第8話 蛙

 ーー……けて、……助けてくれ……マドロ……ルレフ隊長……


  信じられない光景が目の前で起こっている。いや、信じられない光景など、この世界に来てからは何度も目にしてはきたのだが、それでも蛙達から声が聞こえてくるなどというのは、あまりに衝撃的な出来事だった。


 俺はテレパシーの魔法は解かずに、蛙達の声に全身を傾け続けた。


 ーー……もういやだ……たすけて


「ほれほれ、おい! いい加減に説明しろ! いったい何が起こっとるんだ!」


 ワーム族の息子の怒声が聞こえてきたので、驚いて、つい魔法を解いてしまった。蛙の声を聞き取ろうと集中しすぎて、周りの存在を忘れていたのだ。俺はワーム族の息子に顔を向けて、


「……いや、あのさ、一つ質問していいか?」


「ほれほれ、なんだ、藪から棒に? さっさとしろ。んで、それがすんだら、聞こえてきた事をはやく話せ!」


「うん。質問ってのは、あなた達の名前って、もしかして……マドロさんとルレフさんで合ってる?」


「ほれほれ、あ……ああ、確かにマドロってのは俺の名前だし、母ちゃんの名前はルレフだけどよ……、どうしてそれを? 俺達、お前に名乗ったか?」


「……いや、この蛙……じゃなくてケール達が教えてくれたんだ」


 俺は目の前にいる蛙を指さした。それを見て、ワーム族の親子二人は怪訝な顔をする。


「どういうことだい? この子たちが、おらたちの名前を知っているなんて……」


「それだけじゃないんだ。このケール達から、助けてくれ、って声が聞こえてきたんだ」


 それを聞いて、ジャスミンは「まさか……」と呟いた。


「つまり、どういうことだ?」


 マドロはいまいち分かっていない様子だった。そんなマドロに対してルレフが、


「ばかっ、おめえはなしてそう察しがわるいんだ! つまり、このケールたちがかもルードル達かもしれないってごとだ!」


 ルードルというのは分からないが、おそらく行方不明になった仲間たちの一人だろう。


「はぁ、あ? そんなことあるわけねえ!? ケールだぞケール。こいつらがルードル達なわけねえ! おめえ、適当な事をいっていると、ぶっとばすぞ、ほれほれ!」


 今にも殴りかかってきそうなマドロを、ルレフが耳を引っ張って止めた。


「ワーム族の仲間たちが蛙に……」


 ブレインは何やら考え込んでいる様子だった。こうした状況に何か心当たりがあるのだろうか。


「……かける、もう一度、魔法を使ってこの子達の声を……いや、あんたはこの子達と会話はできないのかい?」


 当然、蛙などの言葉を発しない生物との会話はできるはずはないのだが、ジャスミンが言いたいのは、心の中でお互いの意思疎通はできないのか、という事だろう。俺は、かつて暴走したティミーを救い出そうとアヤメと奔走した時の、彼女の言葉を思い出した。


 ーーあくまでも私の考えになるんだけど、かけるの魔法には、相手の心の声や感情を聞き取るだけじゃなくて、かける自身の声や想いを相手に届ける、ていう使い方もできるんじゃない?


 アヤメは俺の魔法の本質をそう推測していた。確かに、あの時、暴走したティミーの心に俺の声が届いたような気はするし、俺自身も彼女の考えが当たっているのではないかと思っている。ただ、それが正解だという絶対的な確証もない。

 それでも、


「できるかどうかは分からないけど、やってみるよ」


 やらない手はなかった。もし、この蛙達と会話をする事できれば、今回の事件の全貌が詳しく見えてくるかもしれない。俺はジャスミンの声に頷いた。

 そうして、再び目の前の蛙達に神経を集中すると、再び声が聞こえてきた。



 ーー助けて、助けてくれ


 ーーどして俺達がこんな目に


 ーーあいつさ、絶対許さねえ。何が愛だ! 次あったらぶっとばしてやる!!



 俺はそんな波のように膨大な負の感情を全身で浴びながら、


 ーーあ、あの……


 そう心の中で念じては見たのだが、



 ーーなにが愛だ、んなもん知った事か!


 ーー助けてくれよぉ、俺達がわるかったんだ!



 俺の声が届いていないのか、何の反応も返ってこなかった。俺はもう一度……


 ーーあ、あの!!俺達の声が聞こえてますか!!



 ーー俺達は誇り高きワームの一族だ! 絶対にただじゃ終わらねえ! あのやろう、覚えてろよ!



 やはり、彼らとの会話は成立しなかった。

 その後も、何度か心の中で声を出し続けてはみたが、聞こえてくるのは助けを求める声や何者かへの復讐を誓うような恨みの声で、とても俺の声が届いている様子はなかった。


 俺は魔法を解いて、ため息をついた。ジャスミンも、そんな俺の様子を見て察したようで、


「……うまくはいかなかったみたいだね」


「ああ、ごめん……」


「……謝ることはないさ。あんたはよくやってくれたよ。このケール達が、行方不明者達かもしれないという事が分かった事だけでも大きな前進だ」


 ジャスミンはそう言って、俺の頭を撫でた。


「ほれほれ、可能性!? んな、流暢なこといってる場合か!? 俺達が今必要なのは、仲間たちがどこに行っちまったのかの確実な情報だけだ! 可能性なんざいらねえんだ!」


 マドロはそう言って、こちらを睨んできたが、


「馬鹿垂れが! この子がこんなに必死になって協力してくれているのに、その言い方はねえべ!!」


 そういって息子であるマドロの頭を叩く母親のルレフ。こういった光景も、この一時間足らずで何度も見た気がする。そんな事を考えていると、いままで黙ったいたブレインがジャスミンに向かって、


「ジャスミン、これって村長と同じ状態なんじゃ……」


「ええ、あたしもそう思っていたところ……」


 そういって、互いに目を合わせた。


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