第16話 ゆっくりと、少しずつ

「……あなたさえ、あなたさえいなければよかったんですの!!」



 そんな怒声とともにティミーはアヤメに魔法を放った。その威力の激しさは、まるで彼女の怒りを表しているかのようだった。


「きゃっ!」


 なんとかアヤメは寸前で身をひるがえして回避する。


「ティミー! やめてくれ!」


 今度は俺がティミーに呼びかけるが、まったく聞く耳を持っていなかった。


「エルネリネ!」


 俺たちの言葉が届いていない。一体彼女になにがあったんだ……。


「ティミー、お願い! まって……」


 アヤメのの目には涙がたまっていく。それでもティミーは手を緩める様子はない。


 そのままティミーの放った魔法がアヤメに直撃して、彼女は勢いよく木に背中をたたきつけられる。


「アヤメ!」


 俺は、アヤメに駆け寄るが、


「う、うう……。だ、大丈夫。平気……」


 アヤメはフラフラと立ち会がる。


「アヤメ、ここは逃げよう!」


「で、でも……」


 そんなアヤメに、


「今のティミーは正気じゃない。本気で俺達に敵意をむけてるんだ!」


「で、でも……。そうだ、ロベリアちゃんは!?」


 そうだ、ロベリアだ!彼女なら何とかしてくれるかもしれない。


 そう思って辺りを見渡すが、彼女の姿が見当たらなかった。


「ボアネリネ!」


 ティミーが唱えた瞬間、彼女の手の周りに水が集中して、ドリルのようなものが出来上がっていった。


 もはや、考えている余裕はない。


「こっちだ! はやく!」


 このような状況下でも、その場から離れようともしないアヤメの手を引いて俺は走り出した。



 どこまで走ったのだろう。俺達は閑散とした森の中を無我夢中で突き進んでいった。それからしばらくして、ティミーが追ってきていない事を確認して足を止めた。


「はあ、はあ。大丈夫か、アヤメ?」


「う、うん。大丈夫」


 彼女は息一つ乱れてはいなかった。やはり俺と彼女とでは元々持っている体力が違うのかもしれない。


 そして悲痛な表情のまま、アヤメがぽつりと……、


「どうして? ティミー……」


 独り言のようにつぶやいた。


「やっぱり、私が彼女に何か言っちゃったんだと思う……。だからあんなに怒って……」


「いや、根本的な原因は違う気がする。彼女に何かあったとしか思えない」


 そう、いくら彼女が心の内に何かを抱えていたとはいえ、アヤメの言葉一つで、急に感情を爆発させたとは考えづらい。となると、何者かが彼女の心を必要以上に刺激してしまった線も考えられる。そうなった場合に一番怪しいのは……


「ロベリア」


 アヤメも黙ったまま、何も否定はしなかった。おそらく、彼女も同じように考えているのだろう。


「ロベリアちゃん……」


「あくまでも、推測だよ。まだ、彼女が何かしたと決まったわけじゃないけど……」


「……」


 俺達の間に沈黙が広がった。そして数秒後、アヤメがゆっくりと口を開いた。


「ねえ、かける。昨日、森の出口で私とティミーやリリーの会話を聞いて、どう思った?」


 不意の質問で、言葉が詰まる。


 ……正直、アヤメは二人に苛められているとしか思えなかった。そう喉まで出かかっったが、寸前で飲み込む。しかし、彼女はそんな俺の答えが分かっていたかのように、


「まるで私が普段から二人に意地悪されている、なんて思ったでしょ? でも昔は、まったく違ったんだよ。特にティミーには」


 アヤメがぽつりと言った。


「初めてこの村に来た時の私はとっても荒れててね。村長はもちろん、村の誰にも心を開かなかった。そうなると当然、周りも私に話しかける子なんてほとんどいなかったの。そんな意地っ張りな私に声を掛け続けてくれたのがティミーだった」


「……」


「最初は、とっても煩わしく感じて、うるさい、ほっといてよって酷い言葉までかで掛けちゃったんだ。それでもあの子は私を見捨てなかった。こんな捻くれた私の、初めての友達になってくれたんだ」


 アヤメは笑っていた。それもひどく寂し気な笑い方だった。


「それからは良くおしゃべりをしたり、一緒にどこか行ったりしてね。とっても楽しかった。それなのに、突然、避けられるようになっちゃって。それがあんまりにも続くから理由を聞こうと思ったんだけど、元が引っ込み思案な私は、自分から話しかけれられなくて……」


