第18話 吹雪
「うう、うううああああ!!」
そんなティミーの叫びとともに激しい吹雪が吹き荒れた。そのあまりの激しさに,俺は目を開けていられなかった。
「うっうう……」
なんとか飛ばされないように足腰に力を入れる。そうしてしばらく耐えていると、風は次第に落ち着きを見せはじめた。
風がやんだ後、ゆっくりと目を開ける。すると周りは白く輝く銀世界になっていた。肌を刺すような冷たい空気。動くたびに足元からパきパキという音が鳴り、地面に目をやると草葉が凍り付いている。
「こ、これが氷の魔法か……」
「……」
横を向くとアヤメが茫然としていた。確かにこれらの魔法を見て驚くのは不自然ではないのだが、アヤメの様子にどこかひっかかりを覚える。
「アヤメ、どうしたの?」
「……かける、さっき私、ティミーと戦闘するとき、注意する事が二つあるっていったわよね?」
「あ、ああ。一つ目は聞いたけど、二つ目って……」
「私たち魔族は感情が大きく高ぶると、まれに魔族の力に飲み込まれて暴走してしまうことがあるの……」
「暴走……」
つまり、今のティミーは力に飲み込まれて、自身を見失っている……?
「ああああ、あああああああ」
ティミーは未だに叫び続けている。
「……どうすれば……」
その時アヤメが膝を地面につけた。
「アヤメ!?」
「つぅ……はぁはぁ」
彼女の息が荒く、表情も苦悶に満ちた様子だった。
これは、洞窟内で倒れた時と同じ状態だ。やはり相当に無理をしていたのか……。
「……アヤメはここにいてくれ」
これ以上彼女に負担をかけさせるわけにはいかない。俺は木の棒を手にゆっくりと歩き始める。しかし足は相変わらず震えていて、心臓の鼓動もバクバクと激しかった。でも……やるしかない。
――さっきだって、やれたんだ。
そうやって自身を鼓舞する。いや、そうでもしないと平静を保っていられない。俺はティミーに気づかれないように背後に周り、ゆっくりと近づいていく。目標は角。うまくティミーの動きを止めた後は何とか彼女を説得する。
ティミーに近づけば近づくほど、冷気が強くなっていくような気がした。ただ、幸いなことに彼女はこちらに気づいている様子はない。これなら、さっきよりも楽に近づけるだろう。
彼女は、もう叫ぶこともなく、無言でそこに立っていた。俺はそんな彼女に気づかれないように、ゆっくりと近づいた。そして彼女との距離が数メートルになったところで……、
――今だ!!
俺は一気に距離を詰めて角の横腹を木の棒で打ち付けた。
しかし直撃したと思った矢先、何かがこちらの攻撃を阻んでいた。
――なんだ、これは……氷の壁!?
気が付くと彼女の体の周りには氷の壁が貼られていた。そして彼女はゆっくりと顔をこちらに向けた。
――まずい、何か来る!
理屈ではなく、本能が危険を察知した。俺は、急いでティミーから離れようとしたその時……、
「かける!!」
アヤメの声が聞こえた。そして、
「……うあぁあ!?」
次の瞬間、俺の体が風に飛ばされて宙に舞う。そして、風に乗ってゆっくりとアヤメの傍まで運ばれた。
俺はそのまま、ふわりと着地をして……、
「アヤメ、これって……」
「うん、風の魔法でこっちまで飛ばしたの。それより大丈夫、かける?」
「あ、ああ、ありがとう、アヤメ」
そういってアヤメを見るが、彼女は相変わらず息を切らしていて、辛そうな表情だった。
「かける、さっきは一人で行かせちゃってごめんね。次は私も行くから」
「で、でも……」
「私なら大丈夫。それより早くティミーを助けて、皆でこの結界から出ましょう」
そう言ってアヤメは笑った。
「……分かった。なるべく無理はしないで……」
「かけるもね」
彼女は片目を瞑る。そうして俺達は再びティミーに向き直り、今後は二人でゆっくりと彼女に近づいていた。
「……かける、次は私が先に行ってあの氷の壁を壊すから。そうしたら後はお願い」
「分かった……」
そして、彼女は歩きながら、手を前に出して……、
「ボアシルフ……」
小さな声でそう呟くと、手から腕にかけて、風が回転しながら集まっていく。それはまるで、ドリルが回転している様を見ているようだった。
アヤメを先頭に、俺は少し後から彼女について行く形となった。しかし気になるのは、さきほどのティミーの表情だ。俺の攻撃が氷の壁に阻まれて、ティミーがこちらに顔を向けたとき、彼女は明らかに虚ろな目をしていた。その表情には感情というのものが一切感じ取れなかった。
果たして、そんな状態のティミーにアヤメの声が届くのだろうか。不安がモクモクと煙のように、心の中を覆っていく。
そして、再び彼女との距離が数メートルになった瞬間……、
アヤメは一気に飛び出して、風のドリルを氷の壁にぶつけた。その瞬間、氷の壁が、パリン、という音と立てて割れた。
それを見て俺は一気に彼女に詰め寄って、今度こそ角を叩こうと木の棒を構えたその時、ティミーの周りから激しい吹雪が吹き出した。
「う、うぁぁぁぁぁぁ!」
俺は思わずティミーの手首を掴んでしまう。
かなりの激しい強風だ。俺はティミーの手首を掴んだまま、何とか飛ばされないように手に力を込める。そのとき、アヤメの声が聞こえた。
「お、お願い、ティミー、元に戻って。私、謝りたい事もたくさんあるの」
アヤメは激しい風の中でもひるむことなく彼女に声を掛け続けていた。
「ティ、ミイ……ア……ヤメの言葉を……」
俺も何とか声をかけようとするが、風が激しすぎてうまく声を出せない。それでも……アヤメが諦めないように、俺も諦めない。
「アヤメの……言葉を……聞いてくれ!!」
その時、ほんの一瞬だが、彼女の瞳に光が宿った気がした。
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