはテーブルに肩肘をつき手に顎を乗せている。モロッゾは元軍属らしく振る舞おうと、姿勢正しくしようと気張っていたが、それもそろそろ限界だった。アカムはこれから何をされるんだろうとびくびくしながら、3人の前に立っている人物達に怯えていた。


 彼等は、目の前に居る人物らには見覚えがあった…あるどころではない。約3か月前に、自分たちを捕縛してここに収監した張本人の『レンジャーたち』がエフェルト達を睨んでいた。ただ、一人の黒髪の青年だけは今日初めて見る顔だった。


 その対面に、机の上で指を組み、エフェルト達を見据えている――というよりも、ガンをくれている、とエフェルトは思った――無言のピアスンが座っている。


 その左背後にパシズも腕を組んで仁王立っていて、部屋の角隅かくすみでレッタも腕を組んで眼鏡の奥から半眼でエフェルト達を見ていて、その反対の角ではタファールが頭の後ろで手を組んで、とぼけた表情で事の成り行きを見守っている。


 ミリィもレッタの横で、腕を組んだパシズと同じポーズでエフェルト達を見据えており、ティムズはそのまた横で、クルー達とエフェルト達の様子を見比べて様子を伺っていた。ここまでクルー達が真剣に怒っているのは初めて見た。


「………」

  

