12. 執着

 ケリーの創り出した幻影に翻弄されることなく……いや、正確には、フランシスはアンドロイドを一体、また一体と斬り捨てていく。


 自らが傷を負うことも厭わず、フランシスは果敢に刃を振るい続ける。その様子を、レスターは表情ひとつ変えず見つめていた。


「……死ぬぞ」


 そう語りかけたのは、フランシスに対してか、それとも……


「……ロビン、お主とて、あまり斬られすぎるのは不味いのではないか」


 見るからに動きがぎこちなくなっていく、「ロビン」に対してか。


「ヒナノは……フリーの皆様が、逃げることを……優先する、こと、でしょう……であれば、リチャードやアイリスも、今頃……避難に力を注いでおられるはず……」


 ロビンの声には明らかなノイズが混じり始めていた。「体」をいくら切り替えようが、ノイズは一向に直らない。


「時間を稼ぐ、と。『悪魔』のくせをして、随分と殊勝な心がけじゃのう」


 ケリーは呆れたように言うが、ロビンへの負担を減らす提案はしない。

 引き続き「ロビンの体」の幻影を作り出しては、フランシスに突進させていく。


「いいえ……私が……『強欲』だからこそでございます」


 ロビンはノイズ混じりの機械音声……感情の表現できない声音で、語り続ける。


「私は……元来、彼らと同じく……『フリー』でございました。私は……『悪魔』となった今でも……『フリー』で、あったことを……あの……輝かしい日々を……捨てることが、できないのです……」


