第17話 チャンスを掴め
「だから……お願い、かける。私に……力を貸して」
そんな彼女の切実な願いを聞いた俺は、
「あ、えっと……」
情けないことに何も言えなかった。そんな俺の反応を目にしたアヤメは……、
「かける?」
「……あ、ご、ごめん」
「え?」
「いや、こんな風に言われたのは、初めてだったから……」
「え、ええと?」
彼女もひどく困惑していた。
「えっと……アヤメの方からお願いされるとは思わなかったから、ちょっとびっくりして……」
そんな、俺の様子に、
「ふふ、変なの」
アヤメはおかしそうに笑いだし、一方の俺も苦笑いで返す。そうして互いに、しばらく笑いあった後、
「うん。俺もどこまでできるか分からないけど、力になるよ」
そんなどこか締まらない俺の言葉に、
「ありがとう、かける」
アヤメも笑顔で返してくれた。
「ちょっとティミーと会う前に準備したいものがあるから待ってて、とその前に……かける、リリーからもらったあの魔石持ってる?」
「あ、ああ。持ってるけど……」
そういってポケットの中から取り出した。
「それ握っといて。魔力が回復するから」
そう言って、アヤメは一人で歩き出した。俺は、そんなアヤメに向けて、
「アヤメ、体の方は大丈夫か? ここは結界の中にいるんだし、あんまり無理をしない方が……」
「それなら全然大丈夫。今一番大切なことはティミーを助け出すことだから」
そういってアヤメは笑った
それからアヤメは、「はっ」という掛け声とともに、彼女は数メートルジャンプして、比較的低い位置にあった木の枝を切り落とした。
どうなっているんだろう、魔族のジャンプ力って……。
それからアヤメは戻ってきて、「これ、使って」と渡されたのは、切り落とされた木の枝だった。俺は渡された木の枝を受け取る。長さは俺の頭から腰の位置までだろうか。太さは腕よりやや細いぐらいだったが、やけに重たく感じた。
「これから万が一にもティミーと戦闘になった時に、かけるには、お願いしたい事があるの。それは、この木の棒でティミーの角を思いっきり叩いて欲しいの」
「ティミーの角を?」
確かに、ティミーもアヤメと同じように角が生えてはいたが……。
「うん……、そうすれば、ほんの少しだけど彼女の動きを止めることができるから」
「そうすれば、元のティミーに戻ったりとか……」
「そこまで、うまくいくはいかないと思う。ただ、動きを止まれば、私の言葉を聞いてくれるかもしれない」
「分かった、それならやってみるよ。でも角の方は大丈夫なの? ほら、叩かれた箇所に後々悪影響が出たりとか……」
もし、これが地球内での出来事であったなら、こんな木の棒で叩かれてしまえば、体のどの部分であれ、ただではすまないだろう。
「うん、それなら平気。角は頑丈だから、木の棒で叩かれるぐらいならなんて事はないわ。でも……」
彼女は何やら言いよどむ。
「アヤメ?」
「……ごめん、何でもない。それより、頼める?」
「……分かった。とりあえず、やってみるよ」
さっきのアヤメの不自然な間も気になるところだが、とりあえず彼女の頼みに頷くことにした。
「ありがとう。あとアヤメを相手にするときに注意する事が二つあるの」
「二つ?」
「うん。ひとつは彼女の魔法。普段は水を操る魔法を使っているけど、追いつめられると、氷の魔法を使うことがあるかもしれない」
「氷? 見た限りだと、ティミーって水系統の魔法を使うんじゃないのか? そういう魔法って本来一系統しか使えないんじゃないの?」
「いいえ、氷の魔法は少し特殊な立ち位置にある魔法だから……。あともう一つ捕捉すると、魔法というのは結局才能の有無に左右されるから、才能さえあれば二つでも三つでも使えの」
「そうなのか……」
この世界でも結局は才能か……そう考えると、なんだか切なくなってきた。
「ティミーが氷の魔法を使うというのは、あくまで聞いた話だから絶対とは言えないけど、注意だけはしといて欲しいの」
「分かった。二つ目は?」
「二つ目は――」
アヤメが口を開いたその時――
「見つけましたわよ……」
俺達は後ろを振り返る。そこに立っていたのはティミーだった。
「ティミ……」
アヤメの声が震えていた。俺は持っていた魔石をポケットの中にしまう。
「まさか、未だに、こんな所でのんびりしているとは思いませんでしたわ」
ティミーは笑っていた。それも、ひどく不気味な笑い方で……。
それに彼女の様子はさっきまでとは打って変わって落ち着いている。顔を良く見てみると、眼の下にはクマができていて、瞳はひどく濁っていた。声も表情も、さっきまでと同一人物だとは思えない。
そんなティミーに対して、アヤメは怯むこともなく、
「逃げるつもりなんかはないわ。私たちは……あなたを助けるんだから」
ティミーはその言葉を受けて、一瞬目を見開き……、
「助ける……」
「そう。あなたを!」
「ふ、ふふ、ふふふふ」
そういって笑い出す。彼女の失笑に近い笑い方だった
「……そういうところが……そういうところが、大っ嫌いでしたの!!」
そういって、彼女は手を前に突き出して魔法を放つ。
「アヤメ!」
強烈な水が、アヤメを目掛けて放出されるが、アヤメは寸前で回避する。
そして、アヤメはこちらに目配せした。
――かける、準備をしといて!
