第10話 道中

 一通り会話が終わった後、俺達はマドロ達の仲間がいなくなったという場所にも行ってみたが、案の定、手がかりになりそうなものは見つからなかった。一応俺も魔法を使って探しては見たが、声や感情などは聞こえてこなかった。

 これ以上続けても進展はないだろうとルフレは判断して、仲間たちの捜索は一旦中断となった。

 そして、俺とブレインとジャスミンは改めてトルフルフの町へと向かうことになったのだが、


「ほんとに、迷惑おかけして申し訳ねえ」


 そういって頭を下げるルフレ。 


「いえ、頭を上げてください。この件に付きまして本村のシルバへ報告書を送ったので、数夜後に村から返事が届くと思いますので」


 マドロはケッと悪態をついた。

 報告書を送ったというのは、地球で言うところの伝書鳩を利用したのだ。この世界でもそういった習慣がある事には驚いた。しかし考えてみれば、この世界で通信機器が発展していない以上、遠方に住んでいる者に情報を届けるためには、魔法か手紙を送るかの手段をとるしかない。

 彼女が手紙を届ける際に鳥を出現させていたが、これが彼女の魔法なのだろうか。


「本当に何から何まで申し訳ねえ。ほら、おめえも黙ってねえで、頭さ下げろ!」


 そういって、ルフレは息子のマドロの頭を強引に下げさせる。彼女は頭を下げながら、


「ただ、道中で私の部下たちを見かける事があるかもしれませんが、無礼を果たらぬように強く言い聞かせておりますので……」


「ほれほれ、そりゃあ俺たち皆、あんたらの事をよく思ってねえからな。せいぜい気を付けっ……いてっ、ちょっまて、母ちゃん」


 息子の尻を何度も叩くルフレ。こうしたやり取りは何回目だろうか。ここまでくると微笑ましくも感じる。



 こうして、ワーム族の親子と別れて俺達は、ムグラのムグにのって再び洞窟内を進んでいった。

 時折ワームの種族が見える。族長のルフレが言っていた通り、彼らは通行を妨げる事はしてこなかったのだが、横を通るたびに、不安と困惑の入り混じったような複雑な瞳をこちらに向けてきた気がする。


 それから1時間ほど経ったのだろうか。ワーム族たちの姿が見えなくなり、洞窟内も徐々に静けさに包まれていった。

 ふとお腹がなった。今は何時ごろだろうか。ポケットの中に思わず手を突っ込むが、当然スマートフォンなどない。この小さな機器をもっていないと、時間を確認することさえできない。

 この世界に来てつくずく、スマホの重要性を身に染みた。


 突如ムグの動きは止まった。先頭に座っていたジャスミンは、後ろの俺やブレインの顔を交互に見て、


「少し、休憩をしようか」


 その言葉に俺もブレインも頷いた。


 そして俺達三人はムグラから降りる。地面に足をつけた瞬間、妙な違和感を感じた。

 これはあれだ。遊園地でジェットコースターに乗った後、乗り物から降りたのにも関わらず残っているフワフワとした感覚。それに近かった。


 俺はおぼつかない足取りで、ちょうど近くあった大きめな石に腰掛けた。ブレインやジャスミンも、それぞれ近くにあった石に腰掛ける。


「さすがにくたびれるねえ、これを五夜もかかるんだから参ってしまう」


 足をブラブラせながらジャスミンは言った。俺はそんな彼女に向けて、


「ジャスミンは、やっぱりルフレさん達と話している時とは口調はかなり違うんだな」


 道中、ずっと気になっていた事だった。今の彼女と、先ほどマドロ達と会話をしていた彼女が同一人物だとは思えない。


「あの時は、あくまでも公務の一環って事だからね。公私混同はわきまえてるつもり。どっかの誰かとは違って」


 ジャスミンはブレインに視線を向けて、皮肉を言った。一方の彼は、そんな皮肉もどこ吹く風といった感じで、


「俺だって、そこのところは十二分に気を付けてるさ。ただ、敬語とかの丁寧な言葉っていうの? そういうのって俺の育ちもあってか、なかなか慣れないんだよね」


「育ち?」


「そ。俺はもともと貧民街の出身なんだ。だから生まれた時から、身分の高い者への口調とか礼節? そういうものを知らずに育ってきたんだ。だからかけるも、そこんとこは大目に見てくれると助かるな」


 そうしてブレインは両手を合わせる。


「貧民街……」


 意外だった。少なくとも彼の身なりからは想像できない。その優雅できらびやかな見た目と雰囲気からは、貧民街のイメージとは程遠い。むしろ良いところの育ちなのだとばかり思っていた。


「でも、変にお堅い口調より、こういう口調の方が打ち解けやすいくない?」


 確かに、かしこまった言葉や役人口調でこられるより、こういった砕けた口調で話しかけられた方が、こちらとしても固くならずに会話ができるのかもしれない。 


「私としては、少しはその言葉使い自重してほしいんだけど」


 そういってジャスミンは眉間にシワを寄せてため息をついた。 

 俺は試しにブレインが敬語で話をする姿を想像したが、なんだか気持ち悪いのでやめた。やはり、彼は今のままでいい気がする。



 その後の道中も何か問題が起きるわけでもなく、順調に目的地のトルフルフの町へ進んでいった。


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