第7話 ワーム族
「なにしでる! おめえにはさっき話たべ。近々魔族の方々がこの地下通路を通るから、見かけらお通ししろって!」
前方から一人の小人の女性が現れた。彼女の声を聞いて、目の前の小人の男は明らかに委縮をしている。その表情から察するに、彼女がこの種族の代表者であると見て間違いはないだろう。
「ほれほれ、……わかってる。でも……でも母ちゃん、他の種族はともかく、魔族は別だ! 今回の事件だってこいつらが犯人かもしれねんだぞ?」
「馬鹿垂れが! そんなもん証拠もなにもねえのに、偏見と思い込みだけで他人様を犯人扱いするんでねえ!」
母親の一喝に、息子は「だけどよ……」口ごもる。そんな中、ブレインが両者の間に入り、
「あのーちょっといい、誰かを攫ったかなんとかってのは、どういう事?」
「ほれ、何も知らねえってことは、今回の事件にこの方々は関わってねえ証拠だ」
「ほれほれ! 母ちゃんは甘い! これがやつらの常とう手段だ! こうやって油断をさせて、後から俺達を襲う気なんだ!」
「このアホンダラ! そういうのを偏見っでいうんだ!」
彼らの話から推測するに、この小人たちの仲間が何者かに攫われてしまって、ブレインとジャスミンなどの魔族が事件の犯人として疑われている、という事なのだろうか。以前のマドリアの村で起きた、ティミー失踪の事件では、魔族が他の種族に疑いの目を向けていたが、今回は逆だ。
「あーほれほら、いやほらほら、ともかく喧嘩はダメだ、ね?」
親子二人を宥めるブレイン。一方のジャスミンは落ち着いた声質で、
「……その行方不明というのは、いつごろから?」
「五夜ほど前から……別の通路の穴を掘り行った仲間たちが帰ってこねえんだ」
「……五夜」
つまり地球の言葉でいえば五日前の事である。確かに五日間も仲間が音信不通になれば焦るのは無理はないが、だからといって、それだけで初対面の魔族を犯人扱いをするのは早計ではないか、と心の中でつぶやいてみた。もちろん口には出さなかったが。
「それで俺達は、心配になって一度はあいつらを捜しにいったんだが……何の手掛かりも見つからねんだ」
俺はブレインの服の袖をつかみ、他に聞こえないように小さな声で、
「あのさ、少し聞いていい?」
「ん?」
「彼らは普段は地上には出ないで地下で暮らしているのか?」
「ああ、彼らはワーム族と言われている種族で、基本的に地下でずっと生活をしているんだ。まず、めったなことでは地上には出ないな」
「……滅多な事か。じゃあ、もしその……」
俺は自身の考えをブレインに伝えようとした、その瞬間、
「ほれほれ! そこの魔族の言う通りだ。俺達はどんなことがあっても地上には出ん! 魔族のやつらと同じ地上で生活することなんざ、まっぴらごめんだからな!」
「この馬鹿垂れ! 本当に申し訳ない。毎度毎度、うちのせがれがご無礼を」
そんな彼女に対して、「いーよ、いーよ」と笑顔で返すブレイン。
しかし、この種族も耳がいい。魔族と言い、ワーム族と言い、この世界では耳のいい種族ばかりで、内緒話もできなさそうだ。
俺は観念して、親子二人に、
「俺は、この世界の情勢には詳しくないから勝手なことは言えないけど……もしも……あなたたちの仲間の身に何らかの危険が迫っていたので、その危機から逃げるために地上に出て行ってしまったって事は……」
「もちろん、それについても考えた。でも、俺達に連絡の一つもよこさねえのは、不可解だ。もちろん今この瞬間も、その何者かに追われていて、連絡をする余裕もないって話ならかわるんだがよ」
「なるほど……」
つまり、その可能性もゼロではないということだ……。しかし、万が一俺の考えが当たっていたら、彼らの仲間たちを助けるためには、地上の広大な土地を探さないといけなくなり、探す範囲も一気に増えることになる。その上、彼らの身にせまる危険も排除しなければならない。そう考えると、できるかぎり俺の予想は当たって欲しくない、というのが本音だった。
ブレインは手をパンと叩いて、
「よし! じゃあ、その行方不明の仲間たちの詮索に俺も手伝うよ」
「は?」
ジャスミンは思わず声を上げた。
「なになに、ジャスミン。まさか反対?」
「反対とは言っていない。ただその前に私たちもやらなければ事があるのだぞ? それを……」
「任務が大事ってのも分かるんだけど、こうして困っている誰を救うのも十分大事な事でしょ?」
「……」
そんな二人の会話を聞いていたワーム族の母親は、
「待ってくれ、いくらなんでも、関係ねえあなた方のお手を煩わせるわけには……」
