第二節6項「定例会合 2」

 こほん、と咳払いをし。

「では、改めて……ティムズ=イーストオウルをマリウレーダ隊の二級隊員として、私、ビアード=ピアスンは認可する……」


 ティムズがようやく自分の正しい名前を伝え、やっとミリィの(いつものことらしい)名前間違いに気づいたピアスンは、少しバツの悪そうな声で、改めてティムズの配属を宣言した。


 ミリィは自分のミスを誤魔化ししたい、と言う感じで、斜め上方に視線を泳がせている。パシズがミリィを見咎める様に厳しい目線を投げていたからだ。


「さて、この案件はこれで良いとして……パシズ。お前の報告も聞いておかねばな」

 ピアスンが松葉杖のパシズを向き、声を掛ける。


「……ん?あ、ああ。そうだな」


 ミリィをねめつけていたパシズが一瞬遅れて返事をし、他のクルーと同様に、自らの近況を報告し始める。

 任務口調……と言うのだろうか、形式ばった回りくどい語句の羅列で語るが、普段の口調とさほど変わらないものだった。


「船外活動担当、及び副隊長、パシズ=バウル。先日の対F/III級との交戦で負った左脚脛部外傷骨折により、現在は治療とリハビリの為、本部隣接の治療施術棟に入院中。その過程で、治療施術棟の女性職員諸氏から要請を受け、彼女らの勤務中の間、彼女らの子息の面倒を見る事になり、本日も彼等の安全保持の為、監視を行った。そして…」


「……パシズ」ピアスン。


「彼等の幼年期の子供特有の好奇心を満たし、彼等が沸泣ていきゅうして場が混乱する事を防ぐ為、幼児向けの簡易的な書物の内容を語るなどして、更に……」


「パシズ!その件については、もう……いいから。」

 ピアスンがパシズの説明を打ち切る。


 状況を彼なりに正確に、事細かに説明しようとするパシズの癖だったが、止めないとあと数分は続くのが毎度の事だったので、定例会合のたびにこのやりとりが行われるのが慣例のようなものになっているらしい。


「む、すまない…得tん」

 一応はその癖を自覚してはいるらしく、ぎゅっと口を噤むパシズ。

 その様子を、さっきまでパシズに睨まれていたミリィも口元を拳で抑えくすくすと笑ってしまっているし、タファールは満面の厭らしいにやつきを浮かべている。レッタはあんまり聞いてないようだった。


 ティムズもこの厳つい真面目な男の報告から浮かぶ光景を想像し、可笑しさがこみあげてくる。つまり、病院の看護師さん方から彼女らのお子さんたちの面倒を見てくれと頼まれ、今日『も』絵本を読み聞かせてあげていた、という話らしい。


 そして全員からの報告を受け終えたピアスンは、先刻のレッタの話の続きを促す。


「レッタ。先程言いかけていた件の続きを聞こう。マリウレーダの件について」


 ピアスンが、レッタが「長くなりそうなので、あとで」と言っていた件についての続きを聞くために彼女に声を掛ける。メモから目を上げ、レッタがピアスンに応じた。


 ピアスンにとっても、クルー達にとっても、パシズの『幼児を対象とした保守監視における一連の経過報告』(子守)よりも、マリウレーダの復旧作業の現状、の方が重要だった。ただ、マリウレーダの件が無ければ、面白いのでパシズにあのまま喋らせておいたかも知れない。


「あ、はい。では」

「えー……先刻お伝えした通り、物資の搬入が再開されたので、主要な外装版、及び付随する各種工学機構の部品の交換については目途が立ちそうです。遅くとも三週はかかりません」


