第14話 情報共有

 数匹の蜘蛛たちがカサカサと足を動かしていて、その姿があまりにおぞましい。もともと日本で住んでいたときから大の虫嫌いの俺にとって、もっとも目にしたくない光景だった。

 そうして数匹の蜘蛛が、こちらに向かって糸を放ってくる。


「ウルシルフ!」


 アヤメの魔法で、蜘蛛たちの糸を防ぐ。しかし今度は、ほかの蜘蛛たちが同時に糸を放出してきた。


 その時……


「ウルネリネ!」


 その瞬間、ティミーの手から大量の水が放出される。その水は、糸ごと蜘蛛達を吹っ飛ばした。


「アヤメ、ここは私も」


 ティミーも水の魔法のようなもので応戦してくれている。しかしあまりに数が多い。このままでは、明らかにじり貧だ。とはいっても、今の俺にできることは……。


「お姉ちゃんたち、がんばれー」


 ロベリアはなんとも気の抜けた声で声援を送っていた。


「ロベリアさん、あなたも何か援護をしてください」


「そうは言っても、私洞窟の中で魔法使ったら、みんなに迷惑を掛けちゃうしー」


 ティミーはそんなロベリアの事をキッと睨むが、彼女はどこ吹く風といった感じだ。そうして、再び何匹もの蜘蛛が同時に糸を出してきた。このままじゃ……。


「でも、ひとつだけこの窮地を脱する方法があるかも」


「え?」


「えーとね、魔石を見つけることかな? 魔石を持っていればかけるくんもアヤメちゃんも狙われる心配はないわ」


「それは本当か!?」 


 俺は思わずロベリアに詰め寄ろうとした、その時、


「きゃ!」


 アヤメが糸に捕らえられて蜘蛛のいる方向に引っ張られていく。


「アヤメ! エルネリネ!」


 ティミーの手から、水の翼のようなものが放出されて、アヤメを捉えていた糸を断ち切っていく。


「ティミー、ありがとう」


「お礼はいいですわ。それより集中を」


 そうして再び魔法を放つ二人。しかし、それらの魔法が直撃しても蜘蛛たちの決定打にはなっていなかった。


 どうする……。今のままじゃ防ぎきれない。それに結界の中ではアヤメの体力も心配だ……。


 そんな俺は意を決して……、


「……アヤメ、魔石を探そう」


「え?」


「このままじゃ、洞窟を抜け出せない。癪だけどロベリアの提案に乗ろう!」


 明らかにロベリアは何かを企んでいるだろう。しかし、魔石を見つけるかどうかは別にしても一旦引いて体制を立て直す必要がある。


 そんな言葉にロベリアはにっこりと笑って、「決まりね」とつぶやくように言った。



 そうして四人は走りながら背後の細い通路に入っていく。ここならば、あの巨大な蜘蛛はせいぜい一、二匹しか入れないだろうし、彼女たちの魔法で対処はできる。そうして、しばらく細い通路を走って、もう追ってこないことを確認して足を止めた。


「ここまで来れば、さすがに……」


 横を見れば、俺以外の三人とも息を切らしている様子はなかった。人間と魔族とでは体力が違うのだろうか。

 しかし、次に俺の脳裏に浮かんだのは、さきほどの苦しそうなアヤメの姿だった。そんな俺は思わず……、


「アヤメ、大丈夫か?」


「ええ、平気」


 俺の問いかけにも、何てことなさそうに答えるアヤメ。しかし、仮に辛くてもこの子は同じように答えるだろう……。

 そして、アヤメはきょろきょろと周りを見渡して、


「でも、本当にここら辺にあるの? もしかしたら、さっきの広場にあった可能性も……」


 そんな心配そうなアヤメに対して、ティミーが、


「さきほどの広場は私が一通り捜しましたので、あの広間にはまず無いかと」


 となると、魔石があるとしたらこの先というわけだ。



 そうして再び俺たちは狭い通路を歩き出した。アヤメやティミーはそれらしい魔石があると、その都度手に取って確認をしていた。もちろん俺も、光っている石があると手当たり次第にアヤメ達に確認をしているが案の定見つけられない。


「その、グリードの魔石っていうのは、何か特徴はないのか?」


「正直、姿形に関する伝承はほとんど残っていないの」


 つまり、何も情報がないわけだ。そんな魔石が存在するのか?そんな疑心が顔に出ていたのか、こちらを向いていたロベリアが、


「あら、疑っている顔ね。でも魔石は必ずあるわよ」


「……どうしてそう言い切れる?」


「ふふ、どうしてでしょうね」


 ……この少女を本当に信じていいのだろうか

 そうして、各々魔石を探しながら歩いていると、また広間にたどり着いた。しかも先ほどの広場より広く、ここなら何かがありそうな予感がした。


「ここなら、なにかあるかも」


 アヤメもそんな俺の心を代弁するかのように、ぽつりとつぶやいた。


 そうして俺達四人は、手分けして探すことになった。



 各自が各々魔石を探している中、俺はティミーに近づいて、


「あのさ……ティミーさんだったよね?」


 しゃがみながら魔石を手に取って確認していたティミーが顔をこちらに向ける。


「ええ。あなたはたしか……」


「かけるっていうんだ」


「かけるさまですね」


「さまはいらないかな」


 そうして、ティミーは魔石を持っていた袋に入れて、立ち上がる。


「単刀直入に聞くけど、ロベリアとはどうやって知り合ったの?」


「どうやってっと聞かれましても、昨夜突然自室に現れまして、自分は森の結界の中に入る手段を持っているから一緒にこないか、と言われまして」


 どう考えても怪しいじゃないか。でもティミーはその怪しさを分かっていて、それでもついて行ったのか。そこまでして魔石を欲しかったのには理由があるのだろうか?


「君は……どうして魔石が欲しいの?」


「…………」


 その言葉を聞いてティミーの顔が曇った。さすがに少し踏み込みすぎたか……。


「……ごめん、言いたくなかったら言わなくてもいいや」


「いえ……。ただ、自分の身勝手な理由だとだけ申し上げておきます。そのせいであなたやアヤメを含め、村の多くの住民達に迷惑をかけてしまいました」


 そう言って、彼女は目を伏せる。俺はそんな彼女にどう答えればいいのか分からなかった。


「……」


 再び沈黙が訪れる。そんな空気の中、おれはもう一つ確認したいことを口にする。


「あのさ、ロベリアの事なんだけどさ、どう思う」


 念のため、声のトーンを落として聞いた。


「……正直、何を考えているのかが分からない、不気味な方だとは思っています」


 一方のティミーも、こちらに合わせるかのように、小さな声で答えてくれた


「うん、それについては同感なんだ。だから、もし彼女が何かしでかしても対応できるように心構えだけはしといてほしいんだ……」


「……もちろんですわ。かけるさまも十分注意しといてください」


「ああ。でもさまはいらないや」



 そうして、ティミーは向こうに行ってしまった。


 とりあえずティミーとの情報共有はできた。これで、洞窟を出るときや、万が一にもロベリアが敵対した時の対処はしやすくなるはずだ


 その時……、



「あらあら、あらあらあら」


 ロベリアの声が洞窟内に響いた。そんな彼女にティミーが近づいて、


「どうかなさいましたか?」


「それがビックリ、アヤメちゃんが消えちゃった」



 そういってロメリアがおおげさに驚いたのだった。

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