第15話 急変
アヤメが消えた。
俺はその言葉を聞いても、一瞬、何を言われているのか理解できなかった。そんなロベリアにティミーが詰め寄って、
「アヤメが消えたというのは、どういう事ですの!?」
「いやねえ、そんな耳元で大きな声出さないでほしいわ」
彼女はわざとらしく、耳を両手でふさぐような真似をする。
「ふざけている場合ですか!?」
そんな今にも食って掛かりそうなティミーに俺は、
「待って、ティミー。アヤメが消えたって、ロベリアはその瞬間を見てたのか!?」
「ええ、見てたわよ。ちょっとまってて」
そういってロベリアがゆっくりと歩き始めた。
「確か……この辺だった気が……」
そういって、彼女は辺りを見渡しながら手探りで何かを探しているようだった。そして次の瞬間、彼女は何かに納得したかのように、
「ここね。ねえ、ちょっとこっちまで来てくれない?」
そういって、ロベリアのそばまで寄ると、彼女はここ、と目の前を指さしている。見た感じ何も無さそうだったが、目を凝らして見てみると、その先に空気が揺らいでいるのが見えた。
これって……森の中で見た……
「これは結界……?」
ティミーがぽつりと言う。
「やっぱりねえ。アヤメちゃんがこの辺りで急に消えちゃったから、まさかとは思ったのよねえ」
となると、彼女は結界の中に入っていってしまったのか。
ティミーはロベリアに顔を向けて、
「この結界はどうなのでしょうか。森の結界と同じく、特定の種族を阻んだりとかは……」
「アヤメちゃんも入れたんだし、大丈夫じゃない?」
そういって、ロベリアはフフフと笑った。
確かに、混血のアヤメが入れたという事は、人間も魔族も入れるという事だろう。
それを聞いたティミーは意を決したかのように、
「入ってみましょう」
俺はそんな彼女の言葉に力強く頷いた。
この結界も森の結界と同じように、結界の中と外の景色がまったく変わらなかった。ただ、洞窟内で結界が貼ってあったという事はこの場所に何かしらの秘密があるという事だろう。
とりあえず俺達は歩いていると、その先に小柄な少女の背中が見えた。
「アヤメ!」
そんな俺とティミーの言葉に、アヤメは振り返って、
「皆。どうしてここに!?」
「急にいなくなって心配だったから、みんなで結界を抜けてきたんだ。それよりよかった、ここにいてくれて……」
俺達はアヤメに駆け寄る。見たところ怪我などをしてる様子はなかった。
そんなアヤメに対してティミーが、
「もう、あまり驚かせないでください」
「ご、ごめんね。でも、これを見て」
彼女の手のひらを見てみると、そこには一つの丸い石があった。
「こ、これは……」
けれども普通の魔石とは明らかに違う、何か特別な禍々しさがあった。そう、俺でさえも分かるほどの大きな何かがこの石には込められているようだった。
「これ、そこにあったの」
彼女の指さした方向に目を向けると、そこには小さく、くぼんだ地面が見える。
そして、俺はもう一度視線をこの石に戻して、恐る恐る聞いた。
「アヤメ、これ……グリードの魔石で間違いないよな?」
「え、ええ、間違いないと思う……」
アヤメやティミーの顔も強張っていた。確かに俺もこの魔石の禍々しさには目を丸くしているが、それ以上に驚いたのがロベリアが真剣な顔つきで黙っていた事だ。
「まさか、こんな場所にあったなんて……」
ロベリアがゆっくりと口を開いた。
「ロベリア、これさえあれば、魔物も大丈夫なんだよな?」
「え、ええ。これがあれば、彼らも近寄っては来ないはずよ……」
「じゃあ、これで皆で一緒に帰れるのね!」
そんな無邪気に喜ぶアヤメとは対照的に、浮かない顔をしているティミーがそこに立っていた。
それからは、とんとん拍子に事が進んだ。結界を出てから洞窟の入り口に戻る際、俺もアヤメもあの蜘蛛達が襲ってくるのではないかと身構えてはいたが、何事もなく入り口に戻ることができた。
洞窟を出て、鬱蒼とした森の中で俺はアヤメの持っている魔石を見つめながら、
「本当に、この石はすごいんだな」
そんな俺の顔を覗き込むようにロベリアが、
「なあに、かける君は疑ってたの?」
そういってフフフと笑った。そして彼女はティミーの方に顔を向けて、
「ところで、ティミーちゃんは本当にいいの? このまま帰って」
ニコニコしながら聞いていた。一方のティミーは急な質問に顔を強張らせながら、
「……それは、どういった趣旨の質問ととらえればよろしいでしょうか」
「あらあら、分かっているくせに。このまま帰っても、アヤメちゃんは行方不明の子を救い出した救世主。一方のあなたはひとりでに結界の中に入った挙句、村を不安と混乱に陥れた張本人。これじゃあ、だーれもあなたの事を認めてなんてくれないのよぉ?」
「……」
一瞬、ティミーの瞳が揺らいだのが分かった。
そんな不穏な空気の中、アヤメが割って入ってくる。
「ねえ、まって。認めるとか認めないとか、そんな事は今はいいでしょ? それにティミー、村の人たちには私も一緒に謝るから」
ティミーは顔をうつむかせて、
「……そんな事? ……謝る? あなたが……何を?」
ひとりでにぶつぶつと呟いていた。
「いつも、そうですの。そうやって偽善者ぶって……挙句の果てに村長にも取り入って……」
明らかに彼女の様子がおかしい……。
「そうですの、そうでした……あなたさえ、あなたさえいなければ……」
少しずつだが、彼女の語調も強くなってきた。そして、ティミーの言葉の一つ一つに、恨みや嫉妬に近い感情を含んでいる事も明らかだった。
そんなティミーの様子がおかしいことにアヤメも気が付いたのか、
「え、えっと……、ご、ごめんねティミー。私、何か言っちゃったのなら謝るから……」
アヤメは頭を下げるが、ティミーの様子に変化は見られない。
明らかに彼女のおかしい……。そもそも、こんなに態度を急変させるような子ではないはずだ。
「……あなたさえ、あなたさえいなければよかったんですの!!」
そうしてティミーは手を前に突き出して「ウルネルネ!」と唱える。その瞬間大量の水がアヤメを目掛けて放出された。
そして、そんな様子を楽しそうに見守っていたロベリアの瞳が赤く輝いていたことに、まだ誰も気づいていなかった。
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