第13話 洞窟内にて

 アヤメがその場に崩れるように倒れた。



「アヤメ!?」


 俺は何とかアヤメを支えるが、彼女の体はやけに熱く顔も赤い。まるで熱でも出ているように……。


「しっかりしてください、アヤメ!」


 ティミーも呼びかけるが一向に返事がない。一方のロベリアは、あらあらと言っているだけで特に驚いている様子はなかった。


「アヤメ!」 


 もう一度呼びかけるが返事はない。このままじゃ……。

 その時、ロベリアが、


「ねえ、かける君はともかくとしてアヤメちゃんは,どうやってここに入ってきたの?」


 ひどく場違いな質問をしてきた。


「え? それは……アヤメは混血だから……」


「やっぱり。彼女の半分は魔族の血が流れているわけね。合点がいったわ」


 そう言って、ロべリアはニコニコしている。アヤメが倒れたのに、どうして、こんな顔ができるんだ……。


「今、そんな風に笑っていられる状況じゃないだろ……」


「あら、ごめんなさいね。ついさっき初めて会った子が倒れた時はどういう顔すればいいのかわからなくて……」


 それから、わざとらしく心配そうな顔をする。


「どいてください。私がアヤメの治療をしますので」


 そういって、ティミーがアヤメを寝かせて、その体に手をかざす。その瞬間、手のひらから淡い光が輝いた。


「治せるのか?」


「直接的なケガでしたら何とかなりますけど、こういった場面は初めてですので、あまり期待しないでください。それよりも、この結界の中にいる方が問題では」


 そうだ。いくらティミーがアヤメの治療をしてくれても、結界の中にいるかぎり、根本的な解決にはならない。


「ティミー、やっぱり一緒に帰ってもらえないか。アヤメは君を助けるためにここまで来たんだ」


 きっと、今のアヤメだけを連れて帰ってもティミーが帰ってこない限り、必ずまたこの結界の中に入るはずだ。


「頼むよ、ティミー……」


 俺は彼女に頭を下げる。一方のティミーは黙ってアヤメの治療をしている。それから数秒後、


「……わかりました。こうなってしまった以上、私も……」


 ようやく、ティミーが折れてくれたと思ったその時、


「……何言ってんの? そんな事認められるはずないじゃない」


 反対したのはロベリアだ。洞窟内に背筋がゾッとするほどの冷たい声が響いた。それも、今まで見せたことのない表情だった。しかし、すぐさま表情をくずし、


「なんてね、私も鬼じゃあるまいし、アヤメちゃんがこんな状況じゃしかたないわよね」


 そういって再び笑い出す。しかし、先ほどの表情を見た後だと何か大きな違和感を感じる。


「それじゃあ、お姉ちゃんが回復するまで少し待ちましょう」



 アヤメの治療はティミーに任せて、俺はロベリアに気になっていること聞いた。


「なあ、君やティミーはどうしてここに入れたんだ? この結界は魔族には入れないはずじゃなかったのか?」


「入れるわよ?」


 彼女はさも当然のことのように言った。


「え?」


「この石さえあればね」


 そうして彼女が石を見せてきた。その石はとても小さく、エメラルドに近い色をしていた。


「なんなんだ、この石?」


「特別な石よ。この石さえ持っていれば、魔族でも結界の中に入れるの」


 なんで彼女がそんな石を……。俺はもう少し踏み込んだ質問をしてみる。


「ねえ、君の目的はなんなんだ?」


「目的?」


「君がその石を持っていたこともそうだし、ここに来たのも何かしらの目的があったんじゃないのか?」


「目的かー。んー」


 そういって首をかしげる。もはや慣れたことだが、彼女のしぐさの一つ一つが酷くわざとらしい。


「ごめんねー。それについては言えないわ。ほら、誰にだって秘密の一つや二つあるわけだしい」


 俺は、自分の魔法を使うべきか迷った。この力を使えば彼女が何を隠しているのかが分かるのかもしれない。しかし、目の前の彼女の心を勝手に探るというのはどうにも罪悪感もあった。

 その時、


「治療、終わりましたわよ」


 そうして、ティミーの手に引かれてアヤメが顔をのぞかせた。


「心配かけてごめんね」


「アヤメ……大丈夫なのか?」


「ええ、ティミーのおかげで。ありがとう、ティミー」


 一方のティミーはふいと視線を逸らす。


「よかったじゃない、アヤメちゃん」


 ロべリアが笑顔のままアヤメに近づいた。


「えっと、ありがとう、ロべリアちゃんだったわよね?」


「そうよ。お姉ちゃんが元気になって安心した」


 ロべリアの表情は一向に変わず笑顔のままだ。だとしたら、さきほどの冷たい表情はなんだったのだろうか。

 けれど俺は一旦ロベリアの事を考えるのをやめることにした。今重要なことは一刻でも早くこの結界から出ることだ。

 そして俺はアヤメに、


「アヤメ、帰ろう。もちろん二人と一緒に」


「え……う、うん、確かにこのまま皆で帰ることができれば一番だけど、ティミーやロベリアちゃんはそれでいいの?」


「ええ、こうなってしまった以上、仕方ありません」


「私もかまわないわよ。ここは危険な場所だし、いつまでもここにいちゃ、アヤメちゃんにも悪いからねえ」


 それを聞いて、俺とアヤメは笑顔で頷きあった。



「とりあえず、脱出するにしても問題がある。まずはあの洞窟内にいた蜘蛛をどうにかしなしと……」


 そんな俺の言葉に、ティミーは目をぱちくりさせて……。


「蜘蛛? この洞窟にそんなものが?」


「え、いや蜘蛛って言っても、俺も暗くてよく見えなかったんだ。けど洞窟に入った時にいたはずだけど……」


 どういう事だ?彼女達はあの蜘蛛に遭遇していないのか?


 その時、背後の階段付近からカサカサという音が聞こえて、俺とアヤメの顔がこわばった。



 俺達は恐る恐る振り返ると、そこで見えたのは何十匹もの巨大な蜘蛛達だった。

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