第14話 むかしむかしの物語

 俺はブレインから受け取った二冊の本のうちの一冊を近くにあった机に置いた。そしてもう一冊を手に、ゆっくりとページを開いた。



 ――この世界では赤い空が広がっているそうです。どうして、このような曖昧な表現にしたのかというと、僕はずっと地下に暮らしていているので、実際にその光景を見たことはないからです。


 ――お母さんもお父さんも言いました。絶対に外には出ちゃだめだと。「なんで?」と聞いたら「外にでると悪い子になってしまうから」言っていました。


 ――だから僕たちは、長い間ずっと地下で暮らしていました。


 ――僕たちは魔石が無いと生きていけません。その魔石も地下でとれるものには限界がありました。このままでは僕たちは皆消滅してしまいます。けれど、どうしようもありません。僕たちはただ地下を掘り続けて、魔石を探すほか生きる道はありませんでした。


 ――そんな時、一人の博士がそんな現実を変えてくれました。突然お母さんが僕の手を引っ張って僕を外に連れ出してくれました。僕は初めて外に出ることができました。僕たちは喜びました。ただただ喜びました。中には涙を流している魔族もいました。


 ――後から聞いた話で、その博士が赤い空に隠れていた大きくて丸い物体に膨大な魔力をあてたそうなのです。そうすると、その丸い物体はたちまち光を放ち、赤い空を浄化してくれました。


 ――僕たちはその丸い物体に名前を付けました。セレンと。


 ――それから数年が経ちました。地上に出たことを境に僕たちの生活は豊かになりました。それはセレンのおかげです。セレンが僕たちに魔力を与えてくれたからです。僕たちはセレンに向かって手を掲げるだけで好きな時に好きな量の魔力を補給することができるようになりました。おかげで僕たちは魔石を探す必要もなくなったのです。


 ――僕たちは、ここ数年がたくさんの仲間が増えました。理由は魔力不足の問題を解決したことで、子供を作る魔族が増えたことと、地上に出た事で他の種族との交流が盛んになったからです。


 ――そうして、この世界に平和で幸せな日々が訪れるようになりました


 ――けれど


 ――そんな幸せな日々は長くは続きませんでした。理由は僕たち魔族の数が増えすぎてしまい、セレンの力が追い付かなくなってしまっているという事でした。これでは僕たちは十分な魔力を蓄えることができません。 

 そこで一つの規則を作りました。それは僕たち魔族をいくつかの集団に分けて、ある夜に一つの集団が魔力を補充したら、その次の夜は交代して今度は別の集団が魔力を補充するというものです。つまり自分達の順番がくるまでは、セレンを使って魔力を補充する事は禁止されたのです。


 ――そのような中、セレンの力を独り占めしようとする団体が現れました。


 ――最初は僕たちも怒りました。セレンは皆のものだと。けれども、だんだんその怒りも違うものへと変わっていきました。自分達もその団体と同じようにセレンの力を独り占めしようとする、醜く浅ましい心へと。


 ――なぜそうなったのか、誰しもが理由は分かっていました。皆は魔力不足と我慢の日々で心身ともに疲弊していたからです。僕たちは、朝や昼に地上へ出て魔石を探しにいきましたが、うまくはいきませんでした。増えすぎた魔族が生きていくためには、その分大量の魔石が必要になります。けれど、そのような量の魔石を急に手に入れることなどできなかったのです。


 ――せめてあの時……初めて地上に出られるようになったあの時から、魔石探しを怠らなければよかったのです。そうすればセレンの力などなくても必要な分の魔石を確保する事ができたかもしれないのに。けれどそんな風に後悔してももう手遅れでした。いままで争いに反対していた魔族たちも、いつしか自らその戦いの渦中へと飛び込んでいったのです。それはセレンの力を手に入れるため。生きるために。


 ――争いのさなか、突如としてセレンが砕け散りました。それは自然的なものではなく、明らかに人為的な手が加えられて砕けたとしか考えられないような光景でした。当然皆もそう思っていたみたいで、誰がセレンを壊したのか、今度は犯人捜しが始まったのです。そうやってお互いに疑いあって、傷つけあって、いつしか平和で栄えていたこの地が、何もない荒野へとかわっていったのです。


 俺は、本を閉じて息を吐いた。不思議な感じがした。胸が締め付けられるような言葉にならない気持ちになった。


 俺はもう一度、本のタイトルに目を通した。そこにはこう書かれていた。


 アマルティア、と。


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