 その場の全員が無言のまま、室内には重苦しい雰囲気が充満していき、緊張感が増していっていた。



 ―――――――――――――――



「………」


 五分後。


 そのままの状態が続いたもので、遂に耐えきれなくなったエフェルトが口を開く。その勢いに乗り、モロッゾ、アカムも便乗して気勢を得た。


「……なあ!一体何なんだよ、動いたら負けってゲームか何かか?」

「服や所持品は全部返して貰えたんだ。ってことは釈放するっていうことなんじゃねーのかよ!どうなんだオイ、おまえら!」


「そうだ、一体これはどういうことだ!」「家に帰してくださいよお!」



「黙れ」


 ピアスンが低く、ドスの聞いた声でエフェルトたちを制す。目が据わっている。瞬き一つもしないその威圧感に圧されたエフェルトたちが、喉を鳴らして黙り込んだ。


「っ」「……」「…………」


 気炎を上げたエフェルト以下三名の出鼻を挫き、精神的な優位を確立したところで、ピアスンは静かに本題を切り出した。彼が以前ある者たちから学んだ交渉術の一つだった。


「良く聞け、説明する」


 ――――――――――――――――


 ピアスンが、エフェルト達に対してジャフレアム=イアレースが下した決定、について経緯を説明し、結論を伝える。


「―—と、云う訳だ。上層部の決定につき、我々にそれを覆す権限はない……が」

「それとは別に、我々はお前たちに独自の制裁を科す事を許され、その権利を行使することを決めた」


 ピアスンはエフェルトからほんの一秒も目を離さず、彼を見据えたまま後方のタファールを呼ぶ。


「タファール」

「はっ」


 タファールが進み出て、後ろ手を組み、まるでそういう職業の人、という感じを醸し出す言い回しで裁定の詳説を始めた。こういうことは恐ろしく真面目にやる。


「我々の中で、貴兄らに対する『罰則』の候補を協議した結果、以下に述べる案が上がった。傾聴せよ」


「ひとつ、全員でボコボコにする」

「ふたつ、楊空艇から龍礁のド真ん中に放り込む…、あ、これは俺の案ね」

「みっつ、僕は悪い子ですとおっきく書かれたTシャツを着用して仕事をする」

「他、様々な案が出たが、それは省略」

「そして、長時間に及ぶ度重なる話し合いの末、我々は次の決定を下した」



「判決は……保留」

 神妙に厳かに、タファールが『演技』を終えて目を閉じる。


「……はあ?」


 何だこの馬鹿は、という顔をしたエフェルトに対して、ピアスンがその仔細を告げる。


「折角命拾いしたのだ。心を入れ替えて真面目に、真剣に働け。その働きを我々が見た上で、最終的な判断を下す。そして…」

「もし、また何かをしでかしてみろ。今、彼が述べた制裁の内から一つ、私が賽子ダイスを振って、お前達の運命を決するぞ」


「……!」

 エフェルトはピアスンの表情と声から、この男に逆らってはいけないと感じていた。内心は慄いていたが、それを隠すように横に座っている仲間たちに声をかける。


「わ、判ったよ……それしかないよな、なあ?お前ら」

「……そうするしかあるまい」

「家に帰りたいよう」


 エフェルトはピアスンと目を合わせられなかった。その目付きと、賽子ダイスを振って運命を決する、という台詞は以前に見た事があり、聞いた事もある。


 それは昔、エフェルトの故郷、マロベリーの港で出逢った、ある男と同じだった。

 目の前の男とは似ても似つかない男で、年齢も身長も顔も何もかもが違うが、それでもこの眼と台詞は、その男と同じ、だった。


 その男とは、海賊だった。


 ――――――――――


 エフェルト達への処分保留、を伝え、クルー達はそれぞれの地上勤務先へ向かう為に、龍礁本部施設の廊下をぞろぞろと歩きながら、この件についてそれぞれの感想を述べていた。


「はあ……。連中、反省してるかと思ったら全然そんなことねえんでやんの。もっとブチ込んでおいた方がよかったんじゃないすか」


 一同の一番後ろを、また頭の後ろで手を組みながら、だらだら歩くタファール。

 どんどん遅れていくのでたまに早足になるが、またすぐに遅れだす。


「でも、ただ閉じ込めておくだけじゃ誰の得にもならないじゃない、ちゃんと真面目に働いたらおうちに帰れるんだから、あの人たち頑張ってほしいな」


 タファールの前方のミリィが、その小さい歩幅の早足気味な歩き方で言う。隣のレッタの歩調に合わせる為だ。


「それはどうだかねえ…絶対何かやらかすと思うよ、私は」


 レッタもいつもはタファール並にたらたら歩くタイプなのだが、最前方を歩くピアスンがいつもきびきびきっちり歩くタイプの上司なので、今はそれに合わせている。


「……人もまた、痛みを知らなければ学習できない生き物だからな」


 ピアスンのすぐ斜め左後方で付き従うように歩くパシズが呟く。先日の緑象龍の一件を思い出していたからだ。それを受けてピアスンが語る。


「痛みだけではない何かで、成長できるから人は人で居られるのだよ」

「君もそういう事を言いたかったのだろう?ティムズ」


 ピアスンがパシズの横を普通に歩いていたティムズに背中で語り掛けた。


「えっ?あっ、はい、ええ、まあそういう感じです。たぶん」

 

 ティムズは嘘をついた。別にそこまで大層な事を考えていた訳ではない。


 エフェルト達への処分の保留、の案を出したのはティムズだった。

 クルー一同とエフェルト達の間に何があったか詳しくは知らないが、ミリィ達から話を聞いている限り、彼等を『残虐非道な悪人』とは思えなかったからだ。生活の為に止む無くそう選択せざるを得なかっただけだと思いたい。そして、それを彼等自身で証明してほしい、とただ思っただけだった。


 ――――――――――――――――――――


 本部施設の玄関ロビーに、朝の業務に取り掛かった龍礁職員たちの雑多な声が響いている。その喧噪の中でマリウレーダ隊一行は解散し、それぞれが朝食や地上勤務担当先へと向かうために別れていった。ミリィも毎日の楽しみである朝食を摂るつもりでその場を離れようとしたが、ティムズと共にパシズに呼び止められる。


 何だろう、と立ち並んだ二人に対して、パシズ手元の書類を確認しながら、事務的に今日の予定の説明を始めた。


「これから私は船長と共に、イアレース管理官と同行して上級職員の会議に出席しなければならない。最近のF/ IIクラスの動向と出没範囲が読めなくなってきた為、その対応についての話し合いだ。そして……」


