第3話 ムグラ
巨大なモグラが目の前で座っている。いや、この生物が果たしてモグラがどうかも確かではない。しかし目を疑った。たとえモグラではなくても、このような巨大な生物を見るのは生まれて初めてだったからだ。
「ジャスミン、おはよう! ムグも!」
「ああ、おはようさん」
ジャスミンと呼ばれた女性は右手を挙げてアヤメに答える。
それから巨大生物に飛びつくアヤメ。ムグ、といわれた生物も嬉しそうにアヤメに顔を擦りつける。
「……」
俺はその光景を茫然を眺めていると、
「村長、……この子が」
ジャスミンが、俺が右手で握っている杖に視線を向けて聞いてきた。
彼女の容姿を言葉にして表すならば、長身の美女というのが適当であろう。身長は見たところ180センチ近くあるだろうか。顔立ちも整っていて、もし日本に住んでいたら芸能人かモデルなどをやっていただろうな、と勝手な想像をした。
「ああ、この子が例の地球から子さ。名前は斎藤かける」
固まっている俺の代わりに、シルバが紹介をしてくれた。
「ふーん」
ジャスミンは興味深そうに顔を近づけてきた。かなりの至近距離で見られているので、変に緊張してしまう。それから顔をもとに戻して、
「なるほどね。確かに……他のどの種族とも違ようだ」
ジャスミンは表情を崩して、
「はじめまして、私はジャスミン・クロイバーだ。今回の旅に同行することになっている。よろしく」
「は、はいよろしくお願いします」
そんなやり取りを見ていたシルバが、
「かけるの世界ではこういう時、握手をする習慣があるらしいんだ」
ムグと呼ばれている生物に抱きついているアヤメが、
「あ、私も握手って知ってる」
「握手?」
そんなアヤメの言葉に眉をひそめるジャスミン。
「えーと、初めて会ったときに、よろしくお願いしますって意味を込めて手を握るんだって。でもお父さんの国では、あんまりやらないみたいだけど」
確かに、俺の国ではあまり握手はしない気がする。こういった場合、どちらかといえばお辞儀ですませる。
しかし、アヤメの説明を聞いたジャスミンは、
「そうか、これで合ってるかい?」
急に俺の両手を握ってきた。
「あ……いや、それもそうなんですけど……」
両手握手は初めての経験だが、まあ握手は握手だ……。ただ、急に手を握られると、物凄くドキドキする。特に美人の女性に手を握られるという経験は生まれてこの方ない。隣にいるブレインは、そんな俺の心の内を見透かしたように、
「あー気持ちはわかるな。やっぱり美人の女性に急に手を握られるとそうなっちゃうんだよね」
そういって、けらけらと笑った。
「ジャスミンもさ、そういうのは良くないよ。特にかけるみたいな若い子をたぶらかすのは」
「あ、すまない。別に、たぶらかすとか、そんなつもりはなかったんだ」
そういって手を離し、申し訳なさそうな顔をするジャスミン。
一方のブレインは、
「ああ離しちゃった。何で手を離すのさ、ジャスミン。こういうときは握り続けてくれないと。分からないかなー、この男心」
若干、調子に乗りは始めた魔族が約一名。そんな輩に対して、ジャスミンはニコりと笑い、
「だったら、お前とも握手をしてやろう。好きだろ? 女性とこういうスキンシップを取るのが」
そう言ってジャスミンはブレインの手をとって、握る。一方のブレインはそんなジャスミンの笑顔にきょとんとして、
「……え? ……ちょ! 痛い、痛い、ちょっと力入れす……ちょっ、ま……」
「安心しろ。お望み通り、握り続けてやるから。例え、お前の方からこの手を離したくなってもな」
そのあとは、言葉にならない悲鳴を上げ続けた。そんな悲鳴を聞きながら、こうして見てると美男美女のコンビでお似合いだなと、思った。
それから視線を隣の巨大生物に移す。これは一体何なのだろうか。モグラのような生物は何をすることもなくぼんやりと空を見上げている。
「この子が気になるかい?」
そんな俺の様子に気づいたのか、シルバが声を掛けてきる。
「あ……うん。この子は?」
「ムグラという種族だよ。今回はこの子にのって目的の場所まで連れてってもらうんだ」
モグラじゃなくてムグラなのか。姿形だけでなく、言葉まで似ているとは。
それにしても俺はてっきり、徒歩かゲームなどでよく見る竜車など乗って行くのかと思っていたが……。
「……でも、どうしてこの子に? 徒歩じゃいけないくらいの距離なのか?」
「……まあ、距離はあるといえばあるんだけど、トルトルフへの道のりには、少しばかり危険な生物が生息しているんだ。だから、この子の力を借りて地下から行こうかと」
危険な生物と聞いて、思い当たるのが、昨日の森で出会ったカラス、狐、蜘蛛だった。これらの生き物は、見た目だけは地球に生息しているものとそれほど変わなかったが、中身はまったく別物と言ってもいい存在であった。その時はアヤメが一緒だったからよかったものの、一人だったら生きて帰ることは出来なかっただろう。
そう考えると、地上から行くのは危険だというシルバの判断も頷けた。
視線を再びムグラに戻すと、未だにアヤメとじゃれあっている。
「それにしても、随分とこの子はアヤメに懐いているんだな」
「ああ、理由は分からないが、アヤメは特に懐かれているね」
「ふーん」
初めこそ、このムグラの巨体には圧倒されたが、こうしてみると体が大きいだけの人懐っこい犬のようで可愛いらしい。
しかし、俺の中では、なぜアヤメがここまで懐かれているのか、その理由に心当たりがあった。アヤメにはあって、この村の住民にはないもの。それは、人間の血が流れているか否かではないだろうか。いや……そうにちがいない。それなら俺にだって懐くのかもしれない。持論を確信に変えて、俺は恐る恐る、慎重に手を近づけて撫でようとしたら……、
キシャぁぁー、と、まるで猫のように毛をたてて威嚇をされたので涙目になった。
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