第二節11終項「接近遭遇」

 その姿は、龍を中心に共に舞い踊る一組の男女、と言っても良いものだった。

 黒髪の青年と、金髪の淑女が、中央の黒い影の周りを、兎の様に跳び舞い続ける。


 ―――――――――――――――


 ティムズとミリィはお互いを補助し、助け、かたやF/II龍は、二つに増えた目標に惑い、翻弄され続けていた。即席の連携行動であっても、確実に少しずつF/II龍に疲労とダメージを蓄積させることが出来ている。だが。


「っ!…くっそッ!」


 急激に成長し、闘う意思と力、を身に着け始めたティムズだったが、それでも未だ跳躍術の制御を完全なものにはできていなかった。時折制御が乱れ、ティムズが意図しない出力と方向の乱れが起き、その度に歯を食いしばって何とか修正する。パシズが言う努力と根性と気合、の領域だ。


 ティムズは何度も態勢を崩し、それを機としてF/ II龍がその牙、爪をティムズに振るって、その都度危うきをなんとか、と脱する彼の姿を見る度に、ミリィは冷や気を感じずにいられなかった。

 

 短時間でここまで動けるようになったことは心の底から褒めてやりたいところだが、しかし、それも決定的な打撃力にはならないのも確かだ。


 跳躍符も、幻剣術もいつまでもは保たない。

 ミリィの今の目論見は、F/ II龍に、追跡不可能になるまでの打撃を与えた時点で、即、目標を逃走に切り替えてティムズと共に離脱する、というものだった。

 

 一人では打撃を与える事自体が難しかったが、二人ならこうして挟撃して、確実に一手一手を決める事ができる。

 

 パシズと二人でもそうしただろう。しかしパシズはティムズにそれを託した。ミリィはパシズの事も一瞬気に掛かったが、今は共に戦っているティムズのことを念頭に、今後するべき事を考える。


 …ティムズは確かに戦闘機動においては目覚ましい成長を見せている。

 しかしミリィがこれまで見る限りでは、短距離の短い跳躍では良くても、中長距離の移動での機動については危うい、と感じていた。そして、実際それは正しかった。


 こうして二人で『削って」いても、追跡不能にするには手数と威力が不足している。だからと言ってこのまま逃走に転じても、ティムズが危険だ。

 なんとか大きい一撃を加えて、F/ II龍の体力を一気に奪う…相手の動きを止めて、幻剣術を最大出力で叩き込む。そして離脱する。万が一失敗すれば唯一の武装を失う。しかし最早それしかない、とミリィは覚悟を決めた。


 ――――――


「イーストオウル!」


 ミリィがF/ II龍から次々と飛んでくる牙、爪、尾を避けつつ、切れ切れに叫ぶ。


「頼まれて欲しいっ!20……っ、いえ!23秒!一人でッ…!」

「こいつを…、引き受けて!!」


 長引く攻防にF/ II龍の苛立ちが頂点に達し、特にミリィに対しての攻撃に躍起になり始めていた。とにかく彼女の華奢な身体に爪の一本でも届けば勝負は決まるだろうと、遮二無二に攻撃を繰り出してミリィを狙っている。その隙を後方で伺っていたティムズに対し、彼女は跳び、屈み、転がり、滑りながら伝えようとしていた。


「手はまだある!だからっ…お願い…!」


 ティムズはミリィの言葉に驚き、弾む様に回避しながら声を上げる彼女を見る。

 驚きの一つは、23秒…短い様だが、機動戦においては絶望的に長い時間……

 その間、今ミリィが避け続けている様な猛攻に耐えろ、という今の自分にはまだ無茶だろうという注文であること。二つ。そんな猛攻を華麗に回避しながら、切れ切れであるにしても的確に言葉を上げるミリィの器用さに改めて驚いていた。


