第11話 この声を頼りに
――アヤメの様子がおかしい。
「アヤメ!?」
アヤメに呼びかけるが、
「……え、え?」
「アヤメ……大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫。全然平気」
そういってアヤメは笑っているが、どう見ても平気そうな様子ではない。
その時、さきほどのシルバの言葉を思い出す。
――魔族の血も半分流れているから、長時間結界の中にいると体に大きな負担を強いることになるんだ
そうだ、何をやっているんだ俺は。彼女が平気じゃない事くらい初めから分かっていたじゃないか。
――どうする、そうすればいい!?
この絶望的な状況を打開するため頭をフル回転させる。
洞窟から出るか、アヤメを連れて先に進むか二つに一つ。いや、先に進むのはリスクが高い。ここは、一旦引いて……。
「かける、い、行きましょう」
先に進むのを選択したのはアヤメだった。
「な、なにいってん」
その瞬間、何かが飛んできて、アヤメの魔法が相殺する。おそらく、さきほどの蜘蛛が糸を吐いてきたのだろう。
「この先に二人がいるの。こんな危険な場所ならすぐにでも助けに行かないと!」
その時、脳裏には昨日の光景が浮かんできた。まだ、異世界に来たばかりの見知らぬ俺の事を助けるために獣と対峙したアヤメの姿を……。
――そうだ、この子はそういう子だった。たとえ相手が見知らぬ子でも自分を苛めてくるような子でも、迷わず助けようとする。それが……アヤメだ。
「アヤメ……行こう!」
そうして、アヤメの手を引いて走り出す。
「え……うん!」
アヤメは最初は困惑していたようだったが、やがて嬉しそうに頷いた。
――走る、走る、全速力で。どんな形でもいい、逃げきってやる!
その時アヤメの声が響いた。
「かける、右によけて!」
アヤメの指示通り、右に避ける。そして、さっきまでそこにいた場所に、ばちゃっという音が響いた。
「次、左に避けて!」
そうして左に避ける。横を見ると、アヤメは走りながらも後ろの蜘蛛の動きを見て指示を出してくれていた。
俺はアヤメの指示を頼りに走っていく。ここまでは何とか、かわし続けることができたが……。
「右に避けて!あ、左からも……」
その瞬間、靴に糸が絡みついて転倒する。その時、アヤメと繋がれていた手が離れて、吸い込まれるように糸が飛んできた方角に引っ張られていく。
「く、くそ……」
俺は、糸が絡みついていた靴をその場に脱ぎ捨てて、脱出する。
「大丈夫!? かける」
アヤメが心配そうに駆け寄ってくが……。
「ああ、大丈夫だ!」
そして、再び彼女の手をひいて走り出す。
右へ左へ避けながら走る。けれど、明らかに指示が追いついていない。
当然だ。アヤメの話だと蜘蛛は三匹いるわけで三方向から糸が飛んでくるのだ。一方で、こちらが指示をだすためには声に出さなければいけないため、脳から音声器官へ命令する際の伝達時間などの関係で、必ず数秒間のロスができてしまう。どうにかそのロスを解消しないと……。例えば、口に出さなくても、その指示が分かれば……。
その時、ひとつの考えが浮かんだ。
……まてよ。ある。指示を口に出さなくても、分かる方法が!
「アヤメ、試しに心の中で何かつぶやいてくれ」
それを聞いて、アヤメは困惑した表情になる。
「え、う、うん」
そうして走りながら、自身の魔力の流れを感じ取る。そして、神経を集中させる。今、手をつないで一緒に走っているアヤメの声を聴くために。
――カケル
……聞こえた、確かに聞こえた!これならできる……できる!
「アヤメ、もう口に出して指示を出さなくても大丈夫!心の中で指示を出してほしい!」
その言葉に、最初は驚いた表情だったが、すぐにこちらの意図に気づいたのか、
「わかった!」
力強く頷いた。
――右によけて!
アヤメの心の指示通り、右に避ける。
――次、左によけて!
次もアヤメの指示通り、左に避ける
――かける、頭を下げて!
俺は、しゃがみ込んで頭を下げた瞬間、糸が頭上を通り過ぎるのが分かった。
そうして、心の中のアヤメの指示を受けながら、走る、走る。ただ懸命に。彼女の様子は大丈夫だろうか?確認したいけど、今は横を見る余裕もない。
そうして、どれくらい走り続けてきただろうか
やがて、アヤメの指示も少なくなって……。
「もう大丈夫みたい……」
その言葉とともにアヤメは立ち止まって繋いでいた手を放す。
俺は乱れた息を整えて、周りの様子を確認するが相変わらず暗くてよく見えない。
「かける、ありがとう……」
「え、いや、いいんだ。元々、俺が足を引っ張っちゃたからこうなってるわけだし……」
アヤメは肩で息をして、苦しそうな状態だった。
このままだとアヤメは危険だ……。なんとか早めに二人を見つけて帰らないと――。
その時、前からゆっくりと足音が近づいてきて、思わず身構える。
「驚いたわ。まさかこんなところにまでやってくる子がいるなんて」
暗闇から、一人の少女が現れたのだった。
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