「そんなことは気にしないでいいよ。さっきも言ったけど、困っている者がいたら手を差し伸べるのは当たり前の事なんだからさ」
ジャスミンはため息をついた。言葉こそ出さないが、その表情から察するに折れたようだ。もちろん俺も反対する理由はなかった。それに失踪した仲間を捜しだすのが目的だったら、この魔法の出番かもしれない。
「……あのさ、誰かをさがしてるんだったら俺の魔法が役に立つかも」
「……え、魔法……? あっ、そうだ……かけるの魔法があるじゃないか!」
「魔法? なにいってんだおめえ」
ワーム族の息子が、首をかしげながら不可解な目つきでこちらを見つめてくる。俺は事情をしらないワーム族の親子に説明をしようとすると、横にいるブレインが、
「彼は……かけるは誰かの心の声や感情を聞きとる事ができる魔法を持っているんだ。それも、ある程度距離の離れた相手でも有効かもしれないから、こういう捜索の時はもってこいの力なんだ」
それを聞いて、最初は目をパチクリさせていた小人が、
「ほれほれ、離れた場所での声や感情を聞き取る……ってことはつまり、あれか。その魔法を使ってあいつらの声や感情の聞き取ることで、その居場所も分かるかもしれないと」
ブレインは「そういう事!」と指を鳴らす。一方のジャスミンは視線をこちらに向けて、
「……あんたの魔法の事は前にブレインから聞いてるけど、本当に距離の制限はないのかい?」
「……それは俺自身も、まだ正確には分からないんだ。ただ、前にティミーを捜しだす時は、わりと離れた場所からでも聞こえてきたから案外いけるかも。だけど、魔力の問題もあるからそう何度も使う事は……」
「よし、まずはここでやってみてくれ」
ブレインの急な発言に、思わず固まった。
「ここで?」
「ああ」
「いや、いくらなんでもそれは……。俺の魔力の問題もあるから、そう何度も使えるわけじゃないし、慎重に使わないと……」
魔法を使うためには自身の持っている魔力を消費する必要がある。しかし当然それは無限ではない。それも生まれつき膨大な魔力を有している種族ならともかくとして、普通の地球人である自分に、そんな大層な量の魔力があるはずがない。
「そう言わずに、まずはここでやってみよう。かけるの魔法は離れた場所にも効果が及ぶみたいだし、もしかしたら一回で大体の居場所がわかるかもしれないだろ?」
ブレインのあまりに楽観的な発言に、思わず呆れてしまった。もしかすると彼は、俺の魔力の総量が分かっていないのかもしれない。つまり、過大評価をしているのだ。
俺はジャスミンの方に顔を向けると、彼女の方も、以外にも「やってみな」という表情で頷いてきた。
俺はため息をつく。確かに、ここで微かにでも声や感情を聞き取ることができれば、彼らを見つけたも同然だろう。でも…………、いや、やるしかないか。ブレインやジャスミンだって、もし俺の魔力が尽きても、それを補充するための魔石ぐらい持っているのかもしれないし。
俺は覚悟を決め、目を閉じて集中した。前にシルバに教わったように、全身に流れる魔力を感じて……。そして、この洞窟内に落ちている声や感情をすべて拾い上げるように全身を澄ます……。
「ほれほれ、どした!? なにか聞こえたか」
「馬鹿、この子は今集中してんだ。少しは静かにしろ!」
「あだっ! いてぇよ母ちゃん。何もぶたなくたって……」
……本当に静かにしてほしい。俺は後ろにいる親子二人の声を無視して、もう一度神経を集中させる。どんな小さな声も聞き逃さないように……。
…………、…………、……え?
「ほれほれ、おい、どこに行く? あいつらは見つかったのか?」
何かが聞こえた気がした。それも、すぐ近くで・・・・・。距離からしたら、十メートルも離れていないのかもしれない。俺はワーム族の息子の言葉に返事をすることもなく、声が聞こえてきた方角に歩みを近づけた。するとそこには……、
「……あの、これって……」
緑色の小さな生き物。その生物は、どっからどう見ても蛙にしか見えなかった。
「ん、ああ、それはケールだ。さっき、失踪した仲間たちを探しに行ったっていっただろ? その時、手掛かりは何もなかったんだが、代わりにそいつらを見つけてよ、なぜだか俺の後ろについてくるし妙に懐いてくるから、俺と母ちゃんが世話をしてんだ、ほれほれ」
そう言って笑った。しかし俺は彼の言葉にどこか引っかかりを覚える。念のためその蛙に向けて、もう一度魔法を使用した。すると、
ーー……けて、……助けてくれ……誰か……
やはり、この蛙たちから助けを求める声が聞こえてきた。
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