第8話 その声を求めて

 眩い光に包まれて、気が付いたら森の中に立っていた。おそらくリリーの魔法が発動して、ここまで飛ばされたのだろう。空を見上げれば日の光はあまり届いておらず薄暗い雰囲気を醸し出していた。



 そして、リリーは掲げていた手を下ろして口を開く。


「ここにティミーがいるのね」


「ああ、詳しい位置までは分からないけど、おそらくここにいる」


 そう言って辺りを見渡す。いま所、表立って何かが起こっているということはなさそうだ。となると、やはり結界の中にいるのだろうか。そんな時シルバが声を掛けてきた。


「かける、君にはここで魔法を使ってもらいたいんだ」


「ここで?」


 そんなシルバの言葉に、首を傾げる。


「ここで君に魔法を使ってもらって、結界の中にティミーがいるかどうかを確かめてもらう。まずは彼女がこの先にいるかいないかが、はっきりと分からないことには始まらないからね」


 さきほど自分はアヤメやリリーに対して、魔法を使えばティミーを捜すとこともできると豪語したが、正直に言うとまだ少しこの魔法を使いこなす自信はない。しかし、自分の意志でここに来た以上そうは言っていられないだろう。シルバはそんな俺の心を読み取ったかのように、


「わかってる。そこは僕も力を貸すよ」


 頼もしい言葉をかけてくれた。


 そして、黙って二人の話を聞いていたアヤメとリリーは、


「わかりました。でしたら、その間に私はこの付近でティミーがいないか捜してきます」


「わ、私も」


「わかった。とりあえず、あまり遠くには行かないように、すぐに戻れる距離を保って捜してほしい」


 シルバの指示に二人は頷いて、ティミーを捜索しに行った。


「村長、俺たちも早くしないと」


「まあ、落ち着くんだ。まずはどうして魔法を使うのにこの場所を選んだかを簡単に説明するよ」


 そういって、シルバは話し始めた。


「君はこの先に結界があることに気づいているかい?」


 結界?目の前には特にそんなものは見つからないが……。そう思って目を凝らす、うっすらと透明な空気の膜のようなものが見える。


「気づいたようだね。それが結界だよ。さっき君が洞窟で魔法を使った時に混乱してしまったのは、魔力の流れが大きく乱れたこともあるんだけど、慣れない魔法で多くの声や感情を一度に流しこんでしまったことに原因があるんだ。だから次はそれを防ぐために、結界の方角に集中して魔法を使ってもらう。結界の先は住民がほぼいないだろうから、入ってくる声や感情の情報も少ないだろうし、前回のようにならないはずだよ」


 そうして、魔法の特訓が始まった。とはいったものの、始めは洞窟でやった事とさほど変わらないかった。シルバを握って、ゆっくりと魔力を流し込んで、魔力の流れを確認する。


「だいぶ、体に魔力が順応してきたね?」


「自分で言うのも何なんだけど、魔力の流れもわかってきた気がするよ」


「それはいいことだ。ちなみに、洞窟を出てからここまで君には僕を手に持って移動してもらっていたけど、その間ずっと微量の魔力を流し続けていたんだ。少しでも、君の体に魔力を慣れさせるためにね」


 そんなことをしていたとは……。正直まったく気が付かなかった。


「よし、君の体も魔力の流れを感じ取ることができるようになったし、この辺でいいだろう」


 そうして、シルバが魔力を流すのを止める。


「じゃあ、あとは簡単だ。次は何もない状態で魔力の流れを感じ取る。そして同時に、この結界の先に広がっている場所から声や感情を聞きとるようにするんだ」


「聞きとるって、そんなこと突然には……」


「もちろん、聞け、とは言わない。あくまでも、聞こうとするイメージでいい。まず目をつむってやってみよう」


 そうして、かけるは目をつむって瞑想の形をとる。


「深呼吸だ。落ち着いてまずが自身の魔力の流れを感じ取って……」


 ゆっくりと、魔力の流れを感じ取る。


「そうしたら、次にイメージするんだ。この結界の先にある声や感情、意志を聞こうと……」


 そうして、シルバの言われた通り、声や感情を聞こうとする。しかし、何分経っても聞こえてはこなかった。


「だめ……か」

「まだ一回挑戦して失敗しただけだ。さあ、もう一度」 



 それから20分近く経っただろうか。少しずつ要領がつかめてきた気がする。そんな時、アヤメとリリーが戻ってきた。


「この辺りを一通り捜してみたけど見つからなかった……。アヤメは?」


「私も全然……」


 そして、心配そうな顔のままアヤメとリリーは、


「かけるはどう? 大丈夫そう?」


「魔力がなくなったらこの魔石を使いなさい」


 リリーは、バッグの中から魔石を取り出した。彼女の魔法は魔力を大量に消費するといっていたし、その備えなのだろう。


 そんな二人に対してシルバが、


「いや。彼も魔力の流れも感じ取ることができるようになったし、魔法もだいぶ、掴みかけてきていると思う。あと2、3回繰り返してみよう。それでも何も感じ取ることができなければ、ティミーは結界の中にはいないということだ」


 シルバの言葉に頷いて、再び神経を集中する。魔力の流れを感じながら、結界の先で声や感情を聞くために体全体を研ぎ澄ます。



 ――その時、何かが聞こえてきた。いや、流れてきた。さっきみたいにはっきりとした声ではなく、なにか負の感情。怒りとか悲しみの感情ではない。これは、不安?

