19. 飢え

 少年の瞳が赤く輝き、ロビンの「身体」が宙に舞う。


「この能力は、確か……」


 ロビンは宙に浮いたまま、ぼそりと呟く。

 そのまま少年は見えない手で操るようにして、金属の塊に等しいそれをセドリックに投げつけた。


「おわぁっ!?」


 セドリックはやや間の抜けた声を上げつつも、すかさず地面に転がり、攻撃をかわす。

 ロビンの身体が地面に激突し、金髪の頭が外れてコロコロと転がる。


「おや、取り乱してしまわれましたか」


 首だけの状態で、ロビンは呑気に少年へと話しかけている。

 セドリックは慌てて首を拾い上げ、腕の中にかくまった。

 少年の方はというと、肩で息をしながら二人の様子を伺っている。


「落ち着いて話をいたしましょう」


 少年の背後に女性型のアンドロイドが姿を現す。

 どうやら、ロビンが別の「身体」に意識を移したらしい。


「……あ……『強欲』……?」


 ようやく、少年はロビンの正体に合点が行ったらしい。

 煌々と燃えていた瞳の輝きが、次第に落ち着いていく。


「あ……えと……」


 蒼白な面持ちをさらに青くし、少年は掴んだままの鉄くずを忙しなく口元へと運び始めた。

 セドリックの腕の中に抱えられている金髪の頭と、倒れた身体とを交互に見やり、しどろもどろに言葉を紡ぐ。


「……ごめん……」


 がくりと項垂れる少年。

 唖然としたままのセドリックの背後から、リチャードの声が飛んでくる。


「おーい、どうした!? 何があった!?」


 続いて、アイリスとケリーの声も飛んできた。


「何か揉め事?」

「楽しそうなことをしているではないか。わしも混ぜよ!」


 ぱたぱたと三人分の足音が近づいてくる。

 少年はヒュッと喉を鳴らすと、近くの瓦礫に慌てて身を隠した。……が、明らかに半分ほど身体が出てしまっている。


「なんじゃ、『暴食』か。久しぶりに顔を見たのう」


 ケリーの声に少年はぎくりと肩を跳ねさせ、涙目になりながらおそるおそる皆の前に出てくる。


「リチャード、あれが『暴食』の悪魔じゃ。仲間に加えるのは容易かろう」

「えっ!?」


 ケリーの言葉にリチャードは目を丸くし、少年のほうを二度見した。


「この子が!? ……いや、確かに、よく見たら眼がロビン達と一緒だ……」

「むしろ保護してやれ。一人ではいずれ、『処刑人』の餌食えじきじゃ」


 淡々としたケリーの言葉に、震えていた少年はカッと目を見開いた。

 掠れた少年の叫びが、廃墟にこだまする。


「違うッ!」


 はぁ、はぁと肩で息をし、落ちている小石をつまみ上げては口に運び……少年は、途切れ途切れに言葉を続ける。


「ひとりじゃ、ない……。兄さん……帰ってくる……」


 その両目から、涙がぼろぼろと溢れ出した。


「帰ってくるって……言った……」


 泣き出した少年を前に、ケリーは小さくため息をつく。


「……そうじゃの。『暴食』は常に、もう一体と行動していた」


 ケリーの言葉に、ロビンが頷く。


「『憤怒』のことでございますね」

「えー……えっと……なんか、あったの?」


 やけに静かになった空気に居心地の悪さを感じながらも、リチャードは踏み込んだ。


「……『憤怒』は、『処刑人』に敗北し、連行されたの」


 その質問には、アイリスが答えた。

 隻眼をふっと曇らせつつ、彼女はあくまで冷静に事実を告げる。


「帰って来れる状況じゃないのは、間違いないわ」


 その言葉を聞き、少年……『暴食』はぎりりと歯噛みした。赤い瞳が、爛々と輝き始める。


「僕は……僕は、兄さんしか、信じない……!」


 周囲の瓦礫が浮かび上がる。

 狼狽えるリチャード、セドリックとは対照的に、ケリー、ロビン、アイリスの三人は落ち着き払った様子で語り合う。


「この能力は……確か、『憤怒』の力じゃの」

「ええ。少なくとも、『暴食』の能力ではございません」

「……受け継いだってことかしら……?」

「いやいやいや! 落ち着きすぎだろ三人とも!!」


 やけに冷静な三人に向け、リチャードは慌てた様子で浮かんだ瓦礫を指し示した。


「ど、どうするんだよコレ!?」

「そう慌てるな。『暴食』が戦ったところなど、今まで一度も見たことがない」


 ケリーはそれでもなお、淡々と語る。


「もう、そろそろじゃろうて」

「……ッ、ぅう……!」


 少年の呻きに呼応するよう、周囲の瓦礫が次々に地面へと落下していく。

 少年は身体をくの字に曲げ、やがて、その場へとへたり込んだ。


「おなか……へった……」


 積み上がった瓦礫の中から、力のない声だけが辺りに響いた。




 ***



 少年はそのまま瓦礫の中に閉じこもり、姿を見せなくなってしまった。


「おーい、大丈夫だって! 何もしねぇから!」

「俺たち、怖くないッスよ~!」


 リチャードとセドリックが口々に声をかけるが、瓦礫の中からは何かをむさぼり食う音が聞こえるのみで、返事の類は一切帰って来なかった。


「こうなれば仕方がない。放っておくか」

「えっ」


 ケリーの一言に、リチャードはそちらを振り返る。


「奴の場合、放置しておいても無害じゃ。むしろ、ゴミ処理になって良いかもしれんぞ?」


 ニヤリと笑い、ケリーはそのまま踵を返した。

 リチャードはちらりと視線を瓦礫に戻し、バリバリ、ガリガリというとても「食事」とは思えない咀嚼音そしゃくおんに耳をすませる。……姿を見せない少年の存在が、確かにそこにある。


「でも……保護した方がいいんだよな」

「本人が望まぬのじゃ。それなら放っておけば良い。どうにかする義理は特になかろうて」


 ケリーの言葉に応えたのは、リチャードではなくセドリックだった。


「望んでない訳じゃないと思うッス。この子はただ、お兄さんのことが忘れられないんスよ」


 拳を握りしめ、セドリックは瓦礫の方を見つめている。


「家族を失うのはつらいッス。……俺たちで、何とかしてやれないんスかね」


 リチャードはその訴えに、胸に迫るような「何か」を感じた。

 ……まるで、セドリックが自分自身と重ねているかのような……。


「なぁ。君さえ良ければ……の、話なんだけど」


 その提案は、自然にこぼれ出た。


「お兄さんのこと、一緒に助け出さないか?」

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