「ねえ、薫。私と友達になってよ」

 と森の中を歩いている途中で、ちょっとだけ恥ずかしそうな顔をしながら椿は薫に言った。

『……友達、ですか?』

 いつの間にか、暗く湿った雨上がりの夜の森の大地の上を歩くのではなくて、自然と椿の肩の上に移動をしていた薫は、(椿にはそうした、なんだか人と人との心や体の距離を自然と近くさせるような、優しくて温和な雰囲気があった)椿を見てそう言った。

「そう。友達。『私たち、友達になろう』よ」と椿は言う。

 その明るい声と表情は、もう薫がこのあと椿の希望通りに『いいですよ。友達になりましょう』と答える前から、二人がもう友達になっていると確信しているような気持ちが見て取れた。

 でも、実際の薫の反応と言葉は椿の希望とは違っていた。

『それは、……だめです。できません』

 薫は言った。

「え?」

 すると、(案の定、薫の予想通りに)椿はひどく(泣き出す寸前のような)悲しい子の顔をしてそう言った。

「……どうして? 理由は?」

(もしかして、私のこと、嫌いなの? と、心の中で椿は思った)

 さっきまでの大きな声とは違って、とても小さな声で椿は言う。

『違いますよ。私は椿のことが大好きです。私と椿が友達になれない理由。それは、私と椿では『住んでいる世界が違う』からです』

 と薫は言った。

「住んでいる世界?」

 薫に大好きです、と言われて明るくなった椿は言う。

 ぱきっと椿のスニーカーの下で、踏んでしまった森の木の枝が折れた音がした。……昨日は、本当にたくさんの雨が降った。森はまだ雨に濡れたまま。木々の緑色の葉や草木は、じっと湿っている。「……あうー」と、遠い夜の闇の中から動物の遠吠えが聞こえた。その声を聞いて椿はびくっとその小さな体を震わせた。

『あなたの踏み入れた世界は、こんな風に危険がいっぱいある場所です。怖いですか? 椿』と薫は言う。

「怖い? ……ううん。全然。怖くなんてないよ」

 震えた声と震えた笑顔で、椿は言った。

 そんな強がっている椿の顔を薫は見る。

 椿の後ろには、暗い森の木々の隙間から、とても美しい、とても綺麗な、夜空に輝く星と、それから明るい月の姿を見ることができた。(それはきっと、この子を守ってくれる希望の光なのだ、と薫は思った。この子は、確かに『なにかに守られている』)

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