 しかし、次の瞬間。

 ミリィの眼前をF/ II龍の前脚爪が掠め、彼女のゴーグルが弾け飛ぶ。

 前髪の一部が散り飛び、金色の飛沫が光を反射したのが目に入る刹那。

 ティムズはミリィの願いに応えるため、だけではない理由で、飛び出していた。


「う、お、おおおおおおおぉぉッ!」


 雄叫び。ティムズは腹の底から全身を震わせて叫びながら、F/ II龍へと突っ込む。

 その気配…気合、に気付いたF/ II龍が頭を上げ、今までとは更に違う、明らかな攻撃の意思を以て跳ね駆けてくるティムズを捉え、爬虫類型の龍特有の瞳孔を細める。


「……!」


 ミリィは若干離れた後方に跳び下がり、顔を上げる。

 細い金眉の上に、一筋の赤い線が走り、そこから血が滲み出した。


 彼女の眼が、猛進してくるティムズを一瞬見て、ミリィをして「なんて無謀なの、そういう事じゃないのに!」と言わんばかりに表情を歪め、そしてそれを待ち構えようとティムズの方に気を取られた龍に向けられる。無謀だが、確かにこれで時間を作れる。今だ。


 彼女は、すう、と息を吸い、眼を瞑った。


 ――――――――――――――――


 待ち構えている野生の獣に正面から突っ込むなど、正気の沙汰ではない。

 しかし得てして、正気ではないと思われる者が真っすぐに寄って来たら、その狂気に怯えてしまうこともあるかもしれない。F/ II龍もまた、ティムズの狂気に近いものを感じて、その時初めて怯んだ様に、半歩を下げていた。


 ミリィは立ち止まったまま、幻剣の刀身に当たる光に指を走らせ、いつか見せた高位法術用の言語補助、を始める。完全に静止して、精神を集中し、霊葉を駆使して、法術式の効果を高めていく。


「―—寸善尺魔を断ず、風無くば、我が刃こそ天地舞う風、月より暗く、空より蒼く、血より紅く」


 ミリィは言語補助による術効増加は不得手だった。一点に留まり闘う例が少ないレンジャーという職種ではあまり意味のないもので、パシズもこれを重要視はしていない。だが、今、最も生き延びられる可能性が高そうなのは、この手しかなかった。


 もう少し。


「ここに荒風あらかぜ暗凪くらなぎ。カフヤの月在り、ウパスの海満ち」


 あと少し。


「アルンより出で、レーヌにて閉じ、万流の羅は……」


「……」


「……あ」


 まだ15秒の時点で、詠唱の最中さなか、何故それを止め、眼を開けたのかはミリィ自身にも分からない。しかし、何かを感じ、眼を見開いたミリィの視線の先に、F/II龍の尾撃の直撃を受けたティムズの身体が、宙に舞っている姿があった。



 ――――――――――――


 ティムズの身体が、遺跡の石壁に叩きつけられ、落ちる。

 周囲に、ティムズの身から離れた様々な装飾品や装備が、ばらばらと散らばる。

 尾撃と激突の衝撃に、ティムズは呻き声すら上げられなかった。

 跳躍術の制御を誤った…というよりは、制御できないほどに乱れ始めていた。

 暴走し始めたと言ってもいい。

 大きく体勢を崩したところで、遂に尾撃をもろに喰らい…やられた。


 

「ティムズ!!」


 横たわるティムズに、ミリィが我を忘れて、駆け寄ろうと身体を傾ける。


「…………!」

 ――しまった。


 倒れたティムズに完全に意識が向いてしまい、F/ II龍が身体を捻って、ミリィへ向けても尾撃を加えようとしている姿が、視界の隅に映っていた事に、彼女は気付けなかった。