「おお」


 ピアスン、そして隊員たちからそれぞれの声が上がる。

 ティムズも思わず一緒に言っちゃう。結構大きめに。

「おお!」「……すいません」


「ただ……今回の襲撃で度重なる雷撃を受けた結果、外装だけではなく、機体基幹部を構成する主要な魔導霊基システムにも影響が出ている事が判りました」


「………」


 一度は遂に、また大空を翔る任務に戻れる(または、地上勤務から解放される)という期待で顔を明るくしたクルー達の表情が曇る。

 ティムズは聞き慣れない単語が飛び出したのでなんのこっちゃ、という感じでクルー達を見回し、そしてレッタの言葉の続きを待つ。


 この世界における『魔』とは基本的に、その理屈が解明できていない現象に冠される言葉であり、砕いていうと『なんでそんなことになってるのか訳わかんねえ』というものに対して使われる言葉だ。


 マリウレーダを含む楊空艇も、外装や歯車などの理術工学に基づく部品群こそ現在の技師たちにより設計された物で構成されているが、機体本来の基礎と、航行に必要な推進力を担っている主要機関霊基は、三百年前の『大戦』当時においての技術の結晶であり、当時の、現在より遥かに強力、且つ複雑な法術理論に基づいて造られたそれは、"天才"を自称するレッタですらも未だ解明の糸口すら見出せない代物だった。

  

 各国は現存している楊空艇の解析と研究に多大な力…労力と時間と予算を費やし、その技術を蘇らせようとしているが、未だどの国も新規の機体の建造を成功させられずにいる。


 ――――――――――――


 表情が陰ったクルー達の反応を見て、レッタの解説が続く。


「つまり、現在私達が扱う各種法術の通常履行では再起動に成功する確率は多分に低く、正規の稼働手順を踏むには、古い法術…いえ、最早魔術…魔法と言っても良いかもしれないものが要求されます。…まあ、私はそんなもん信じてませんけど。とにかく、現在操舵に使っている法術式から逆算して、それを元に再逆化性具象術式リバースコンバートを応用すれば、今までと同様の航行が可能になるところまでは持っていける…と、思われます…」


 語気が弱まるレッタに、唐突にミリィが不思議そうに語り掛けた。


「レッタらしくないなあ。『思われます』だって」


 レッタがミリィを振り返り、困った様に笑う。

「……あのねぇミリィ。これは本当に難しい話なのよ」


 まるで我儘を言う妹を諭すかのように応えるレッタに、ミリィもまた、姉にちょっとした我儘を言う妹の様に、悪戯っぽく笑って返す。

「いつも言ってるじゃない!

『出来て当然か、出来なくても出来るようにするか、どちらかだ』ってさ」


 ミリィの挑発めいた応援?に、レッタは一瞬口を半開きにして、意表を突かれたようだった。しかしすぐににやりと笑い、ピアスンに向き直すと、指で眼鏡をくいと上げ、いつもの不敵な笑みで、言い放った。


「……お時間さえ頂ければ、ですが、やれます」

「魔術だろうが魔法だろうが私の理術力の前では無力だって事を思い知らせてやりますよ、ええ。私には、それが出来る」



 ―――――――――――


 重要な項目については粗方話し終え、クルー達はその後は割とどうでもいい話に明け暮れた。例えばマリウレーダについてもっと詳しく知りたい、とティムズが皆に尋ねたところ、聞けた話の一つに、マリウレーダという名前、についてのものがある。


 正式名称については日中に聞いてはいたが、話によると、最初のうちはもっと親しみを込めて「マリー」という愛称で呼んでいたらしい。しかし音節も発音もミリィと似ており、ミリィが自分の名と聞き間違えることが幾度もあって、更にマリーと言う名は広く一般でも使われている名なので、実際に龍礁には6名のマリーという名の者が存在しており、うち5名は女性。その中の一人はティムズが出会った受付の口調がおっとりした女性で、他の隊の船にもマリーという名のレンジャーが一名乗っている。そして更にまだ赤子を含む三名のマリーが居て、そして最後の一人は『アタシのことはマリーと呼んで』と言い張る男性職員だった。

 

 混同を避けるため、正式名称を若干崩したマリウレーダ……と呼ぶ様になった。という様な本当にどうでもいい話が大半を占めていたが、レッタは楊空艇に関することとなると目(と眼鏡)を輝かせて、ティムズに色々と、専門用語全開の解説をしてくれていた。


