第9話 危険な森

 大量のカラスがやってきた。日本でいえば何てことのない事かもしれないが、この世界ではそうはいかない。俺とアヤメはすぐに逃げ道を捜すが、すでにカラスの大群に囲まれてしまっていた。カラスは空中でカアカアと鳴きながら俺たちの周りを回っている。


「かける、私が隙を作るから、そうしたらすぐ右に走って……」


 そんなアヤメの言葉に俺はコクリと頷く。


「分かった」


 グルグルと俺たちの周りを飛んでいたカラスが次の瞬間、一斉にこちらを目掛けて襲ってきた!


「ウルシルフ!」


 そして、アヤメが叫んだと同時に、先ほどと同じように鋭い風が右方向にいたカラスに直撃する。


「走って! はやく!!」


 そして、俺とアヤメは落ちていくカラスにわき目も降らず、ただひたすらに走り続けた。

 走る、走る、森を突っ切って走っていく。息が上がる。ふと肩の止血するために抑えていた手を見ると、手がべっとりと真っ赤な血でいっぱいになっていてゾッとした。

 アヤメはそんな俺の様子に気づいたのか、走りながら、


「かける、もう少しだから頑張って!」


 走っている途中で何度か追いつかれそうになり、そのたびにアヤメは振り返りながら魔法を放つ。そうして、暗い森をひたすらに走っていると、いつの間にかカラスの姿も見えなくなっていた。


「はあ、はあ」


 どれくらい、走ったのだろうか、息が上がる。アヤメの様子をちらりと見るが、彼女の方はそれほど息を切らしている様子はなかった。

 そうして、カラスの気配がなくなり二人して立ち止まった。

 つつかれた肩を抑えながら息を整えていたら、アヤメが「止血するのにこれを使って」とハンカチを差し出してくれた。


「ありがとう……」


「どういたしまして。それより、本当に大丈夫?」  


「大丈夫、大丈夫」 


 そういってアヤメに笑いかける。


「ちょっと聞きたいんだけど、この近くにいる生物の気配を感じたりすることはできる?」


 アヤメから受け取ったハンカチで肩の止血をしながら聞いた。一方のアヤメは今の質問に不思議そうに、


「え? う、うん。純血の魔族のようにはいかないけど、一応はできるけど……。どうして?」


「ちょっと今から、ティミーの居場所を探ってみようと思って。結界の中に入ったし、もう少しはっきりと聞こえるかも」


 アヤメは一瞬だけ驚いたのものの、すぐに真剣な表情に変わって、


「お願いできる?」


「うん、やってみる。でも、魔法を使うのにけっこう集中するから周りが見えなくなるかもしれない。だから一応、このあたりで敵がいないか確かめてもらいたいんだ」


「わかった。すこし待ってて……」


 アヤメは目を瞑る。おそらく気配を感じているのだろう。数秒後、アヤメがゆっくりと目を開けると、


「うん、何もいないと思う」


 俺はその言葉にこくりと頷く。


「じゃあ、やってみる」


「うん、お願い。なにか来たらすぐに知らせるから」


 そうして、今度は自分が目を瞑る。そしてさっきのジルバとの特訓を思い出す。まずは自身の魔力を感じながら、このあたりの声や感情を聞きとるように……。 



 聞こえた。さっきより一層、大きい不安の塊が。一方でもう一人は相変わらず喜びの感情を放っている。


「やっぱり聞こえた。こっちの方角から……少し遠いかも」


 そうして、俺は聞こえてきた方角に指を指しながら答える。


「分かったわ。なるべく急ぎながら、慎重に行きましょう」


 そうして、森の中を進んでいった。


 しばらく道のりを進んでいくと、数メートル先に、さきほどと同じようなカラスを見つけた。今度はこちらの様子に気づいていないようだ。俺とアヤメはお互いに頷きながら、見つからないように遠回りしながら進むことにした。幸いなことに、カラスに見つかることはなかった。


 二人はホッと息を吐いて、そして、再び小走りで森の中を進む。そこで、今度はカラスとは違う生物を見つけた。

 遠くてよく見えないが、何かがしっぽを振りながら、むしゃむしゃと何かを食べている。耳の長い、犬?いや少し違う……。あれは……狐だ!

 ただ、自分がこれまでテレビなどで見てきた狐と違う、その体は黒い毛に覆われていた。

 狐はこちらに気づくこともなく、何かをむしゃむしゃと食べ続けている。


 アヤメはだまったまま、遠回りしてこっちから行こうと指でジェスチャーしてきた。

 その時、コーンコーンと声が聞こえ、狐の方を見ると、何かを食べ終えたのか鳴き続けている。狐の下にある物体をよく見ると、それはさっき見たカラスの死骸だった。


 そして次の瞬間、狐が口から黒い塊を吹き出した。

 吹き出された黒い塊は数メートル先の木にあたり、その瞬間、盛大な音を立てて爆発した。

 そして煙が晴れると、さっきまでそこに立っていた木々が黒い炭に変わっていた。



 俺とアヤメはそれを見て、改めて迂回して進むことに決めたのだった。


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