 遂に見せたミリィの、隙。絶好の機会を捉えたF/ II龍の尾が迫っていた。


 それは一瞬のことだったが、それだけの反応が遅れたミリィは、それでも避けようと身を捩るも、尾は彼女の肩から背までの部分に強打を与え、背衣を斜めに裂く。



「……あ、がッ……!!」

 ミリィが苦悶の声を上げ、彼女の小さな身体が、二度、三度と地面の上を跳ねて転がる。うつ伏せになり、激痛に呻くミリィ。それでも意思は立ち上がろうと、必死に彼女の身体を動かそうと抗うが、身を起こそうと腕を立てても、力は入らず、ぶるぶると震えるだけ。


「うッ…ぐぅ…っ!あうぅ…ッ…!」


 一挙に障害を排除したF/ II龍が、何処か、無邪気にも見える様子で倒れた二人を交互に見比べた後、何の迷いもなく、倒れて呻くミリィの方へ這い寄って行った。

 理由は一つ。柔らかくて美味しそう、だからだ。


 …それでもなんとか身を起こし、何処か夢を見ているかの様な表情で、ミリィは…ゆっくり、ゆっくりと這い寄ってくる龍を見つめていた。


 ……そっか、私…座り込んだまま、そして、食べられちゃうんだ。


 ――――――――――――――――――――


 ティムズはよろよろと立ち上がる。

 龍がミリィに迫っていた。

 ティムズは跳ぶ。

 手には幻剣を持っていない。先程の尾撃で取り落としていた。

 自分にはもう何もない。

 跳躍術符がまた、暴走の予兆を見せた。

 自分の弱点だ。他に手札はもうない。


 …ならば、いっそ?

 自分が持つもの、そして、無いもの、全てを利用してしまえ。


 ティムズの思考は、最早意味のないもので、理屈では説明できないものへとなっていた。ただ、今やらなければ、それこそ意味がない。


 1跳、2跳、3跳、と加速していくティムズ。足に纏う光が、青、紫…

 そして、赤、と色味を移していく。


 無言で滑る様に近寄っていくティムズの気配に、ミリィも、そして龍も気付いていなかった。龍もまた、絶好の獲物を捕食する瞬間に、完全な隙、を見せていたのだ。


 その『隙』へと。魂も肉体も、緩みと綻びが出来た瞬間、そのただ一点を穿つ様に。




「んな事させるかこの野郎!!!!!」


 一息の怒号と共に、ティムズは全速力でF/ II龍へ跳ね駆け、そしてそのままの勢いで飛び上がり、そのガラ空きの横腹へと。




 暴走した跳躍術符を開放したままの、跳び蹴りをお見舞いした。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 紅い閃光と共に跳躍符の音とは思えない大音響、そして衝撃が走り、ミリィは眩しさに顔を逸らし、目を瞑った。後頭部でまとめた金髪がざわめく。


 何が起きたのかを見定めようと、すぐに目を開け、飛び込んできたのは、勢い余ってごろごろと地面を転がるティムズと、宙に飛び、広場脇の石造りの建物の壁に激突して、がらがらと響きを上げ崩れる石積に埋もれていくF/ II龍だった。


「ティ、ム……っ!」

 声を発するだけで身体が痛む。

 ミリィはティムズが転がりつつも強引に体勢を立て直して、身を起こし、たった今、彼が吹っ飛ばしたF/ II龍の末路を見届けようとする後ろ姿を見た。


「…………」


 そして、ティムズはF/ II龍が石積に埋もれ、呻き声を上げて血を吐いた姿を見る。

 肋骨と肺をやられたのかもしれない。F/ II龍が完全に行動不能になったのを確認したティムズが、そのまま、どうっと地面に倒れ、突っ伏しながら呻き声を上げた。


「…やってやったかんな…!」


 ミリィは、ティムズが小さく弱々しい快哉を上げたその姿を、痛みに耐えながらも、呆然と見守っていた。


 ――――――――――――――――――


 パシズが左足を庇いつつその場に到着した時、目にした光景は、まさにその直後の事だった。広場の中央にティムズ、そこから数エルタ(エルタ=m)離れたところに、背中を負傷したらしいミリィ。顔は見えない。そして前方、かなりの先に、古い遺跡の壁をブチ抜いて、その石積に埋もれて藻掻いているF/ II龍。