「……それでね、主翼にあたる中央部大翼にはフラップが格納されていて、それが伸縮する事によって速度と揚力を制御できるのよ、これは最近になって空気力学の理論が発達してから増設されたものでね、空中の機動性においてはこれがまた抜群の…」


 ティムズはそれを前のめりで熱心に聞いていた。

 新人として、先輩が語る知識を全て吸収していこうという前向きな理由であるし、ていうか正直こういう話は大好物だ。それがまたレッタを増長させ、更にまたマリウレーダが持つ特性についての話を引き出す、という(悪?)循環を生んだ。


 最初はティムズと同じくレッタの話を聞いていたミリィだったが、興味はいつだかのマリウレーダの急降下なみに急速で降下していき、ピアスンと何やら会話していたパシズの方にすすすと寄ると、会話が終わるのを見計らって、松葉杖に目を落としながら話しかける。


「怪我の具合はどうです?パシズ」


「ああ、もう殆ど大丈夫だ。昔はあれしきで怪我などしなかったし、したとしてもすぐに治ったものだったがな…俺ももう歳だ、という事か」

 パシズはそう言うが、通常、骨折の完治には、リハビリを含めると2か月ほどかかる。法術を援用した即席の応急措置的なものや、治療支援術のおかげもあったとは言え、パシズの骨折はもうこの時点でほぼ完治に近い状態だった。それはパシズ自身の言葉を借りると、鍛錬を重ねに重ねた自らの屈強な肉体、そして気合と努力と、あと根性の賜物で、並の人間には真似できまい、という言い分だったが、大抵において、その並の人間の答えは、そんな化け物染みた身体は御免被りたい、並の人間で居たい。というものだった。

 

 常人の倍の速度でみるみる快復し、パシズは退院は当然だろうと施設を出る支度を始めるが、これに慌てたのは治療に当たっていた療術士たちで、『そんな訳ねーだろ』と言わんばかりに(実際に言ったという)彼を押し留め、規定の治療期間を遵守するために療術棟に引き留める意味合いも兼ねて、普段は本部の託児所に預けている子供たちを一時的にパシズに押し付け、彼をしようと結託する。


 如何にもな風体と厳めしい言動で初見の人間には必ず恐れられるパシズだったが、頼まれてしまうと明確な理由無しにはそれを断れない…特に子供絡みでは――というパシズの人となりを知る術士たちの、治療を続行するための策だった……という事は、流石にパシズにも判ってはいたものの、マリウレーダが復旧するまでは退院してもする事はあまりないしな、と思い直し、これを受ける事にしたのだった。


 以上が、パシズが『幼児を対(略)子守』に当たるに至った経緯である。

  

 その頑強な肉体を以て子供程度なら二、三人軽々と持ち上げてみせるパシズは、子供たちに大人気だった。しかし余りにも人気になりすぎ、次々と津波の様に押し寄せて、『抱っこ』をねだる子供たちの群れ。そしてそれを無碍に扱えないパシズ。だが、彼はそもそも骨折しているのである。連日の無理が祟り、本来は普通に完治していたはずのパシズの左足の治療期間は、結局、通常の成人男性がそれに要する期間より少し短い程度には長引いてしまった、という顛末であった。


「今ですらびっくりするくらい早いのに、それよりも早く?」

「どういう身体してるの……?」


 ミリィが少し恐怖を感じた様に無意識にパシズから一歩離れてその顔を見る。これが並の人、の反応だ。パシズはそれは無視して、ミリィにいつもの眉をしかめた目線を向ける。


「それはどうでもいいが、お前、最近慣れ慣れしすぎやしないか」


「え?そうですか?」


 一か月前の事件でおっさん呼ばわりして以来、他のクルーに対するのと同じ様に、パシズ相手にもたまにタメ口を利くようになっていたミリィ。自覚はないらしい。


「あのなあ……まあ良い。気を付けろ」


 パシズ自身の倫理観では、隊で一番(今はティムズが居るので二番だが)若年のミリィには、やはり任務中以外でも敬語を使ってほしいと思う所もあるし、彼女も流石に船長であるピアスンに対しては常に必ず敬語で接している。


