第10話 足手まとい
なんとか狐を回避することができた俺たちは、この先も警戒しつつ足早に進んでいった。今のところは何も出くわしてはいないが、いつ危険な生物が出てきてもいいように、心の準備だけはしていた。
そうしてしばらく道のりを進んでいくと、ただでさえ薄暗かった森がどんどん暗くなっていく。ふと空を見上げると、周りが木々だらけで何も見えなくなっている事に気が付いた。今は時間的にお昼ごろのはずだが、こうなってしまうと時間の流れもあやふやに感じる。
「なかなか見つからないね」
心配そうな顔でアヤメは話しかけてきた。
「うん……。でもたぶん、この先にいると思う」
聞こえてきた感情は二つ。一つは不安で一つは喜び。不安は分かる。こんな森に入ってしまえば、誰だって不安には陥ってしまうだろう。けど、もう一つはなんなんだ。喜び……。一体どんな場面に遭遇すればそんな感情を抱くのだろうか。俺は、そんなまだ見ぬ二人の事を想像していると……。
「ねえ、この先にいるのって、ティミーだと思う?」
「……どうだろう。でも最初の洞窟で魔法を使ったときに聞こえてきたのは確かにティミーだったよ」
――アヤメに負けたくない
ティミーはそう言っていた。今にして思えば、ただハーフというだけでアヤメに突っかかっているのでは無いのかもしれない。
そうして、足早に歩いていくと、洞窟にたどり着いた。
「こんなところに……洞窟?」
「……」
アヤメは何を口にすることもなく、茫然としている。俺はそんなアヤメの表情に疑問を抱く。
「アヤメ?」
「え。いや大丈夫。うん大丈夫」
アヤメは心配を振り払うかのように、自分に言い聞かせていた。
「どうしたの?」
「ちょっとこの洞窟から異様な雰囲気を感じて……。でも大丈夫、かけるも私が守るから」
「ありがとうだけど。でも、まずは自分の身を最優先にして。俺は大丈夫だから……っていえないか」
そうだ、ここに来てから俺はアヤメの足を引っ張ってばっかりだ。さっきだって結局、俺がいたからカラスから逃げる羽目になって、その結果時間のロスに繋がってしまった。アヤメ一人だったらカラスを倒すことだってできたのかもしれない。
--おれはなんのためについてきたんだ?結局足手まといになっているだけじゃないのか?
そんな自分への怒りと情けさなで自己嫌悪に陥りそうになる。
「行きましょう。ここに二人がいるかもしれない」
俺達は恐る恐る洞窟に足を踏み入れた。自分には見えていないが、暗視の力が備わっているアヤメが言うには、今のところ危険はないようだ。真っ暗で何も見えない中、アヤメがゆっくりと、こちらにペースを合わせて歩いてくれているのが分かった。その気遣いが余計に心苦しかった。
「ここ、段差があるから転ばないように気をつけてね……」
「う、うん。アヤメ、ごめん」
アヤメが不思議そうに振り返る。
「え?」
「あれだけ、豪語したのに、結局足引っ張っちゃって……」
「ううん、全然大丈夫。足を引っ張ってるなんて思わないで? それにかけるがいなかったら、私はこの洞窟を見つけられなかったし」
暗くて、はっきりとした表情は分からなかったが、その声から励ましてくれているのだと分かる。
アヤメは強いと思う。心も体も。自分はどうだろう。体のほうは言わずもがな、心も虚勢を張っているだけで強くはない――。
そんなことを考えていたら、
「かける、なにかいる……」
そうして、アヤメが立ち止まる。カラスと狐と来て、今度はなにが来るのかと身構えていたら、急に糸のようなものが飛んできて、俺の体にまとわりつく。
「な、なんだ!? これ、気持ちわるい……」
なんとかその糸を抜け出そうとするも、続けて第二、第三の糸も飛んできて体が縛られたため、上手く身動きがとれなくなる。その時、
「ウル・シルフ!」
その瞬間、アヤメの放った魔法が何かに直撃したが、暗くてよく見えない。
「かける、動かないで……」
そうしてアヤメが駆け寄ってきて、どうやったのかは分からないが、すぐさま、体中にまとわりついていた糸を切ってくれた。
「ありがとう、ごめん……」
「全然大丈夫だから。それより……」
何が起こっているのかは暗くて分からないが、アヤメの声がその自体の深刻さを物語っていた。アヤメは、恐る恐る自分たちの置かれている状況を口にする。
「巨大な……蜘蛛がいるの。そ、それも三匹も……」
「く、蜘蛛って……」
その瞬間……。
「かける! ウル・シル……フ」
その瞬間、どこか弱弱しい風が洞窟内に吹いて、何かと衝突した。その後、数本の糸だけが腕にまとわりついてきた。
何か様子がおかしい。そう思ってアヤメの方を振り向くと……。
「アヤメ!?」
「はあ、はあ、はあ……」
アヤメは苦しそうに息をしていて、今にも倒れそうな状態だった。
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