 パシズの第一声は「な、何だこれは…?」というこの場を一言で表すものだった。

 しかしミリィの背が大きく負傷している事に気付くと、その先でぶっ倒れているティムズはとりあえず無視して、焦りながら近寄る。


「ミリィ!怪我を……」


「ううん、平気……」


 ミリィはパシズの方は振り返らず、ティムズの方を向いたままぽつりと呟く。

 パシズからは判らなかったが、到着直後のパシズと全く同じ表情をしていた。


「平気なものか!これだけの傷だぞ、手当が要る!!」


 パシズがミリィに怒声を上げながら、彼女の背に手をかざし、療術を開いた。

 パシズは歯噛みする。止血や鎮痛効果はあっても、ここまでの傷は専門の療術士でも…。ましてや自分では。


 平気というミリィだったが、背後から見える首筋は青褪め、左肩から背の真ん中へと上衣を裂いた尾撃の跡は、肌にも大きな傷を残していた。出血も平気と言えるレベルではなかったが、パシズの療術でもとりあえずの処置は出来たようだった。


「一体、何を、考えて、居るんだ……死ぬところ、だったんだぞ」


 パシズの口調が変わり、ミリィがパシズを振り返って見上げる。へたり込んだままの彼女の表情がみるみると変わり、パシズを恨めしそうに、そして悲しそうに見て、涙声の様に震え始めた。


「パシズ、なんで、来てくれなかったの……!」

「なんで、こんなに、遅かったの……!パシズさえ、居てくれたらっ……!」


「……!」


 涙こそ流してなかったが、それでも縋りつく様に、今更の様に、恐怖に怯えだすミリィの瞳を、パシズは静かに見つめ返した。


 ……そもそもパシズが止めたのに、勝手に一人で飛び出していったのはミリィの方だ。

 自分の技能に自信を持ち、一人で事態を収拾してみせると…。そして、それが自らの命を代償にすることすらあっても、彼女は動いてしまう。それなのに、パシズを責めずには居られない、というミリィ。


 ……しかし。


「……ううん、ごめんなさい。私が勝手に跳び出して行っちゃったから」

「パシズのいう事を、ちゃんと聞いてればこんな事には……ごめんなさい……!」


 俯き、ひくっ、としゃくり上げながらミリィが謝り始める。

 ――そう、この娘はこういう子なのだ。彼女は……


「……」


 パシズはミリィが言わんとしていることは十分に判っている。そして、先刻のティムズにした様に、それよりもずっと優しく、そっと、ミリィの肩に手を置いた。


 だが、やるべき事はまだ残っている。その為に、私はここに居るのだ。


「……話は、あとだ。始末を付ける」


 ――――――――――――――――――――――――


 うつ伏せだったティムズが寝返り、仰向けになって、疲労感と開放感、達成感を感じつつも、今起きたことについて思考を巡らせていた。何が起きた…と、いうよりも、自分が今何をしたのか、が理解できずにいた。


 その脇をパシズがざ、ざ、と歩き抜けていく事に気付き、歯を食いしばって身を起こす。


「……ああ、パシズ、もう大丈夫だと思います。あの様子じゃ動けないだろうし……」


 しかしパシズはティムズに応えず、石積みに埋もれ、今はぐったりとしているF/II龍の元へと歩を進めていた。



「パシ、ズ!!だめ!!!おねがい!やめて……!」


 不思議そうにパシズが歩いていくのを見送るティムズの背後から、ミリィの、掠れた絶叫が響く。パシズの目的に気付いたからだ。


「……??……?」


 しかし、パシズは、ミリィの懇願する声を無視して、彼の目的を果たした。


 背後の革鞘袋から、黒と白色の不明な素材で構成された棒、を取り出して、その先端から長く伸びる黒い術式光を現出させる。

 