 ただ、パシズに関してのそれ、は、ミリィなりの親近感の現れであり、それだけ彼女が自分の事を親密に想ってくれている、という事でもあるとパシズも判っていたので、悪い気はそんなにしていなかった…という事は絶対に彼女には伝えまい、と決めていた。



 その一方でレッタはまだつらつらとマリウレーダについて語っていた。

 ティムズもうんうん、と頷きながら飽きずに訊いていた。


「―—そしてマリウレーダには他の隊の船と違って、前部と後部にそれぞれ更に設置された補助翼があって、これはアダーカにもない最新の可変翼なの!これによって…」


「そう言や、アダーカの連中は何て言ってました?」

 レッタの説明に含まれていた名詞と思われる言葉に、それまで死体の様にソファに埋もれていたタファールが反応してむくりと起き上がり、レッタの話を遮る様に、(わざと、らしい。うるさいと思った。と後にティムズに語った)ピアスンに声を掛けた。


 それまで饒舌に語っていたレッタが、少し機嫌を害した様に顔をしかめる。

 ここから更に盛り上がる予定だった話の腰をタファールに折られたせいでもあり、アダーカ、という名前を聞いたせいでもあった。ピアスンはパシズと共に先程まで『アダーカの連中』の元に赴いていたらしく、それについて語る。


「ああ、我々の船が修復を終えるまで、代わりに担当区域を兼任してくれているが……まあ、だろう。『我々の仕事を増やして頂き、ありがとうございます』と言われたからな」


「連中らしいや」

 それだけ返し、再びソファに沈んで目を瞑るタファール。目的は達した。


「いやー申し訳ありませんネー、お仕事増やしちゃって心が痛みマース」

 適当に言うミリィ。絶対に本心ではそう思っていない。


「やらせときゃいいのよ、あいつら、いっつも船の性能を自慢ばっかしてるし」

 不機嫌さを宿したままレッタが言う。


「あのお……アダーカ、って別の隊の名前ですよね」

 色々と話を聞き、固有名詞も朧気に把握してきたティムズが聞く。恐る恐る。

 クルーの態度からすると、機嫌良く話してくれる話題ではなさそうだった。


「んー……まあ、会ったら判るよ」タファールは目を瞑ったまま言う。

「そーね」レッタ。

「仲良くできたら、もちょっとお互いに楽でき……助け合えると思うんだけどナー」ミリィ。


「……お前達はもう少しこの件について真剣に考えろ。仮にも我々の尻拭いをしてもらっている立場なのだぞ」

 三人の適当な態度を窘めるパシズ。


 ピアスンは黙ったまま「まあ、言わせておけ、気持ちは判る」と言いたげに首を軽く振っただけだった。


「あんな連中、F/III龍にケツからやられちまえばいいんすよ」


 品の無いタファールの暴言に、パシズが厳しい目を向けて語気を荒げる。


「お前は特にだ、タファール!」


「……俺はいつでも大真面目ですよ。でも、モノが無ければ動けないんです。モノっつうのは情報も含まれる。俺は情報解析が専門だし、船が無ければ情報もない。どうしろって言うんすか。船が直るまではこうやって食って寝て、鋭気を養っておくのが賢いってもんでしょう」


 タファールは目を瞑ったまま、パシズに返す。

 彼は確かに、彼なりの、真面目な道理に基づいて動いていた。



 ―――――――――――――

 

 ……ピアスンに制され、最後まで語る事はなく、その後のマリウレーダに関する話題、その他諸々で、パシズ自身もすっかり頭から抜けてしまっていたが、パシズは自身の報告の直後に、気がかりに思えた次の事実を語るはずだった。


 件の子供たちがパシズに語ったところによると、その多く…いや、全ての子供が、最近、同一の内容の夢を見る様になっているという。

 

 「おそらをね、しろくてきれーなりゅうがね、にひきとんでるの!そしたら、そのりゅうがぴかーってひかって、みえなくなっちゃって。でもねー、そのあと、まっくろなりゅうが、おそらからふってくるの!」

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