 パシズが言葉を切る。これは如何なものか、と少し躊躇した感じだった。


「……学術研究部から、南方面の渓谷部の地理調査の依頼が来ている」

「地図の更新に使う情報が足りないらしい。重要かつ必要な調査ゆえ、本来なら私が行くべきなのだが…今日の会議はもっと重要なものになりそうだ。」

「なのでミリィ。お前が隊指揮リードをしてティムズと同行してほしい。実地訓練のつもりでな。お前にとってもだ」


「やった!任せて!」

「私、あそこ大好きなんだ」


 ミリィは顔を輝かせて応えた。龍礁本部の南側に位置する渓谷地帯は、谷が多く在り、滝や池など、多くの名所を持つ地域なので、そこで『跳ね駆ける』のはミリィのお気に入りだった。それに隊指揮という重要な任を任せられたのも嬉しかった。

 ティムズの方も一応周辺の地図は軽く頭に入ってはいるのだが、具体的な地形や景色についてはぴんと来ない。なのでとりあえず頷くしかない。


 パシズが嬉々として返事を返したミリィに釘を差す。

 自分パシズも行くならまだいいのだが、ティムズは勿論のこと、ミリィをまた完全に監督下から外してしまうのには躊躇いもある。


「あの近辺ではF/ IIクラスとの接近遭遇例は報告されていないが、それでも油断は禁物だ。念の為に全ての対龍装備を持ち、くれぐれも無理はしないように。いいか?『予測不能な事態が起こること、それ…』」


「『それそのものを予測しろ』でしょ?判ってるわよ、大丈夫!ほんとに心配性なんだからパシズは」

「心配させるような事をするからだお前は」


 パシズの素早い指摘にティムズは目を伏せ、口に拳を当てて笑いを隠す。

 本当に仲の良い父娘おやこの様に息が合っている。


 ――自分にも『親』が居ればこんな会話を交わしていただろうか。


 一瞬の思索にぼうっとして固まってしまったティムズの耳に、パシズの声が再び飛び込んできて、ティムズはっとする。


「ともかく、気を付けるのだぞ」


「はあい、じゃあ行こうか!イーストオウル。勿論朝ごはんを食べてからっ」


 足取りも軽く、さっさと中央食堂へ向かって歩き出したミリィの後ろ姿を、取り残されたティムズとパシズがおんなじ表情で見つめていた。ティムズがぽつりと呟く。


「……もパシズが教えたんですか?『食事は全ての基本だ、とにかく食いまくれ』とか言って」

「そんな訳あるか」


 パシズが複雑な表情のまま短く答えた。



 ――――――――――――――



 エフェルト、モロッゾ、アカムは龍礁臨時職員の書類にサインをし、会議室で待たされていた。早速だがやってほしい事があると年配の男――補佐と呼ばれていた――にせっつかれ、ここに連れられてきたのだ。そしてほったらかしにされている。


 3人は中央の長テーブルにまた並んで座り、年配の男が会議室だ、と言った部屋の様子を見回していた。

  

 会議室の長テーブルには多くの書物や資料が雑に積まれている。

 エフェルトは、自分もあまり人の事は言えねーが、ここはなんて散らかり様だ、もう少しどうにかしろよ、と思っていたが、これでも大分片付いている方なのだ。ミリィがなんだかんだで地図封述を頑張って必要な資料をやっつけた結果である。

以前以後ビフォーアフター』を知っていればエフェルトは逆に感心したであろう。


 また大分長い間待たされて、3人が取調室の時と同じ姿勢になっていると、口調は穏やかだが動きは機敏な赤毛の女性が部屋に入ってくるなり「お待たせしました~~~貴方達が~~密猟に失敗した方たち~~ですね~~?」と3人には有難くない称号で呼んで、そのまま部屋から連れ出して、長い廊下を抜け、幾つもの扉を通り、そしてまた長い廊下を抜け、幾つもの部屋の前を通り過ぎた。


 その間に何人かの龍礁職員を目にしたが、皆エフェルト達を見るとくすくす笑ったり、にやにやしたりと、その大体が、今3人が赤毛の女性に連れられて大人しく連れて行かれている、その理由と事の顛末を知っているかのようだった。


