第21話 決断
目を覚ますと、そこには何もない暗闇が広がっていた。俺はしばらくその暗闇を見つめていると、徐々に記憶が蘇ってきた。そうだ、俺はロベリアと……、
「そうだ、二人は!?」
辺りを見渡すが、この暗闇では当然二人の姿を見つける事はできない。そもそも、ここはどこなんだ。
――もしかして、ここって結界の中の洞窟なんじゃ……。
汗が一滴、こめかみから流れ落ちたのを感じた。不安で心臓の鼓動は速くなる。その時……、
「目が覚めたようだね」
背後から声が聞こえた。俺は振り返って声の主を探すが、案の定、暗闇で何も見えなかった。
「体の具合はどうだい?」
「えっと……」
再び声が飛んできた。いや、この声はどこかで……、
「ねえ、ほんとうに大丈夫かい?」
三度、心配そうな声が飛んできた。どこかで聞いたことのある声だ。しかし、これまでの記憶を探っていくと、すぐにこの声の主が分かった。
「え……と、もしかして村長?」
「もしかしてって……あ、そうか。君は暗闇だと何も見えないのか」
「う、うん」
「ごめん、ごめん。今明かりをつけるから」
次の瞬間、目の前が急に明るくなった。俺はまぶしさで思わず目を閉じる。
「ああ、ごめん、急に明るくしすぎたか」
「いや、大丈夫……」
しばらくして、ゆっくりと瞼を開ける。開かれた視界の先には一本の杖が刺さっていた。
「相変わらず、慣れないね、村長のその姿には」
「まあ、それはしょうがないよ。僕だって好きでこの姿になったわけじゃないんだ」
という事は、やはりシルバも元々の姿があったのだろうか。気にはなるが、今はそれより聞きたい事が山ほどある。
「それで……ここって、村長の住みかの洞窟?」
「ああ、その通りさ」
という事は、無事に戻ってこれたのか。そして、ロベリアは約束を守ってくれて……、
「……そうだ、アヤメとティミーは!?」
「二人も無事だよ。アヤメは先に目を覚まして、少し用事があって出かけている。ティミーはまだ眠っているけど、直に目を覚ますだろう」
「そっか……」
二人は無事だという事実に、とりあえずは安堵した。しかし、アヤメはあれだけ無茶をしたのに、そんなにすぐ動いて大丈夫なのだろうか……。
「すまなかった」
突如として、シルバから謝罪の言葉が聞こえてきた。
「え?」
「今回の事件に君を巻き込んでしまって、申し訳ない」
「えっと……全然大丈夫。そもそも、俺の方から首を突っ込んだようなものだし」
突然の謝罪に、返事がワンテンポ遅れてしまった。
「……いや、その意見に賛同したのも僕だ。アヤメを守るためとは言え、無関係の君を巻き込んでしまった」
「ええっと、大丈夫だから」
まさか、こんな形で謝られるとは思わなかった。とはいっても、俺が勝手について行った形になるわけで、シルバに非があるわけではない。そう、口にしようとしたとき、
「……かける、君はもうこの村から出ていったほうがいいかもしれない」
「……え?」
謝罪の次は、思いもよらぬ提案をされて、思考が追い付かなかった。
「このままこの村にいると、君の身が危険だ」
シルバは真剣で声で話し続ける。
「今回の一連の事件は、ティミーを含めて、君たち三人が無事に帰ってきたことで一応の決着はついた。けれど、ティミーの起こした事件の爪痕はあまりに大きかったんだ」
「爪痕……」
「今、この村のいたるところで、種族同士での小競り合いが起きているんだ。この村に住む魔族たちと、今回の事件で無実の罪を着させられた他の種族達との間で」
さきほど、この洞窟で初めて魔法を使ったときに聞こえてきた、住民たちの憎悪ともいえる負の感情……、それを考えれば、今この村で起こっている事態の大きさは何となく把握できる。けれど……、
「でも今回の事件は、ロベリアって子が原因で……」
「その少女の事はアヤメから聞いたよ。確かに今回の事件のきっかけを作ったロベリアという少女も、その子の誘いに乗ってしまったティミーにも問題はあるだろう。けれど、事件のきっかけや真犯人がどうであれ、あらぬ疑いを掛けられた住民たちの心の傷はそう簡単に消えることはない。その傷が、やがて魔族への怒りや憎しみへと変わっていくんだ」
シルバの話を、俺はただ黙って聞いている事しかできなかった。
「以前のこの村だって、種族同士の関係はよかった、とは決して言えなかったよ。けれど、互いに少しずつ歩み寄りの姿勢は見せていたんだ。例えば……ブレインがいただろ? 彼のような穏健派な者たちが、両者の仲を取り持ってくれていたんだ」
昨日の光景を思い出す。この村でブレインと話していた住民達の顔つきは、憎悪などというものとは程遠い、良い表情をしていた。
「けれど、今回の事件で、確実に魔族とそれ以外の種族との間で大きな溝が生まれてしまった」
シルバやブレイン達がこれまで築き上げてきたものが、一つの事件をきっかけに根底から崩れてしまったんだ。
杖であるシルバが、今、どんな表情をして、この話をしているのかは分からない。けれど、どんな気持ちでいるのかは容易に分かる。
「今はまだ、小競り合い程度で済んではいるけど、それがいつ本格的な騒動へと発展するかわからない。そうなると、君だってその騒動に巻き込まれてしまうかもしれないんだ」
シルバの言いたいことはよくわかった。彼は俺を心配して、こんな提案を出してくれているのだという事も。
「おれは……」
どうすればいいのだろうか。ただ今回ばかりは俺が首を突っ込んでも、どうになかるような問題ではない。それどころか、下手に俺がこの村に居続ければ、シルバやアヤメの足かせにもなりかねない。
でも……、
「今すぐに、とは言わない。ただ考えておいてほしいんだ」
そうして会話はとぎれた。洞窟内には俺と杖と静寂だけが残っていた
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