第6話 小人

「ほれほれ、何をしている!」


 これってまさか……小人……いやドワーフ? とは思ったものの、この暗闇の中では正確な姿形までは分からない。けれど目の前に立っている生物が人間と違うのだけは明らかだった。それと言葉の初めに「ほれほれ」とつけるのも、なんだかおかしい。

 しかし、ここは異世界。地球人の俺からしたらおかしなことでも、この世界の住民からしたら、さして驚くような事ではないのかもしれない。

 そんなことを考えていると、


「何を突っ立っている。とっとと立ち去れ、ほれほれ!」


 今度は語尾にほれほれがついている。どうやら、この言葉に語順の決まりなどはないらしい。

 一方のジャスミンは一歩前に出て、


「いえ、私達はこの先を通りたいのです」


 そう丁寧に答えると、


「ほれほれ、そんな事聞いてないし、許可もしてない!」


「あなた方の代表者には、あらかじめ許可はとっているのですが……」


「そなもん知らん。おれは聞いてねえ!」


 ……これは、なかなかに面倒な展開になった。小人の代表者とはすでに話をつけたと主張するジャスミンと、そんな話など聞いていないと突っぱねるドワーフ。原因は、どちらかの連絡ミスか意図的に嘘をついているのかのどちらかだと思うのだが、ともかく代表者に確認してみない事には解決しそうにない。

 そんな時、


「あっ! すっかり忘れてた!」


 洞窟内に漂っていた真剣な雰囲気を壊すような、ブレインの間の抜けた明るい声が響いた。


「え!?」


 そんな楽観的ともとれる声に、俺は思わずブレインの方を凝視した。それから何をしているのか、今度はガサゴソという音が彼の方から聞こえて……、


 突然ブレインの周りが明るくなった。対する俺は目の前が急に明るくなったせいで、思わず手で光をさえぎってしまった。


「いやあ、すっかり忘れてたよ。洞窟の中に入ったら使えって言われていたのに」


 少しずつ目が明るさに慣れてきたので、俺は手を下げて薄目でブレインの方を見る。何やら彼の手には大きめの石が握られていた。

 ……これは、魔石だろうか。そういえば、シルバの住んでいた洞窟でも水を出す魔石があった。俺やアヤメはその石から出る水を使って顔を洗ったり体をふいたりしていた。地球人が普段の生活で科学的な機器を活用しながら生きていくのと同じように、こちらの世界の住民達は機械の代わりにこういった魔石を利用しながら日常生活を送っているのかもしれない。


「ほれほれ、何事かと思えば驚かせんじゃねえ!」


「あー、ごめんごめん」


 ブレインは相変わらず軽い調子で謝罪をする。彼はマドリアの村の住民だけでなく、基本的に誰に対しても、普段からこんな軽い感じで接しているのだろう。


 そんな事を考えながら、視線をブレインから小人に移すと、俺は思わず目を見開いた。正直小人であることは暗闇の時点でも分かっていたことだが、それでもこの非現実的な生物が目の前にいると、この世界は地球とは違うという事を改めて思い知らせれる。

 一方の小人もこちらを見て、キョトンとしながら……、


「なんだ? おめえ、魔族じゃねえな?」


「え?」


「え、じゃねえ! 見た目も少し違うし、角も生えてねえ! そもそも、そんなもの使わないと暗闇の中を見ることができねえってのは、魔族じゃありえねえ」


「はぁ、まあ……」


 正直、姿については人間と魔族との間に大して違いがあるようには見えなかったが、角の有無と暗視の力については、確かに両者の間での大きな相違点だ。



 一方のジャスミンは、それた話を元に戻すように、


「それでさきほど、許可とおっしゃられましたが」


「ほれほれ、そうだ!ここは俺らが造った洞窟だ。ここを通るのに、俺らの許可がいるのはあたりまえだろ!」


「……そうですか。でしたら、もう一度、代表者の方と話をさせてもらえませんか。両者の間で何かしらの話の食い違いがみられるので」


「ほれほれ、んなもん無理に決まってるだろ! 母ちゃんは忙しいんだ!」


 母ちゃん、と呼んでいるのを聞くに、この小人が代表者の息子なのだろう。その時、洞窟の先から、


「何してんだ、このばかだれが!」


 非常に大きく甲高い声が聞こえてきた。


「母ちゃん……」


 奥から歩いてきたのは、彼と同じような小人の女性。そして彼が母ちゃんと呼んでいるところを見ると、彼女がこの一族の代表者なのだろう。



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