 アヤメはそれ以降の事は語らなかった。きっと、その関係のまま、ここまで来てしまったのだろう。


 俺はそんなアヤメの言葉を聞いて、今まで黙っていた事を話すことにした。


「……アヤメなんかに負けたくないって」


「え?」


「前にさ、俺が最初に洞窟で初めて魔法を使ったときに、いろんな声が聞こえて、倒れたときがあったじゃん?」


「う、うん……」


「その時に、実はティミーの声もはっきり聞こえていたんだ。アヤメなんかに負けたくないって……。ごめん、今まで黙ってて……」


「う、ううん。大丈夫だけど……。でも、どういう事だろう。私なんかに負けたくないって……」


「……はっきりとした真意までは分からない。けどロベリアがさっき言ってたよな? 村に戻ってもティミーはアヤメと違って住民達には認めてもらえないだろう、て。他にはティミーが、アヤメは村長に取り入ってるんだ、とも言っていた」


 これらの言葉の一つ一つをくみ取っていくと、少しずつだが彼女の心の内が分かってきた気がする。


「あの子はさ、ずっと君に嫉妬していたんじゃないか?」


「嫉妬?」


 彼女は首をひねる。


「例えばさ、ティミーは村長と仲良くしているアヤメを見て、面白くないと感じてたりとか」


「い、いくらなんだもそんな事……」


「確かに俺達の目線から見れば、そんな事は大した事じゃないかもしれない。でもティミーにとっては耐えられない出来事だったんじゃないかな。そういう小さな認識のズレや誤解が積み重なって、今の二人の関係に亀裂を作ってしまったんだよ」


 よく聞く話だ。最初はどんなに仲が良くても、些細なすれ違いから誤解を生み、その誤解が互いの関係性を壊していく。


「……そうなのかな。ティミー、ずっとそんな風に思ってたのかな……」


 再び沈黙が訪れる。彼女は相変わらず暗い表情をしていた。そんな彼女の表情が、この森の薄暗とした雰囲気にぴったりと重なっているような気がしてならなかった。


 俺はそんなアヤメをしっかりと見据えて、



「……アヤメ、村へ帰ったらさ、今度は君からティミーに話しかけてみなよ」


「……え? でも、ティミーには嫌われているだろうし、私となんか話してくれないよ……」


「もし話すのが難しかったら、最初の内は挨拶だけでもいいじゃないか。挨拶ができたら、次は何気ない日常話に挑戦してみてさ、徐々に段階を踏んでいこう」


 ふと森の中で風が吹いて、彼女の黒い髪をなびかせる。


「そうやって話しかけていれば、いつかティミーも、アヤメの事を分かってくれると思うんだ」


「……」


「そうなれば、二人の関係性だってきっと変わる。例えそれが、誤解で亀裂の入ってしまった関係だったとしても」


 アヤメはこちらをジッと見つめながら、「うん……」と頷いだ。


「焦る必要なんかないさ。ゆっくりと、少しずつ仲直りをしていけばいいんだよ」


 そして、どうかアヤメにも分かってほしい。どんな世界だろうと、友達と仲直りするのは、けっして難しい事じゃないってことを。


 その言葉を聞いて、彼女はゆっくりと口を開く。


「かける……ありがとう。だから私……行くね」


 どこへ、とは聞かない。その代わり、俺もゆっくりと頷いて……、


「……俺も付いて行って……いいかな?」


 アヤメは俺の言葉を受けて、目を瞑る。


 こうしたやり取りは何回目だろうか。俺には魔法があるから、この力があれば君を助けることができる、そう言ってここまで付いてきたけど、何回も迷惑をかけてきた。

 反対されるかもしれない。自分の無力さは自分が一番痛感しているし、今の俺の言葉には何の説得力もない事も分かっている。もし彼女が拒絶すれば、俺はもう何も言い返せない。

 しかし、アヤメはゆっくり目を開けて


「どうせ、反対してもついてくるんでしょ?」


 そういって、微笑んできた。


「……え?」


 正直、そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。アヤメはそんな俺の心の中を見透かしたように、


「どうして、そんなに驚いてるの?」


 そういって、クスクスと笑った


「だって、反対されると思ったから……」


「うん、正直、大手をふって賛成はできない」


 正論だ。俺が彼女の立場でもそういうだろう。


「でも、ここまで来れたのはあなたのおかげだから」


 あなたのおかげ、そんな言葉、いままで言われたことがなかった。これまでの人生で誰かに感謝されたことなんてなかったから。


「もちろん、かけると一緒に行くよりも私一人の方がうまく立ち回れる可能性があったのかもしれない。それでもあなたは頑張ってここまで付いてきてくれた。そして私やティミーを助けようと必死になってくれた。だから私は今、無事にこうしていられるの」


 彼女はそう言って、胸を張る。


「私はティミーを助けたい。ごめんねって謝りたい。でも彼女にその言葉を届けるには、私一人の力じゃできそうにないから」


 そして、彼女はこちらにまっすぐな瞳を向けて、



「だから……お願い、かける。私に……力を貸して」


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