第2話 敬語と礼儀
「かける!? 大丈夫?」
アヤメの衝撃的な発言であやうく噴き出すところだった。しかし、この子は……。
「え、あ……はい、大丈夫です……」
「? ねえかける、なんか口調変わってない?」
「いえ……」
そうだ……そもそも、俺とアヤメ達とは種族が違うのだ。となると年の取り方だって違って当たり前だ。
けれど……この子が186歳か……。
思わず、まじまじと彼女を見てしまう。幼さが見える顔立ちに、推定130センチほどの身長。正直……小学生にしか見えない。
「かける……、どうしたの、そんなに見つめて……」
アヤメが目をパチクリとさせている。
「あ、いや……なんでもナイデス……」
「なんか……かける変……。あ、私の方が年が上だからって、気にしないで、大丈夫だから。今まで通りに接して?」
「……」
こちらのそんな様子に、シルバが笑い出す。
「あははは。その気持ちはまあ分かるよ。秀行もはじめはそんな感じだったし」
「……ちなみに村長って……」
恐る恐る、シルバにも尋ねてみた。村長というくらいだから、彼も相当の年だと思うのだが……、
「僕は1300歳になるね。といっても、僕たち魔族は年って概念もないんだけど」
「たかだか19歳の若造が今までため口で話してすいませんでした!」
「やっぱり、口調違くない!? かけるどうしちゃったの!?」
おかしくない。地球には……特に日本では上下関係なるものが存在するのだ。中学時代、身の丈も考えずにバリバリ体育会系の部活に入ったおかげで、そういった事を嫌というほど叩き込まれてきた。
「かけるー起きてるかい。そろそろ出発だから向かに来たよー」
「おはようございます、ブレインさん! すぐ向かいます!」
その瞬間ブレインが固まった。
「……どうしたの、かける?」
ブレインは不思議そうに首をかしげる。
「いえいえ、何でも。あっそれより、荷物自分が持ちますよ!」
「……え、いやいいよ……自分で持てるからさ。ていうか、かける、一体どうしただい?」
「何言ってるんですか。荷物持ちは年下の役目ですよ」
そういって、ブレインの荷物を強引に取り上げる。けれど、思った以上に重くてバランスを崩しかける。よくこれを片手で持てるな……。
「ねえ、ブレイン、かけるがおかしくなったの。助けて!」
そういって、ブレインに助けを求めるアヤメ。
それからも、しばらくは敬語で話していたのが、最後にはアヤメに泣かれ、仕方なくため口に戻すことになった。
旅の準備を整えた俺は、ブレインを先頭に洞窟を出て村の出口へ向かった。ちなみにアヤメとシルバも見送りに来てくれるらしい。
洞窟から出ると、朗らかな日の光が俺達を迎えてくれた。
「うーん、今日もいい天気」
「そうですね! いい天気ですね、アヤメさん!」
半分はからかいのつもりだったが、アヤメが涙目になったので慌てて訂正した。
「あ、ごめん……。敬語はやめるから、泣くのやめてくれ」
そんな対応に、俺の右手に握ぎられている杖のシルバが、
「かける、アヤメがまた泣き出すからやめてあげなよ」
「すいま……いや、ごめん」
初対面の住民ならともかく、この三人には、なるべくため口で話そう。特にアヤメの対しては……、そう心に誓った。
「ふぅ」
そろそろ20分近く歩いただろうか。昨日、走りすぎたせいか筋肉痛がひどく、疲れも今一つとれていない。足通りが少し重く感じた。
「あ、見えてきた」
そうアヤメが口にした瞬間、前方から、こちらに向けて、手を振っている人物が見えた。その背丈から男だと思ったのだが、近づいてみると女性だと分かった。女性は大きな声で、
「おそい! あんた一体今まで何してたのさ!」
大柄な女性がブレインに詰め寄る
「ああ、すまない、ジャスミン。 ちょっと、トラブルが起きていてね」
「トラブル? またあんた、そこらへんの女性を口説きまわってたんじゃないだろうね」
「ばれた? 口説くに決まってるでしょ。 女性と目があったら、口説き文句の一つでもいうのが礼儀だよ?」
「知らんわ、そんな礼儀」
俺は言葉が出なかった。それはけっして、この気の強そうな女性に圧倒されたからではない。いや、正直にいうと、ほんの少しだけ気圧されはしたのだが……。無言になったのは彼女の隣でちょこんと座っている、茶色の毛で覆われていた謎の巨大な生物の存在に目を奪われたからだ。その生物は鼻をひくひくさせている。
なんだ……これ、巨大な……モグラ……?
巨大モグラがキュウゥと鳴きながら、前足で頭をかいていた。
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