第5話 ほれほれ

 暗い洞窟内を猛スピードで突き進むムグラのムグ。最初はムグが勢いよく目の前の壁を掘りながら進んでいく音が聞こえていたが、いつしか壁を掘る音は無くなり、ムグの足音だけが聞こえるようになっていた。


「……」


 俺はぼんやりと、目の前の景色……洞窟内の暗闇を見つめていた。ブレインとジャスミンにはおそらく暗視の力で洞窟内の景色が見えているのだろうが、人間である俺にはそういった力は備わっていないため、進んでも進んでも、永遠と暗闇が広がっているだけだにしか見えなかった。

 そんな俺の様子を、何やら勘違いしたブレインが、


「かける、もうそろそろ機嫌直してくれないかな。ほら、町に着いたら、知り合いの可愛い女の子紹介するから、さ?」



 事の始まりは十分程前。アヤメに、「いってきます」と言った後、ブレインが俺の左腕を掴んで、勢いよく穴の中に飛び込んだ。おそらく深さ数十メートル以上の深さの穴だった。あまりの急な出来事だったので頭は真っ白になり、目の前の景色が急にスローになったような気がした。

 それからはよく覚えていない。気が付いたら柔らかい地面にうつぶせの状態になっていた。ムグの背中だった。


 再びブレインが申し訳なさそうな声で謝ってきた。それを聞いていたジャスミンが、


「あんたさ、飛び込む前に一言くらい声をかけてあげなよ」


「いや、ほんとごめん。次は気を付けるからさ」


「次?」


 俺は思わず聞き返した。


「そう、帰り道。それとも今度はジャスミンにつかまるって手もあるけど」


 あ、そうだった。帰りもこういうルートで帰るのか……。別に高所恐怖症とかそういうわけではないが、再びあの深さの穴に飛び込む勇気はなかった。


「あ……もしかして悩んでる? 俺だったら、即決するんだけどな」


「え? な、何が?」


「だから今度はジャスミンの背中にしがみついたらどうかって」


「あんたは何を言ってるんだ」


 ジャスミンがすかさずに突っ込みを入れる。

 俺は返答に困った。こういう振りになんて返せばいいのかわからない。これで頷けば、なんだかジャスミンの中での俺の評価が大暴落しそうだし、断れば、まるで俺が彼女を嫌がっているみたいに聞こえて申し訳ない。

 これがモテるやつだったら、さらりとうまい返し方をするのだろうな……と、思わずため息が漏れる。


「ほら、あんたのせいでかけるが困っているじゃないか」


「いやいや、彼は考えているんだ。ここで即答してしまえば、女性の体を触りたいっていう、がっついてる奴だと思われるからね。でもかける、遠慮なんてしなくていいんだ。男なんていつも心の中では変な事ばかり考えているんだ。ここで欲望をさらけ出したって、俺は引いたりしない! 俺だけは君の味方だから!」


 そう、高々に宣言するブレインに対して、ジャスミンが冷たい声で、


「……かける、こいつのこういう話は無視していいから」


 そんな二人の会話を聞いて、俺は思わず、小さな声で笑ってしまった。

 それからの会話は、ブレインがふざけて俺とジャスミンが突っ込みを入れる、といった感じで進んでいった。



  どれくらい時間がたったのだろう。思わずポケットの中を確認するが、すぐに手をポケットから出す。日本にいたときは、時間なんてスマホですぐに確認できたが、この世界ではそうもいかない。そもそもスマホを起動できたとしても、日本の時間とこの世界の時間が同じなわけがない。

 その時……


「ほれ、ほれほれ! お前たち、いったい誰の許可をとってここを通っている!」


 目の前から、そんな甲高い声が聞こえてきた。その声を聞いて、ジャスミンは「ムグ、止まって」と、命令をする。それまで勢いよく進んでいたのが急に止まったため、俺は前のめりになって、ジャスミンの背中に頭がぶつかりそうになる


 それからジャスミンとブレインはムグの背中から降りたので、俺も後に続いた。

 再び前方から、「ほれほれ」という声が聞こえてくる。洞窟内の暗さのせいで、その姿をはっきりとは確認することはできなかったが……、


 自分よりひざ下ほどしかない、小さな生物だという事は分かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る