第12話 トルフルフ

 ムグが地上へジャンプをして、何秒、いや何分が立っただろうか。振り落とされないように必死にムグに捕まっていると、なぜか遊園地にあるアトラクションに乗った時を思い出す。ただムグには、遊園地の乗り物と違って安全バーなどはついていないのだけれども。


「……うぅ」


 やっと地上へ出られたが、頭がグワングワンとして吐き気がした。もともと酔いやすい性質も関係しているのかもれない。

 こちらに振り返ったジャスミンは、


「大丈夫か?」


 心配そうな顔で覗き込んでくきた。よほど酷い顔をしていたのだろう。


「ああ……」


 なんとか言葉を絞り出そうとしたが、今の状態ではその一言が精一杯だった。

 洞窟内では感じられなかった心地よい風が頬を撫でた。じりじりと照り付ける太陽がまぶしくて手で光を遮る。5日ぶりに日の光を浴びたせいなのだろうか。よけいにまぶしく感じられた。


「やっと着いたかー」


 横にいたブレインが体を伸ばす。


「ブレインは気絶していたのに、よく平気だったな」


「ああ、なんか気を失っていて、気が付いたら地上に出ていたんだ」


 それはそれですごい事だと思う。あのままムグに振り落とされたらどうしようかと考えていた。


「よし、皆無事に地上に出れたことだし、ここからは徒歩で行こうか」



 俺達はブレインの言う通りムグから降りて、歩き出した。


 それからしばらく進むと、広大な門と、その門の前に立つ二人組の人影が見えた。近づいてみて分かったのが、門番の一人は頭に角が生えていた。おそらく魔族だろう。そしてもう一人は、犬のような耳をした屈強な体つきをしている種族だった。

 俺達はそこで、身分の証明が求められた。ブレインとジャスミンはそれぞれカードのような物を門番に見せた。おそらく、それが彼らの身分証になるのだろう。ただ、一つ気になることがあるとすれば、二人が身分証を見せた後、門番は何やら石のような物を取り出して、受けった身分証の文字が書かれている部分に当てていた。あれは一体何の意味があるのだろうか。


 そんなことを考えていると、いつの間にか門番たちの視線がこちらに向けられていた。ブレインとジャスミンの身分の証明はすんだようだ。


 俺は恐る恐る、シルバから受け取った推薦状を手渡した。その時かすかに手が震えていた。門番はその紙きれを受け取ってじっくりと見つめ、先ほどと同じように石を推薦状に当てた。そして、俺の顔と推薦状を交互に見比べてから、


「よし、本物のようだな」


 ホッと息を吐いた。心配な面が大きかった分、安心して一気に体の力が抜けた。俺は足早に門を抜けて、ブレインとジャスミンに合流した。

 歩ている途中、俺はブレインとジャスミンに向かって、


「あの門番、推薦状に魔石を当てていたけど、あれって何なんだ?」


 ジャスミンはこちらを振り向いて、


「あれは、私たちの証明書が本物かどうかの確認。今はだいぶ少なくなったけど、前は書類を偽造して町に入ろうとする輩も多かったからね」


「そうなんだ……」


 やはり、というべきなのだろうか。ここでは地球とは違い魔法が存在している世界なのだ。万が一にも安全管理を怠れば、その町の住民全員に危険が及ぶ。そういった意味でもこういった厳重な警備は必要不可欠なのだろう。


「とはいったものの、最近は検査する側も強く出られない部分もあるんだ。特に異種族に対して厳しい検査をしてしまうと反発がくるからね。どうして自分たちだけこんな厳重に検査をして、魔族は簡単に入ることができるんだ、とか」


「魔族は大した検査もなしに入れたりもしたのか?」


「今はそういった事はほとんど無いんだけど、かつてはそういった事もあったのさ。だからあまり踏み込んだ検査はできないんだ」


「逆に、みんな平等に厳しい検査を受けさせれば……」


「ところが魔族も半数以上が検査の厳格化には反対していてね。理由は……まあ他の種族達と同じ。何も企んではいないのにも関わらず、あんまり事細かに調べられるのはいい気分がしないんだろさ」


 言葉が出てこなかった。皆の気持ちも分かるが、それで検査を甘くしてこの町が危険にされされてしまえば本末転倒ではないか。


 難しいな、と心の中でため息をついた。この世界に来てから分かった事だが、ここは日本と同じように多数決の原理、民主主義的な政策を採用しているのだろう。だからこそ多くの種族の意見を尊重しなければいけない。そうなると、今回のような事例でも、賛成の多い方の意見が反映されてしまう。たとえそれが正しい意見だったとしても、間違った意見だったとしても。



 門をくぐって、しばらく進んでいくと、石畳の下り坂があった。その坂を下っていくと、住民達の活気にあふれた声が聞こえてきた。俺は声が聞こえてきた方角へと歩みを近づけると、広間へ出た。


「これが……トルフルフ……」


 俺は立ち止まって呟いた。辺りを見渡すと、洞窟内にもかかわらず家や施設のような建物などが数多く立ち並んでいた。そして、たくさんの種族達が広大な洞窟内でひしめき合っている。彼らは、店を出したり芸を披露していたりと盛り上がりを見せている。マドリアの村の市場も賑わってはいたが、この町はそれ以上の熱気を含んでいるように思えた。


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