 一瞬、ケリーの脳裏に違和感がぎるが、彼女はそれを見なかったことにした。

「傲慢」の名を冠する存在に、あってはならない疑念。……自らが何かを間違えている、という、可能性。


「……ふふふ……分かりましたわ」


 幸か不幸か、ケリーの思考はフランシスの笑い声にて打ち切られた。


「わたくしが『本物』を斬れば斬るほど、肉体のない『本体』にダメージが行くんですのね?」


 既にそれなりの傷を負っているにもかかわらず、フランシスは愉しげに笑っている。

 オイルや金属片に塗れた刃先はぼろぼろに刃こぼれし、切れ味を失っている。……それでも、いや、窮地に追い込まれて更に、フランシスの表情は活き活きと輝いていた。

 レスターは黙り込んだまま、屍の山に座し、微動だにしない。仮面の奥の視線はどこを見ているのかわからず、口元も相変わらず真一文字に引き結ばれたままだ。


「ならば……やることは変わりませんわ。わたくしが倒れるのが先か、『強欲マモン』が倒れるのが先か……決着の時まで、存分に殺し合うまでですのッ!!」

「……つくづく、狂った女じゃ」

「うふふ……褒め言葉ですわ?」


 ケリーはフランシスに「本物」の居場所を悟らせないよう、視線を向けずにロビンへと問いかけた。


「ロビン、リチャード達から連絡は来たか? わしは下僕達が逃げられればそれで良いのじゃがのう」

「……レスターが……動いて……いないのが、気になります」

「……そうじゃの」


「処刑人」の一人が避難した民を追っていないということは、下手をすればもう一人、「フリー」の処刑に駆り出されている可能性がある。

 アイリスは戦闘機能を兼ね備えているが、リチャードの方は、戦闘能力という点ではむしろ足でまといだろう。


「わしは下僕とアイリスの様子を見に行く。……お主のことは見捨てるが、良いか? 良いな」


 ケリーはあっさりと幻影を消し去り、くるりと背を向けた。

 後には、破損したアンドロイドの姿がまばらに残される。


「ええ……。私は……幾度となく、貴方様の……勧誘……に、失敗……して……おります。致し方……ない、こと……かと」

「そうじゃの。まあ、後はせいぜい頑張るが良い。……『憤怒』のようにならぬようにな」


 亜麻色の長髪を靡かせ、ケリーはその場を立ち去ろうとする。

 その首筋に、フランシスが刃を突き付けた。


「あら……それでは困りますわ。『強欲マモン』だけではつまらない死合になってしまいますもの……」

「悪いが、わしの知ったことではないのう」


 ケリーがニヤリと笑うと、フランシスの目前にいたはずの姿が煙のようにかき消え、異なる場所に現れる。

 去りゆく少女に向け、ロビンはノイズ混じりの声で問いかける。


「ケリー……。なぜ……嘘を、ついた……の……ですか」

「……嘘? 何の話じゃ」

「我々の……記憶……は、奪われて……など……いません……よ」


 見て見ぬふりをした違和感が、ケリーの脳裏に再び蘇る。

「悪魔」達は命を、名を、死を奪われはしたが……レヴィアタンは生前の「何か」に執着している様子をたびたび見せていたし、先程、ロビンは明確に過去の未練を語ってみせた。

 ならば……なぜ、彼女は記憶を失った?


 奪われたのでないのなら、なぜ……?


 あってはならない疑念。

 あってはならないからこそ、蓋をした可能性。

 世界から排除され、虐げられた記憶を……そんな仮説が、ケリーの胸中に厭な痛みを与えた。


「……なんじゃ。嫌がらせか?」

「私は……『悪魔』で……ございますよ?」


 睨みつける少女に、造られた笑みが向けられる。


「どうぞ……お行き、ください。避難誘導が……第一……という考えは……私も……同じに、ございます。……けれど……私……『強欲』ですので……」

「わかったわかった。みなまで言うな。無料ただでは終わらせんぞ、ということじゃな!」


 ケリーは苛立たしげに吐き捨て、その場を去る。

 残されたアンドロイドに刀を突きつけ、フランシスはつまらなさそうに口を尖らせた。


「時間稼ぎは終わりですの? 貴方は意識を完全に移してしまえば逃げられるんですもの。楽で良いですわね」


 アンドロイドは何も語らない。フランシスは心底残念そうにため息をつくと、レスターに目配せをした。

 レスターは大柄な身体をようやく起こし、大きな欠伸とともに移動し始める。


「いいえ……終わっては……おりませんよ」


 ……と、レスターの背後から、再び無機質な音声が響いた。


「……ほう。貴君、この半身ですらも操るか。


 一応は……機械……ですので。


 我、進言す。遮断は可能なり。


 番号023よ、感謝する。『強欲』よ。次はないと心得るがいい……!」


 普段の二つの人格にロビンを加え、一つの肉体の中で三人が言葉を交わす。

 燃えるように赤い長髪を視界に入れ、フランシスは再び活き活きと目を輝かせた。


「ああ……ああ! 『嫉妬レヴィアタン』!! 待っておりましたわ! また、わたくしの相手をしてくださるのですね……ッ!」


 レヴィアタンはちらとフランシスを見、クク、と笑みを零した。


「私は貴君が妬ましい」


 片方の眼に赤々とした光を宿し、レヴィアタンは前に進み出る。


「第一に、貴君は元来処刑される立場にありながら、『処刑人』の権利を有した」


 一歩、一歩と歩くごとに、踏みしめたアスファルトがみしりと音を立て、ひび割れる。


「第二に、貴君はその立場ゆえに、他者の命を弄ぶことを……公に許されている」


 真っ赤な瞳が煌々と燃え上がり、レスターとフランシスを交互にめつける。


「何より、この地獄を心より楽しみ、謳歌することができる……」


 くっ、くっ、と静かに笑い……「嫉妬の悪魔」は激情を爆発させた。


「嗚呼……万死に値するッ!!!!!」


 その咆哮に呼応するよう、フランシスも刀を構える。

 ……が、その眼前に褐色の巨体が立ち塞がった。


「……レスター様? どういうつもりですの?」

「もう、無理だろ」


 レスターは短い言葉で、フランシスの状態を告げる。

 既に彼女の足取りはおぼつかず、武器の損壊も激しく……どう見ても戦える状況ではない。

 興奮状態から現実に引き戻され、フランシスはがくりと膝を折った。


「……あら? いけませんわ、わたくしったら。いつの間に……」


 どこか、他人事のように呟くフランシスをしり目に、レスターはレヴィアタンと相対する。


「オレの番だ」


 仮面の男は言葉少なに語り、大ぶりのなたを振りかぶった。

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