 その気配に気付き、その恐怖から逃れようと必死に足掻いて、悲鳴にも思える鳴き声を上げるF/ II龍の頭部に、パシズは、それを突き、撃ち込んだ。


 対龍装備。禁具。ドラゴンスレイヤー。名前は何とでも呼べばいい。

 パシズは、隠し持っていた龍殺しの槍、で、F/ II龍を、殺した。


 ――――――――――――――――――――――――


 ティムズは、パシズがたった今行った事をどう捉えていいのか判らずにいた。


 ミリィは、パシズがF/II龍に止めを刺した瞬間、顔を伏せ、ぶるぶると震え始めていた。ティムズがそれを振り返り、彼女の様子を不思議そうに見ていた。それに、あの震え方は。


 ……まるで、自分の様だ。あの時の。


「……ミリィ」


 ティムズがミリィに声を掛けようと口を開く。

 同時にミリィが叫ぶ。


「……!なんで!なんでよ!!」


 パシズが何の感情をも込めず、冷静に応えた。それでもミリィは納得行かないように、怨嗟の声を返す。


「こいつは三項だ、判るだろう。放っておけば更なる人的被害が出る可能性が高かった。故に、駆除権限を行使した。以上だ。報告しておけ」


「でも、この龍は。誰も……まだ……」


 ティムズは困惑する。『まだ誰も殺してない』と言いたいのだろうか?

 たった今、数分前には喰われそうになったところだったと言うのに?

 つまり、今のやりとりは『何もしてないから逃がしてあげて』という事か?


 ティムズの困惑が、軽い怒りに変わっていく。

 そんな馬鹿な、在り得ない。こいつは狂暴な龍だったじゃないか。

 実際に「俺だって死にかけたんだ。それなのに!」逃がしてやれだって?

「頭がどうかしてるんじゃ」ないのか?「パシズの言う通りだ」ここで仕留めておかなければ今度は人が死んでいたかも知れない!どういうつもりなんだ。

「一体、何を考えて……!」


 そこでティムズは、自分が思考の一部を口に出してしまっていた事に初めて気付く。


「……………」


 ミリィは打ちのめされたかの様に黙ったままだった。


「……」

「……」

 パシズも、ティムズも、それ以上は何も言わなかった。

 パシズは言わなかった、のだろうが、ティムズは、言えなかった。


 そして、ミリィがぽつりと、呟いた。

「うん、そう…その通りよね。ごめん…」


 また暫くの無言の間が続き、やがてミリィが静かに言う。


「……イーストオウル、きみの馬、どっか行っちゃったみたいだから、ちゃんと、見つけて、連れて帰ってあげてね、今もどこかで怖がってると思う」


 これにはパシズが応えた。

「……俺が探して帰ろう。周辺にF/ II級が居ないとは限らない……お前は、本部までミリィを送って行ってやってくれ」


「……はい」

「さあ、ミリィ」


 ティムズはミリィに手を差し出して、歩くのがきつければ肩を貸そうか、と申し出たが、ミリィはそれを無視し、ゆっくりと、一人で歩き出した。


 本部施設へに戻るまでの間、二人は一言も話さなかった。

 ただ、本部施設に到着し、ミリィの怪我に気付いた職員が大慌てで療術士を呼び、ミリィを治療する為に彼女を連れていこうとした時、その別れ際に「助けに来てくれてありがとう」と小さく、しかしはっきり呟いたのを、ティムズは聞いた。


 ――――――――――――


「―—ってことは、結局どうやってF/ II級を『蹴っ飛ばした』のか覚えてないって訳?」


 目の隈が以前より濃くなったように見えるレッタが、ティムズが話した、今回の件のあらましを聞き終えると、困惑した顔でティムズに尋ねる。

 

 レッタはこの数週間、マリウレーダ素体基部の再起動の為の『再計算』が難航していて、今日もずっとメモに釘付けになっていたが、ティムズが行った『跳躍符を使って龍を文字通り、蹴り飛ばした』という話には興味をそそられたらしく、メモそっちのけでティムズを質問責めにしていた。