 そして同時に、また違った、楽しそうな喜びにも似た感情が流れてきたのを感じた。


「こ、これって!?」


 思わず声にでてしまった。


「まって、急に魔法を止めるのは危ない!ゆっくりと落ち着いて、ゆっくりと魔法をとめるんだ」


 そうして、シルバの言う通り、魔力の流れをゆっくり感じ取りながら魔法をとめ、深呼吸してゆっくりと目を開けた。

 そして、3人に向かって、


「成功した。この結界の先から感情が流れてきた……。今回は声まではっきりとは聞こえなかったけど、確かに誰かの感情だった」


「ってことはやっぱり……」


「ティミーは結界の中にいるのね」


 そんなかけるの言葉に表情を曇らせるアヤメとリリー。


「それともう一人……聞こえた気がした」


「二人?」


 そんな俺の言葉に首をかしげる2人。シルバは、


「それは少し妙だね。そうなると魔族ではない子たちが間違えて結界の中に入ったという可能性も考えられるけど……」


「それか、その子が結界に入る手段を何か持っていて、ティミーに協力をしているとか?」


 口々に疑問の声が出る


「かける、ちなみに君が感じたとった感情っていうのはどういったものだった?」


「一人は不安な感情だった・・・・。もう一人は喜び?」


 そんな説明に顔をしかめるリリー。


「じゃあ一人はティミーじゃないことが確定したわね。そもそも結界の中に入って、楽しみを見いだしている馬鹿がいるとは思えないわ」


「でも、もう一人が不安を抱えているってことは、助けてほしいってことでしょ? これがティーミーの可能性だってあるし、そうじゃなくても助けに行かないと!」


 そういって結界に入ろうとするアヤメを俺は引き留める。


「まって。俺もいくよ」


 しかし、その言葉を予想していたのか、アヤメはすぐさま反対する。


「だめ。ここから先は本当に危険なの」


「危険なのは分かってる。でも今回でだいぶ魔法も掴みかけた気がするんだ。この魔法を使えばティミーの居場所も分かって危険も最小限に抑えられる」


「でも、その最小限の危険を回避する力もあなたにはないでしょう?」


 横からリリーも口を出してくる。アヤメも言葉こそ口にしないが、彼女と同意見のようだ。しかし、シルバは、


「それを言うんだったら、アヤメだって危険なはずだよ。君だって結界の中に入ってまったくの無事というでわけにはいかないだろう?」


 俺とリリーは同時にシルバを見る


「どういうこと?」


「知っていると思うけど、彼女には人間の血が流れてから結界に入ることができるんだ。けれど魔族の血も半分流れているから、長時間結界の中にいると体に大きな負担を強いることになるんだ」


 俺は思わずアヤメの方を見ると、彼女は黙ったままだった。


「ティミーを捜しだす前に倒れたりでもしたらどうするつもりだい? 僕は、君が万が一にもそうなってしまった時のために、彼にもついていってもらった方が良いと思うんだ」


 アヤメは何もしゃべらない。今のシルバに反論することはできないのだろう。

 一方のリリーは少し考えこんでから、「これを持っていきなさい」と自身の持っていた魔石を俺とアヤメに手渡した。


「魔石よ。もしあなたたちが魔法を使って魔力が切れそうになったら、これで補充しなさい」


 リリーから魔石を受け取ったアヤメは、こちらを振り向いて、


「かける、結界の中では絶対に私から離れないでね」


「ああ、約束する」


 そうして、俺達は結界の中に入っていった。



 結界の中は、これまでと比べて特に変わっている点はなかった。俺はそんな様子に驚いていると、


「……かける、あそこに何かいる」


 アヤメが何かに気が付いて、指を指している。

 彼女が指を指した方向を見ると、そこにいたのは数匹のカラスだった。カラスもこちらに気が付いたようで、俺達ををじっと見つめている。

 見たところ日本で生息しているカラスとはあまり相違点は見られないが……。

 その瞬間、数匹のカラスがこちらをめがけて飛びかかってきた。


「うわっ」


 何とか身を翻して避ける。しかしカラスは空中で方向を変えて、再びに飛びかかってきた。

 そして今度はよけ切ることができず、一匹のカラスが肩をつついた。

 その瞬間……、


「うぅああああ、ああ!?」


 つつかれた箇所から、大量の血が吹き出した。

 なんなんだこのカラスは!?どうすればいい、どうすればいい……。


「シルフルフ!!」

 その瞬間、鋭い風が俺の横を通り抜けてカラスに直撃したのだった。そして直撃したカラスは力なく地面に落ちていった。


「大丈夫、かける!?」


 アヤメが心配そうに駆け寄ってきた。肩からは血がどくどくと流れているのがわかる。なんとかもう片方の手で押さえて止血をする。


「だ、大丈夫。それより、先を急ごう」


 心配そうな顔をしたアヤメが「でも……」と何かを言おうとしたが、その瞬間、前方の空から大量のカラスが押し寄せてくるのだった。

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