11. 生殺与奪

「悪魔って、なんなの?」


 ケリーとロビンに向け、リチャードは問いかける。


「まずはそこからだよ。判断するにも情報が足りなさすぎる」


 みどりの視線が、真っ直ぐに赤い瞳を射抜く。

 ケリーは「ふむ」と告げ、思案するよう顎に指をやった。


「元は人間だったんだろ?」


 その言葉に、ケリーの目が僅かに見開かれる。


「……そうじゃの。わしらは、元人間じゃ」


 にやにやと笑みを浮かべたままの表情は、確かに引きつっていた。

 すかさず、リチャードは畳み掛ける。


「……で、知ってるわけ?」


 リチャードの言葉は、ケリーの「傲慢」な感情を少なからず刺激した。


「当然、全てを知っておる」


 それが虚栄であろうと事実であろうと、ケリーは


「具体的には?」


 リチャードはあえて踏み込んだ。

 その様子をアイリスは黙って見守り、いざと言う時のために太もものホルスターに手をかける。

 ロビンはにこやかに笑ったまま、微動だにしない。


「まさか、知らないわけじゃないよね?」


 あえて挑発するリチャードに、ケリーは「ほう」と興味深げな笑みを向けた。


「わしをあなどるか」


 ケリーの赤い瞳がぎらりと輝き、リチャードの背筋に悪寒が走る。


「ち、違うって! すごいってわかってるからこそ、その力を見たいんだよ!!」


 リチャードは冷や汗をかきつつ、言葉を連ねる。

 ケリーはその態度にフッと笑みを零し、


「まあ、隠すものでもなし。教えてやろう」


 ……と、答えた。

 ロビンは静かに顔を伏せ、「私は少々、周囲を確認して参ります」と告げる。そのまま、「今のロビンの体」はその場へと崩れ落ちた。


「……洗脳が効かぬ『要処置者』には、四つの道がある」


 ケリーはちらりと崩れ落ちたアンドロイドを一瞥したものの、特に触れることなく語り始めた。


「『処置』が成功し洗脳を受け入れるか、逃げ延びて『フリー』となるか、連合政府に取り入って『処刑人』となるか……殺されるか、じゃ」


 くるりとリチャードに背を向け、ケリーはあくまで淡々と語る。


「わしらは命を奪われた。……そして、何者かの手により名と記憶を奪われ……最後に、『死』すらも奪われた」


 人智を超え、不死の存在となったことを、ケリーは肯定的に語らない。

 抽象的な情報とはいえ、人類が下した大きな選択が「悪魔」を生み出したのだと、リチャードは直感的に理解する。


 つまりは……世界に翻弄された者の末路が、「悪魔」と称される怪物なのだ。


 だからこそ、彼らは積極的に語ろうとしなかった。

「生」という、生命が欲する最低限の権利のみならず。「死」という、生命が有する最低限約束された終焉。……その安らぎまでも、奪われた存在であることを。


 ……と、そこまで考え、リチャードは話の中のある箇所が気になった。


「……あれ。『何者か』……って……?」


 ケリーの語ったことが本当なら、悪魔を作り出した存在がいることになる。


「まあ聞くが良い。『悪魔』はみな、その『何者か』の声を聞いておる」


 リチャードの翠の視線が、ちらりとアイリスの方を向く。

 アイリスは眉根を寄せ、考え込むように腕を組んでいる。……クリスを思い出しているのだろうか。


「奴は自らを、『カミサマ』と名乗った」

「……? 神様……? それって──」


 どういうこと、とリチャードが尋ねるより前に、事は起こった。

 動きを止めていた「ロビンの体」が、カッと目を見開く。


「敵襲です。私では応戦しきれません」


 ……それだけ告げ、「ロビン」は再び崩れ落ちた。


「ルシファー様!! お助けください……!!」


 リチャードが呆然としている間に、先程ケリーによって「救い」を与えられた男が、よろめきながら転がり込んでくる。


「…………『処刑人』か?」


 底冷えするような声音が、辺りの空気を凍てつかせた。


「は、はい……! 日本刀を持った女と、図体のでかい仮面の男です……! アンドロイドが数体応戦してはいますが、劣勢で……!」

「……ふむ、あの戦闘狂たちか。まったく……わしの下僕にすらちょっかいをかけるとはのう……」


