椿は薫と話をしながら足を元気に動かし続けて、どんどんと森の奥に、奥に向かって、ときどき明るい歌を歌ったりして、とても楽しそうに椿は暗い森の中を歩き続けた。(でも、その小さな体はときどき、ぶるっと震えたりしていた。明るい歌は、意地っ張りな椿の強がり、あるいは勇気の出るおまじないのようなものなのかもしれない)

 椿が歩き続けている暗い森の中の獣道はところどころ、二つに分かれているところがあった。

 道が二つに分かれている場所に着くと「どっちの道を進めばいいんだろう?」と言って、椿は足を止めて悩んだり、くんくんと探している楓の匂いを感じることができるか、夜の森の澄んだ(雨の匂いのする)空気を嗅いでみたり、じっと耳をすませて楓の声が聞こえたりしないか、確かめてみたりした。

 そんなとき、薫は『こっちの道が正解です』とか『今度は右、……いや左の道が正解かな?』とか言って、その二人のであったときの言葉通りに、道に迷っている椿の道案内役を引き受けていた。

 その道の先に行方不明になった椿の友達、内田楓がいるという確証は無かったのだけど、少なくとも薫は椿よりも、ずっと夜の森の地理に詳しかったし、「うん。わかった」と言って、椿は薫の指示通りに夜の森の中を歩き続けていた。(椿が自分のいうことを聞いてくれるたびに、薫は『よくできました』と言って、まるで本物の藤野薫先生のように、すごく嬉しそうな顔をした)

 すると少しして、どこかから、ざー、と言う水の流れる音が聞こえてきた。

 どうやら近くに、水の流れている川か、あるいは滝のような場所があるようだった。

「あ、川だ。……水の勢いがすごい」

 道の先で森が終わると、そこには大きな川があった。

 それも昨日の大雨で、とても勢いを増している、増水した茶色い泥の色をした、(いつもの椿の知っている澄んでいて、穏やかな表情をした川ではなくて)とても危険な川だった。

 その川には橋がちゃんとかかっていた。

 その橋は木で作られた、古い吊り橋の橋だった。

 椿が試しにその橋が渡れるか、足を乗せてみると、ぎい、ぎい、とその橋はとても不安になるような、そんな不気味な音を立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る