俺はアヤメに頷いて、それからティミーの動きを目を見開いて注視した。
ティミーは相変わらずアヤメしか見えていない。もし俺が狙われていたら、アヤメは俺のフォローに回らなければいけなくなり、彼女の動きも大きく制限されてしまっていただろう。そう考えると、けっして今の状況が悪いとはいえなかった。
狙いは角。そこに衝撃を加えることができれば、ほんの数秒だがティミーの動きを鈍らせることができる。
「ティミー! 私の話を聞いて!
「余所見するとは、随分と余裕がおありです事!!」
ティミーが再び魔法を放つ。アヤメはティミーの攻撃をかわしながら声を掛け続けているが、それでも彼女の攻撃は止まらない。
そんなティミーの姿を見て、俺の足はガクガクと震えていた。
――なんで、今更怖がっているんだ
俺は震える足の腿を強く叩いて、ゆっくりと深呼吸をする。そして頭を左右に振って不安を追い払う。集中しろ、集中しろ、集中しろ――
チャンスは一回。そのチャンスを見逃すな……。
「ウルネリネ!」
「ウルシルフ!」
二人の魔法が衝突する。水と風がエネルギーがぶつかり、その衝撃と共に辺りが霧に包まれる。
――今だ!
俺は、霧の中で彼女を目掛けて走り出す。
――頼む、うまくいってくれ!
心の中でそう念じながら、俺は彼女に至近距離まで近づいて、角の側面を思いっきり……木の棒で殴りつけた!
「うぁう!?」
ゴンっと鈍い音の後に、彼女のうめき声が聞こえた。
――やった!
俺は心の中で叫ぶ。思ったより角が硬くて、木の棒を持っている手がジンジンと痛む。ふと見るとティミーの体がガクガクと揺れていた。アヤメはそんなティミーに向かって、
「ティミーお願い、私の言葉を聞いて!」
「う、うう。だっだから、さっきから……」
彼女は項垂れながらも手をアヤメの方向に向けて魔法を放つ体制に入るが、俺はその腕を掴む。
魔法さえ封じる事ができれば――。
「ティミー聞いて。私、あなたの事、何一つわかってあげられなかった!」
「ううう」
――頼む!アヤメの声が届いてくれ!!
「うう、ぐ……な、なんですの……これ、頭の中に……いい加減に……」
彼女は片方の手で頭を抱え、苦しんでいるようだった。
「いい加減にしなさい……しなさい……、エルセルシウス!」
「い、いけない!かける!!」
俺は急いでティミーから離れた。そして走りながら彼女と距離をとる。
――その瞬間、妙な違和感にとらわれた。辺りを見渡すと、周りは白い冷気でおおわれている。その冷気のせいで、体がブルリと震える。
「かける……大丈夫?」
心配そうな顔をしたアヤメが駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫……それより、この寒さってまさか……」
俺達は視線をティミーに向けると……、
「あ、ううぅ」
彼女はうめき声のような、言葉にならない悲鳴を発していた。
「うう、うううああああ!!」
そんな彼女の叫びとともに、大量の冷気が彼女の周りに放出された。
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