 赤く染まった瞳を爛々と輝かせ、ケリーは路地裏の外へと歩を進める。

 リチャードとアイリスも顔を見合わせ、アイリスが雛乃と連絡を取るべく携帯端末を取り出す。


「リチャード。済まぬが、大事な用ができてしまった。話はまた後での」

「……え、もしかして、助けてくれるの?」


 意外そうに目を丸くするリチャードに対し、ケリーはニヤリとほくそ笑んだ。


「無論じゃ」


 長い亜麻色の髪をかき上げ、少女の姿をした悪魔は堂々と語る。


「上に立つものは、か弱き下僕を守るものじゃろう?」




 ***




 積み上げられた屍の上、身長2メートルはあろう男が座していた。

 返り血に濡れた褐色の肉体はたくましく、血で汚れた手には大ぶりのなたが握られている。

 顔の上半分は鈍色の仮面で覆われており、白いものの混じった髭に覆われた口は、真一文字に引き結ばれていた。

 傍らにひらりと降り立ったワンピース姿の女……フランシスは、感情を見せない男に向けて、弾んだ声で語りかける。


「ねぇ、レスター様。わたくし、少々気になることがありますの」

「なんだ」

「今……どんな気持ちですの? 楽しんでるようには見えませんわ」

「だりィ」


 楽しそうなフランシスに対し、レスターと呼ばれた男はとことん無愛想な返事しか返さない。


「あらあら……でも、そうですわね。わたくしも、つまらなくて仕方ありませんわ。強くもなんともない雑魚を殺戮するほど、退屈なことってありませんもの」

「仕事だろ」

「仕事だからこそ、楽しむべきだとは思いませんの?」

「思わねェ」


 レスターはボサボサに乱れた白髪混じりの黒髪をガシガシとかき、大きな欠伸を一つ。……背後から襲い来るアンドロイドには視線すら向けず、鉈の一振りで真っ二つに破壊した。


「……まだ、いやがる」

「まったく……わたくし、嫌になってしまいますわ。一体一体はか弱いくせをして、『強欲マモン』が操ると一気に面倒になりますもの……」


 オイルの付着した日本刀を一閃し、フランシスは悩ましげに息を吐く。


「おい」


 そんなフランシスに向け、レスターが言葉少なに忠告する様子を見せた。手にした鉈で、フランシスの背後を指し示す。


「分かっておりますわ」


 死角から飛んできた炎の玉に臆することなく、フランシスは刺客に向けて優美に一礼をした。


「それが、幻であることも含めて……看破しておりましてよ?」


 対し、甲高くも凛々しい声音が響く。


「お主は、強者を求めておるのじゃったな」


 亜麻色の髪が、血臭を含んだ風になびく。


「ならば、わしが相手をしてやろう」


 血と油に汚れた刀を造作もなく振るう女に向け、

 そして、積み上げられた屍の上、気だるげに座り込む仮面の男に向け、赤い視線が爛々と輝く。


「ロビン、まだ『残機』はあるか?」

「充分でございます」


 死屍累々ししるいるいの中、首だけになったアンドロイドがケリーの問いに呼応する。


「うむ、良い返事じゃ」


 ケリーが満足げに頷くと、真っ赤に燃え上がる炎の玉が右手に、バチバチと火花を放つ電撃が左手に現れる。

 たとえ幻影の類であったとしても、激しい炎熱や衝撃が、フランシスの本能に確かな危機を訴える。


「喜ぶが良い、『強欲』よ。下僕に手を出された以上……わしも黙ってはおけぬ。特別に、力を貸してやろうぞ」

「無料でお力添えいただける、ということですね。非常にありがたく存じております」


 フランシスの背後、転がっていたアンドロイドがムクリと起き上がる。

 フランシスは静かに刀を構え、座り込んだままのレスターに蒼い視線を向けた。


「レスター様、やる気の方はいかがですの?」

「ねェ」

「それは良かった……」


 フランシスの刃が背後のアンドロイドを切り裂けば、その姿は霧のように消え去り、四方八方から別のアンドロイドが迫る。


「これで……存分に! 余すところなく! 心ゆくまで……ッ! 死合を楽しめそうですわ……!」


 いっそ恍惚とした笑みを浮かべ、フランシスは踊るように刃を振るった。

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