第15話 不測の事態

 俺はアマルティアの本を閉じた。そしてブレインとジャスミンの方へ顔を向けて、


「これは、やっぱり実際に起こった話なのか?」


「……ああ。おそらくね」


 彼女の曖昧な言い方に俺は思わず首をひねった。


「おそらく?」


「もうその当時に存在していた魔族はいないのさ。だけど資料は数多く残っていてね、そこから独自の解釈を加えられたのがその本……アマルティアのお話なんだ。だから絶対とは言わないけどかなり信ぴょう性は高いんだ。おそらく争い云々はかつて本当に起きた出来事なのさ」


  その当時に存在していた魔族はもういない? 俺はその言葉に引っかかりを覚えた。頭に浮かんだのはシルバとアヤメの年齢だった。彼らは人間の寿命の何倍や何十倍は生きているので、てっきり魔族は不老不死かと思っていたのだが……。


「魔族っていうのは寿命とかはあるものなのか? 俺はてっきり……」


「寿命というのは私たち魔族には存在はしない。ただ外的な損傷か魔力の欠乏、または呪いとかそういった類で命を落とすことはある。ただ、私たちが命を落とすこと、つまり自他の死を消滅と呼んでいるのさ」


 消滅……か。つまり、もしこの本に描かれている事が本当だったとすると、当時の魔族たちは皆消滅してしまった可能性は高いという事か。

 俺は本を閉じてテーブルに置いた。そして、もう一冊の本を取ろうと手を伸ばしたその時……、


「ちょっ!? な……!?」


 突然地面がものすごい勢いで揺れた。その揺れはあまりに激しく俺は立っていられなくなり、思わず地面に膝をついた。


「ちょっまって……地震……!?」


「二人とも、とにかく本棚から離れて!」


 ジャスミンの指示通り、すぐに本棚から離れて、近くのテーブルの下に隠れた。

 揺れは二、三分ほど続いて、そこから少しずつ落ち着いていった。そして完全に揺れが無くなったのを確認して俺はテーブルから出て、改めて周りを見渡した。部屋の中は酷い状況になっていた。本棚はくずれ、そのせいで本は地面のいたるところに落ちていた。

 ブレインも同じように周囲を見渡して、


「いやーほんと、なんというかすごい揺れだった」


 いつも通りの間延びした口調で言った。


「……本当になんだったんろうね、この揺れに……この魔力。とにかく外に出よう」


 俺は持っている本をテーブルに置いた。本来なら本棚に戻すべきなのだろうが、本棚はみんな倒れているので戻しようがない。そして俺は二人の後を追うように部屋から出ると、廊下には多くの種族達が出口へと向かっていた。正直この建物内にこれだけの数がいるとは思わなかったので驚いた。

 出口付近では、先ほど会った受付嬢が皆に指示を出していた。彼女の話によるとこの地震の原因は不明で現在調査中とのことだった。それから俺達は彼女の指示通り大人しく建物内から出た。


 外に出ると、案の定、町の様子も先ほどまでとは一変していた。住民達の顔から不安と動揺、そして困惑の色が見えた。そんな周りの様子を見てブレインが真剣な面持ちで口を開いた。


「……かける、少し予定変更で、これからこの町の代表者に会いに行ってもいいかい? 図書館にはまた後日こよう。入場券ももらったから」


 ブレインの言葉に、俺は「ああ、もちろん」と言って頷いた。反対する理由はない。ただ、入場券とは何のことだろうか。そんな疑問にジャスミンは一枚の紙を取り出して、


「これ。最初にこの図書館に入館するときに渡されたんだ。一度入場料を支払えば五十夜の間この紙を提示すればいつでも入る事ができるんだ」


 そういって見せてくれた。確かにあの時ジャスミンは受付嬢から一枚の紙のようなものを受け取ってはいたが、てっきり俺はレシートか明細書的なものかと思っていた。



 こうして俺達は不測の事態のため図書館を後にして、急遽この町の代表者のところへ向かう事となった。その途中で俺は、


「その代表者っていうのはどんな人なんだ?」


 会えばすぐにわかる事なのだが一応聞いておいた。もし相当な変人であった場合、表情や言葉に出てしまい、初対面から失礼な印象を与えかねない。

 その問いに対してジャスミンは一呼吸おいて、


「人じゃないんだけどね。でも……そうだね、まだ名前も教えてなかった。この町の代表者だけど、ドンさんっていう方なんだ。少し大雑把なところもあるけれどいい方さ。きっとかけるの力にもなってくれると思う」


 ドンさん。名前からは力自慢の大柄な男の姿が思い浮かんだ。ただ彼女がそこまで言う以上、信頼できる方なのだろう。


 しばらく歩いていると大きな広場の前までたどり着いた。見たところその広間には目の前に大きな門があるだけで他には何も見当たらない。こんな場所にドンさんとやらがいるとは到底思えなかった。

 しかしブレインとジャスミンは構わず門の中へ入っていったので、俺も後に続いた。そこからまたしばらく歩いていると、今度は地下へと続くらせん階段があった。俺達はその階段に足を踏み入れて五分ほどかけて階段を下りきった。

 そしてまた二人が歩き始めたので、俺は思わず二人の背中に向かって疑問を投げかけた。


「……ドンさんってこの先にいるのか?」


 別に二人を疑っているわけではなかったのだが、せめてあとどれくらい歩けば、目的地へ着くのかだけは知りたかった。俺の言葉を受けて二人はほとんど同時に振り向いた。そしてジャスミンは笑いながら、


「さすがに疲れたかい? でももうすぐだから我慢してほ……」


 ジャスミンの声は途切れ、そして彼女は再び顔を前に向けた。そんなジャスミンの行動に疑問を覚えた俺は二人の前方に視線をやると、一人の小柄な少女がこちらに近づいてくるのが分かった。

 少女は目の前まで近寄ってくるとそこで歩みを止めて、三人の顔を交互に見つめながら、


「マドリアの村の使者の方々ですね。ようこそお待ちしておりました」


 金髪の少女が笑顔でそう言った。




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