「ええ。何て言えばいいかな……跳躍符しかもう無かったし、それで蹴ってしまえ、って思っちゃったんですよね、それ以外はあんまり……」


「物理的に在り得ないでしょソレ。体長八エルタの龍の質量よ?そんなもんを蹴っても吹っ飛ぶのは普通、あんたの方だし、足だって無事で済む訳がない……絶対おかしい。納得できない……!」


 レッタが口に手を当ててぶつぶつ言い、ぼさぼさ頭をばりばりと掻く。

 レッタが本気で考え事をする時の癖だ。こうなると手が付けられない、とティムズも判ってきており、それにはもう応えない事にする。


 ―――――――――


 今回の件が終わって、翌日のマリウレーダ隊の定例会合の席で、パシズから、『ティムズがやってやった』件について聞いたマリウレーダ隊の皆は大いに興味を持ったようだ。ミリィの怪我は深いと思われたが、軽く数針を縫った程度で済んだようだった。明日には病棟から戻ってくると聞いて、隊の皆は一安心していた。


 ぶつぶつ言っているレッタに、いつもの頭の後ろで腕を組んだ、いつものだらけた座り方で、いつものにやつきを浮かべたタファールが口を出す。


「判らない事は判らないと認めるんじゃありませんでしたっけ?レッタ先生」


「それとこれとは違うの!ああもう!余計な事に気を取られてる暇は無いのに……」

「……でも、もし理論を解明して応用、実用化できれば強力な術……技に出来る気もするのよねえ」

 

 レッタの言葉を聞き、タファールが更に乗って話を拡げる。


「いいねえ、必殺技って奴じゃん。名前つけようぜ、ティムズキック!ティムズシュート?うーん…ティムズ式跳躍符反動三段蹴り!どうよ」


「何馬鹿な事を言って……あ、良いわねソレ、必殺技。私も名前考えたい」


「どうせならもっと格好いい名前が良いですね、俺は」


 レッタも何故か興味を持ち、ティムズも冗談めいた応えを返した。


 ―――――――――――――


 ミリィは、療術棟の一室でベッドに横たわり、ぼうっとしていた。

 そこにノックの部屋が響き、パシズが静かに入ってくる。


「………具合はどうだ」


「………」


 応えないミリィ。パシズも押し黙ったまま、部屋は無音に満ちていく。

 そしてやがて、ミリィがぽつりと、まだ掠れている声で尋ねる。

 パシズは暫く黙ったまま。嘘はつけぬ、と決した低い声で応えた。


「……対龍槍、持ってたの……?なんで、黙ってたの?」


「……お前の前では使いたくなかった」


 パシズの答えにミリィは目を見開き、鋭く起き上がろうとするが、傷の痛みに呻いて、またベッドに倒れる。そして涙を浮かべた目で、パシズを…睨んだ。


「……また!また、龍を殺す、なんて!どうして…!」


「……ああしなければ、あの龍はまた人を襲った。森牛の姿を忘れてはいまい。

 想像してみろ、お前の知人…マリウレーダの皆…そして、お前自身の姿だったのかも知れないのだぞ。そして忘れるな、これもまた、私達の任務だ」


「………!でも、でも……!」


「……もう寝ろ、寝たら忘れる。お前はそういう奴だ」


「うるさい……うるさい!もう帰って!」


 毛布を被り、丸くなって怒りに震えるミリィを、パシズは、その灰色の両眼で、冷たく……しかし何処か、憐れむ様な視線で、見下ろしていた。



 ――――――――――――――――――――――――




           はぢまった

           はぢまった

         すべてに、ひとしく

         あまねく、いのちに

          もう、とまらぬ

          もう、とめられぬ

     はぢめやう、りゃうびとの、ことがたりを





         第四龍礁テイマーズテイル  

          第二節『接近遭遇』                  

                    了

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