 のちに聞いたところによると、ある男が「こんな馬鹿な連中がいてさあ」と各所で職員たちに触れ回っていたらしく、その話を聞いた職員がエフェルトたちを見て「ああこいつらが例の」「そんな感じするわ」と笑っていた、という事らしい。

 その男の正体は知らないが、いつかそいつをブン殴ってやる、とエフェルトが硬く心に誓った、というのはその後の話ではあるが、とりあえず現時点でのエフェルトも、この緩い雰囲気の連中に笑われている、という事は屈辱を感じるものだった。


 暫くそんな状況が続いたので、恥辱と怒りと不満を紛らわすために、前方をせっせと歩いていく赤毛の女性にエフェルトが話しかけてみる。


「…なあ、俺達は一体どこに連れてかれんだよ」

 赤毛の女性の返答がないので、少し険悪な口調で続ける。

「おい、聞いてんのか、おい、あんた……てめえ、おい」


「私は、マリーです、以後お見知りおきくださいね」


 てめえ呼ばわりされてカチンと来た様子のマリー、がぱっと振り返ってにこやかに、しかし明らかな怒りを以てきっぱりと言い切る。そしてさっと振り向いてまた歩き出す。その様子に驚いたエフェルトが怯み、思わず敬語で問い直していた。


「あの……マリーさん、僕たちは今どこに向かってるんでしょうか?」


 礼儀正しい質問に、マリーはまたゆっくりとした口調で丁寧に答えようとしたが、答えようとしている間にあっさり目的地の前に到着してしまっていた。


「それはですね~~、現在~~、人手が足りない~~部門があって~~」

「ていうか着きました~~~」


 ―――――――――――――


「うッ…」「うぐっ…!?」「うええ!」


 マリーに促されて重い扉を開け、暗い室内に恐る恐る入ったエフェルト達の鼻を猛烈な臭気が襲い、3人は呻いたり咳込んだり嘔吐えずいたりした。「何だこのにお…っつうか痛え!なんだよコレ!」と喚くエフェルトの背後から、どこ吹く風のマリーが必要な事だけを伝える。彼女は部屋には入って来ていない。


「では~~今担当の者が~~、今参りますので~~そのままお待ちください~~」

「今の内に慣れて~おいた方が~~良いですよ~~それ」


「このまま、って…おい!てめえ!だから説明しろって!」

 エフェルトが手で鼻と口を守りながらマリーを振り返るが、答えはなく、マリーは既に避難して姿を消してしまっていた。素早い。


 しかし、開いたままの扉の影から再びマリーの声が聞こえてきた。


「あ~丁度良かった~~今、例の~3人を~~連れてきたところよ~~」


「ああ、ありがとうマリー。ごめんなさいネ、本当はアタシが案内するはずだったのに」


「ううん~~お安い御用よ~~じゃああとは~~宜しくねえ、マルコ~」


「アンタにはマリーと呼んで、とは言えないわネ…とりあえずお疲れ様!今度美味しいクッキーを焼いてあげるからさ、お茶しましょ!」


 —―エフェルト、モロッゾ、アカムは困惑し、戦慄する。

 会話の内容などどうでもよかった。

 問題はマリー、が会話していた人物の声色だ。

 その答えは、すぐに3人の目の前に出現した。


 扉の影から現れた屈強な男がにっこにこしながら3人を品定めする。


「アンタ達が例の連中?貧弱なカラダしてるわねえ」

「ま、ここで働いてたら良い鍛錬になるし、すぐにアタシみたいな我儘体型わがままボデーになれるわよ!」


 畏れ慄き、唖然としているエフェルトたちに、自己紹介をするその人物。其の名は。


「アタシは、マルコ=フォートレス…マリーって呼んでネ。宜しく、ボウヤたち!」


 ――――――――――――――――――


 マルコ="マリー"=フォートレス。31歳、独身。

 エフェルト達が放り込まれたのは、龍族素材保管管理室。

 そして彼は搬入、選別、保存処理、梱包を担う素材管理部に幾つか存在するチームの主任だった。

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